010 - 同期との飲み会・翌日
◇◆◇
割と飲んだと思ったのだが、寝る前に水とビタミンCを多めに飲んだのが効果覿面だったらしい。
大学の同期・坂田と飲んだ翌日、週末直前の金曜日。
二日酔いになることもなく、俺はちゃんと定時に出社した。
「おはよ~」
「おはようございます! 佐藤先輩!」
「今日も早いな」
「そりゃまだまだ新人ですから。って、新人てどれくらいの期間までなんすかね?」
「知るか。そんなことより来週からの資料、そろそろ仕上がってくれてないとまずいんだけどな?」
「ああ、はいはい。とりあえずですね~……」
「はい、は一回だ。後で確認する、その前にちと用足してくる」
「あ、はい」
昨日の今日で、汐見と顔を合わせるのは気まずいが、気まずい理由を汐見は知らないわけだからあまり気にすることはないだろう。
そう思った俺は、開発部に顔を出しに行った。
「おぅ、下北沢」
「あっ! 佐藤さん! お久しぶりです!」
久しぶりに顔を出した部署の室内をキョロキョロと見回すも、汐見の姿が見えない。
「……なぁ、汐見は?」
「あ~、なんか、今日は休むって連絡があったみたいですよ」
「? 汐見が?」
珍しい。昨日、休憩室で見た時も少し元気がなさそうだったが、ちょっとくらいの体調不良なら仕事してる間に治るって言うくらい仕事バカなのに──
「はい。まぁ、納期が迫っていたヤツは終わっていたので、問題ないそうですが……何かありました?」
「ん? いや、まぁ……ちょっと、な……」
(あいつ休むって……LIMEで連絡くらい寄越せばいいのに……って紗妃ちゃんいるか……)
ジクリと胸が痛む。
昨日、あんなことがあってその件を──と思っていたから、少々気が重い。
「連絡、とります?」
「あ、いやいいわ。俺、直で連絡してみる。ありがとな」
「はい。あ、近いうちにうちと営業で合同飲みしましょう! ってうちの井塚が言ってたんすけど、どうですか?」
「お前らな……営業の女子目当てだろうが」
「あ、わかりました~?」
へへっと笑う下北沢が眩しい。まだまだ20代真っ盛りだ。
うちの社は若い年代は風通しよく意見交換した方がいい、ということで主任という職位がない。そのため、新人からチーフ、シニアスタッフとなり、それから係長と上がっていく。
『長』の階級になるまで同じ部署内なら『先輩』呼び、他部署なら『さん』呼びを徹底している。そうすることで違う部での職位を知らなくても相手に失礼が無いようにするためだ。
俺と汐見は次期係長と言われており、今期決算が終わればおそらく2人揃って昇進することになるだろう。汐見は係長から一足飛びで課長すら打診されたらしいが、それは断固として拒否する、と言っていた。
出世に興味のない汐見は出世することで現場を離れてしまうのを嫌がっているようだ。──北川専務かよ。
「ちなみに、休みの理由とか言ってたか?」
「いや、特に何も聞いてないです」
「そうか」
「はい」
「んじゃ、いいや。あ、合同飲みの件は考えとく。俺んとこの吉田に言っとくから、ちょっとお前らで調整しといてくれ」
「っはい!」
「じゃな」
言って、とりあえず開発部を出た。
早足で自販機のある休憩所に急ぐ。
〈春風〉がいるとはいえ、まれに欠勤する場合、汐見はひとまず俺に連絡をくれる。
だが、今日に限って連絡がなかったことが不安を煽った。
(何かあったのか?)
昨日聞いた話もあって、嫌な予感がする。
すぐにスマホのLIMEを開いて文字を打った。
『休みって聞いたけど、大丈夫か?』
紗妃ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、と打とうとして……余計だな、と思い、その部分は削除して送信した。
その後──結局、その日、終業後まで、連絡は来なかった。
それどころか既読もつかない────
(大丈夫かよ……)
不安になりつつも時計を見ながら会社でLIMEを睨みながら待っていると……不意に既読がついた。
(汐見?!)
数秒後に『大丈夫。ちょっと怪我しただけだ』とだけ返信があった。
(怪我? なんで怪我?!)
『どうした? 何があった?』
すぐに既読がつく。だが……数分待って
『後で電話する。夜の9時くらいって大丈夫か?』と返信があり
『大丈夫だ。今日はそのまま帰るから』と俺は返した。
俺に汐見を差し置いて優先する事項なんてこの世に一つもない。
『了解。後で。じゃ』
相変わらずそっけない返信だった。
だが、それが汐見らしいといえば汐見らしい。
とりあえず返信も来たことなので、なんとなくホッとして俺は帰路に着くことにした。
◇◇
帰宅途中も汐見から、LIMEに返信がないか常に確認しながら移動していた。だが、特になにもなし。
(心配したってのによ……)
まぁ、怪我と言っていたが、何事もなければいい。
昨日聞いた〈春風〉のこともあるので、そこは気になってはいるが、とりあえず俺が今話したいことは直接会って話すべきだろうと思ってる。
俺のマンションは会社から徒歩15分。
汐見が元居たアパートからは歩いて5分とかからない場所だった。
今は……汐見の自宅は会社から電車で反対方向に3駅超えで──
(もう歩いていけるような距離じゃない……それもこれも……)
嫌な考えになりそうなのを、頭を振ってふるい落とす。
家に到着すると、湿気を多く含んだジャケットを脱ぎ捨てて洗面所に向かう。
俺のマンションは3LDKと広く、1人だと持て余すくらいだが、かなり快適だ。
余裕で給料の範囲内という優雅な一人暮らし。
本当は誰かと暮らす生活を夢見て……という前提はあったのだが……その誰かは既ににっくき誰かのものになってしまったので────
手洗いうがいをして、広めのリビングからバルコニーに出る掃き出し窓の上にある少し大きめな時計を見て時間を確認。
「9時……か……」
汐見から電話する、ってことはおそらくこちらから電話をしても取らないということだ。
そして時間までまだあと2時間近くある。
風呂に入るかどうか逡巡して、書斎に行くことにした。
日課だ……週に5回の──
書斎の室内灯をつけると、32インチディスプレイが2枚鎮座した120cm幅のデカい机。
その右側のディスプレイ横にスリムタワーのデスクトップ。
そして……俺は──ディスプレイの後ろに回り込み、その壁の端にある特殊な細工に指を掛けて──壁面をズッ、と【横にロール】した……いや、それは壁そのものではなく……
俺の書斎の壁面は……実際の壁面を隠すための巻き取り式壁紙ロールになっていた。
それも、家主である俺自身が実際に操作して見せなければ壁にしか見えないほど精巧な作りだ。
その特殊な壁面は、隠れオタクで建築やってる知り合いに頼んで施工してもらったものだ。
持つべきものは希少なスキルを持つオタ友である。
壁紙を横にロールして出てきた実際の壁面いっぱいに────
大小無数の汐見……の写真、が……俺に向かって微笑んでいた……
汐見を、普通に撮ったものも含めるともう数千枚を超える。
なにせ7年分なので(正確には6年分)。
我ながら笑えないほど悪趣味だと思う──
汐見の写真は全てデータとして残してあって、Blu-rayディスク3枚と外部ハードディスク2個、常に同期してセキュリティ対策が万全だと言われている有名なクラウドにも月5,000円支払って厳重に保存、完璧にバックアップしてある。
**
以前、汐見が住んでたアパートのベランダは、俺のマンションのバルコニーから丸見えだった。というか、そういう物件をずっと張ってて、空いたのを知った2日後には即契約に向かった。
このマンションが空くなんて、ものすごくラッキーだったんじゃないかと思う。
ここに引っ越してきた直後にすぐさま望遠レンズカメラを買った時は本当にワクワクした。
『そんな望遠レンズ買ってどうするんだよ』と汐見本人に聞かれたこともあるが『元々カメラ小僧だし、バードウォッチング趣味に必須だから』ということにして汐見自身にはひたすら隠していた。
俺のウォッチするバードは【汐見潮だけ】なんだが。
望遠なしで俺のマンションから汐見のアパートの部屋なんてほぼ点にしか見えなかった。
だが、望遠レンズをつければ確実に中まで見えるし、なんなら汐見の表情も体つきもほぼ完璧に撮影できた。
汐見がベランダのカーテンを閉めずに着替えてるシーンなんて垂涎もので、何度汐見の玉体を拝んで神に感謝したか知れない。俺は無神論者だけど。
あいつは自分が性的対象として誰かに見られてることなんて想像できるはずもない。
だから、それをいいことに俺は「着替える時はカーテンくらい閉めろよ」なんて冗談でも一度たりとて忠告することなく、撮影&日課を続けていた。
──出勤前の朝と、帰宅後──
俺のマンションのバルコニーから、汐見の何気ない姿を覗き見るのは何よりも俺を癒したし、至福の時間だった。
大概、見えるのは後ろ姿だったし、汐見が裸のまま室内をうろつくことはなかったが、それでも。
そのボクサーパンツに覆われた白くてめちゃくちゃかわいくて揉み心地の良さそうな尻と、つかんで揉んでむしゃぶりついてしまいそうな胸筋を拝めるだけで、毎朝毎晩、俺は健康的な自分の下半身を鎮めることに勤しんでいたから、望遠レンズの高性能カメラには感謝しかなかった。
会社から徒歩だと、俺のマンションの方が汐見のアパートより若干近かった。
だから、汐見と一緒に会社を出て帰宅後の俺は、すぐにスーツを脱いで、リビングの灯りを最大限落とす。
ベランダの掃き出し口のガラス戸を開け、三脚を立ててカメラと待機し、汐見のアパートの電気がついたのを見計らって、俺はいそいそと下半身を軽くする。
汐見がベランダを開けるのが、俺が最も昂る瞬間だった。
換気をするためにガラス戸を空けてスーツを脱いだ汐見は、下着姿で筋トレをし、汗を流してから風呂に入る。
筋トレ中の汐見もいいが、その後の風呂上がりの紅潮した汐見の表情や姿が最高すぎて、望遠レンズ越しに連写しては立ち上がった自分のものを慰める。
いや、本当に、変態ここに極まれりだ。
一応、俺自身、自分が相当なイケメンの部類に入る男であることは自覚している。
だが、汐見に出会って片想いが始まるまで、自分にこんなヤバすぎる嗜癖があるとは思ってもみなかった。
高校2年のモテ期以降、乾く間もなく、俺には常に彼女やセフレがいたからだ。
彼女たちに隠し撮りしたことなんかないし、しようと思ったことすら一度もない。
だが、本当に秘めた想いって相当ヤバいんだな。と今になって思う。
自他共に認める美形なのに、片想いしている同性の親友の隠し撮りが趣味で、その写真でスル三十路ってもう笑えないだろ、これ。と思う。
思うが、止められない。もう止め時がわからなかった。
**
俺は、机の手前引き出しから【奇跡の一枚】と俺が読んでいるブロマイド──というにはデカすぎるサイズだが──を取り出した。
奇跡的に撮影できたブレてない【汐見の半裸の前面全身写真】
汐見の下着の膨らみが質感まで漂っている代物だった。
それを丁寧にA4サイズ写真に引き延ばして印刷し、ラミネート加工したものが十枚ほど保存してあって──毎回、お世話になっている。
(今日も……今からお世話になります……)
そのA4サイズのブロマイドを机の上に置いたまま、PCを立ち上げた。
1時間あれば……抜いて、風呂に入る時間くらいはある。
デスクトップ上に散らばるフォルダの中から、目当てのフォルダの中を5回くらいクリックして……お目当ての秘蔵フォルダを開いた。
(……アレはどこだったかな……)
昨日の夜は〈春風〉対策でそれどころじゃなくなってしまったが、休憩所で汐見にあった時に考えていた【汐見似の男優が狂うくらい濃厚なシーン】があるAVのタイトルを探していた。
(あった!)
そのフォルダの中身は全部、その汐見似のAV男優だった。
ちなみにゲイものはこの男優のものしかない。
受け? 猫? よく分からないが、その男優が入れられる方のモノばかりだ。
他のAVはまぁ、男女もののアニメが一番多くて、その次に男女ものの実写AVだ。
目当てのファイルにマウスポインタを置いたままにして、俺は手早く下半身だけ身軽になった。
汐見からの着信がいつ来ても良いように、PC画面のすぐ下に横向きでスマホを据え置き、備え付けのヘッドフォンを装着して、その動画ファイルをクリックした。
※当小説はフィクションです。話中に出てくる以下の行為を推奨するものではありませんので、その旨ご理解の上、お読みください。
※盗撮行為を禁ずる法令:
●迷惑行為防止条例
●軽犯罪法(23号,窃視の罪)
●民事上の責任:民法709条不法行為法(賠償責任の規定)




