113 - 弁護士事務所(3)
「美津子さんは、夫の代わりに借金を支払う生活を続けていて……最悪なヒモに成り果てた夫とそれでも生活していたのは一重に紗妃のためだったようです……」
美津子が働きに出ている間、紗妃を夫に見てもらうことが日常化していた。
ある時、バイトから帰ってきた美津子は、3歳になったばかりの紗妃がベランダを乗り越えようとしているのを見てしまう。それを酔っ払って笑って見ている夫。激怒のあまり美津子は夫と殴り合いの大喧嘩になった。
その日の夜『探すな』とだけ書かれた書き置きを残し、夫は美津子と紗妃の前から消えた。
「その後でようやく色々なことを知ったようです。自分と夫に婚姻関係が存在していないこと、夫には別居中の家庭があったこと、そしてその家族とは別の女性の元に走ったこと、それから……美津子さんの連帯保証人名義で数千万の借金をしていたことを……」
見た目は一級品でもアルコール依存で女にだらしなく、機嫌がいいとギャンブルでお金を溶かしてしまう。それでも見た目がいいから女が寄ってくる。そんな男に入れ上げて、夫だと思って生活していた美津子はここでようやく目が覚めた。
だが、実際問題、シングルマザーとして生きるための知識はあまりにも少なく、ようやく入れた保育園に紗妃を預け、起きてる時間の間中、働くという生活が始まっただけだった。
「紗妃が幼稚園に上がる前に、実家に帰ってきたそうです。ですが、美津子さんのご実家は……父親の方が……」
その話は汐見も聞いていた。
高校卒業から一度も連絡を取らなかった実家の母に相談すると、一度帰ってきなさい、と言われて一旦帰省した。
美津子は、不機嫌を通り越して怒りの形相になっている世界一苦手な父親に会って状況を説明し、少しだけでも借金の返済に協力して欲しいと言うと『勝手に家を出て行った家事手伝いの補助要員に出す金など一円たりとてない、出ていけ』と一喝され、実家を後にする。
だが、実はその頃、父親の権威に縛られて精神と体を病んでしまった美津子の2人の弟は家の中で最悪な状況になっていた。
「もうすでにご存知かもしれませんが……美津子さんの弟さんはお2人とも亡くなられています」
「はい……」
「美津子さんの父親も亡くなり……美津子さんも……事実上、美津子さんのご実家である『久住家』で今、生存しているのは紗妃とおばあさまだけです」
あまりに悲惨な状況だった春風母娘の話を聞いて、汐見は胸に大きな鉛を抱えたように感じた。それを見ていた池宮が、メガネ越しに汐見を見て
「汐見さん、質問しても?」
「? はい」
「今回、紗妃と一緒に来られなかったのは……どうしてですか?」
「!!」
(そう、そうだよな……紗妃の不倫の件での相談なんだから、本人もこの場に居るべきで……)




