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112 - 弁護士事務所(2)


 佐藤が汐見から聞いていたのは、豊かな顎髭を蓄えた恰幅のいい男性だという話だった。


 だが、今見ている「池宮」弁護士は、汐見ほどの強面ではないものの、知的な黒縁メガネを掛け、どことなく雰囲気が汐見に似ている。それだけでも佐藤は動揺したが、横を見ると汐見もその姿に目を見張っていた。

 だが、汐見の驚きは佐藤のそれとは意味が異なっており、佐藤の感想に気づいてもいない様子だ。


(前に見た時はもっと、もっさりでっぷりしていたんだが……)


 披露宴で見た時と、まるで別人のように変わってしまった池宮秋彦の見た目に狼狽したのだ。


「えーと、こちらの方は……佐藤さん?ですか?」

「あ、はい、すみません。紹介が遅れました。こちら、友人で同僚の佐藤です」

「佐藤です」


 紹介されて佐藤がペコリとお辞儀する。


「火曜日の夜にお電話で日程を再調整していただいた方、ですよね?」

「はい。すみません、部外者がシャシャリ出て……」


 そう言った佐藤を、汐見が少し不満げに見上げる。

 池宮の方は2人の様子を見ていた。


「あの、支障がなければ、佐藤にも同席してもらいたいと思ってるんですが……」


 汐見からその言葉を聞いて、池宮が右手で顎を掴み、考える素振りを見せた。


「わかりました。ただ、汐見さんにだけ少しお話ししておきたいことがあるので、それからでもよろしいですか?」

「?」


 その申し出を聞いて首を傾げた汐見に、池宮は苦笑で答えた。


「紗妃と、その親族に関することで汐見さんにお話しておかないといけないことがあります。それが終わりましたらお呼びしますので、それまで先程の待合室でお待ちいただけますか?」

「!」


 一瞬だったが汐見がみじろぎした。それを横目で見ていた佐藤は静かに答えた。


「わかりました」


 明朗に答えた佐藤に、残念そうな顔をした汐見が小声で声をかけた。


「すまん、佐藤……」

「いいって。予想してたから」

「あとでな」

「あぁ」


 佐藤だけ相談室から出て行くのを見送ると、池宮が汐見に対面に座るように促した。


 会議テーブルの上にはいくつかの書類フォルダーが積まれている。

 背表紙には『春風家~~~』と『久住家~~~』と書かれているようだ。そして、その上に、なんの変哲もない長3形の封筒が置かれているが、ぱっと見なので背表紙にも、封筒にも何が書かれているのか判別できなかった。


「改めて、自己紹介……といいますか……紗妃にも関わるお話をしても良いですか?」


 池宮が唐突にそんなことを言うものだから意味を測りかねて汐見は戸惑う。


「え? あ、はい……」


 深呼吸をした池宮秋彦は、汐見の視線を受け止めながら話し始めた。


「旧姓春風紗妃は幼馴染で……私は、彼女の事実上の兄のような存在でもありました」



 そう語り始めた池宮の話は、紗妃や義母からほとんど聞いたことのない内容だった──



「私と紗妃との間には常に兄弟のような不思議な連帯感がありました。僕は彼女を妹のように思っていましたし、彼女も僕を兄のように慕ってくれて……」



 池宮秋彦と春風紗妃の間には、男女の恋愛感情は存在せず、彼女はひたすら池宮を『秋兄あきにいちゃん』と呼んで慕っていた。

 それもそのはず、紗妃と池宮の間には7歳の歳の差があり、紗妃が小学校5年に上がる直前に出会った時、池宮は高校2年だった。


 紗妃は、小学校5年生にしては体が小さくて発音に難があり、また勉強もあまり得意ではなかったが、それを補ってあまりあるほどの美貌を持ち、その行動は良きにつけ悪しきにつけ片田舎では注目の的だった。


「本人は目立つつもりがなくてもあの容姿ですからね……」


 紗妃は当時から小さい体ながら均整の取れた体つきで、真っ白い肌と常に濡れたような大きな瞳にツンと尖った鼻梁、色彩の淡い髪の色をしており、とても目立った。

 母親の美津子は肌は白いものの真っ黒い髪色と和風の顔と団子鼻をしていたため一緒に連れ歩いても母娘と思われたことはあまりなかったのだという。


「汐見さんがどこまで春風母娘について知っているのか存じ上げませんが、私は……紗妃の母親、美津子さんともよく話しました。私の母と仲が良かったため、よくお茶話に同席させていただいていたので……紗妃についてのことと、後でお話しする春風家と久住家の話の前に知っておいて欲しいことがあります……」


 笑顔で毎朝周辺の住民との挨拶を欠かさない池宮秋彦は、高校生ながら話しやすい雰囲気から周囲の母親年代からの受けがよかった。その延長からか、紗妃の母・美津子は池宮の母・幸子との会話と同じくらい秋彦との会話を楽しんでいた。


「私の母もそうですが、美津子さんも地元ではない場所で同じシングルマザーとして生活に一杯一杯でした。でも元気よく働いているという点では同じだったので、母のことを、同胞というか、戦友というか……そういう感覚だったのだと思います」


 その茶話での話題は通常は笑い話の方が多く聞けたが、たまに口にする元夫2人の話はかなり暗く重いものだった。


「1人目の旦那さんとは……入籍届を出す約束だったのに旦那さんがその届けを出されていなかったそうで……なので紗妃は実父の婚外子なのです。美津子さんが後で知った事実によると、そもそもその男性は妻子ある人だったと……」






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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