111 - 弁護士事務所(1)
──── 三人称視点<3> ────
▷法律の話などの細かい部分は軽く流し読みしても大丈夫です.
汐見と佐藤が病院から出て早めの夕食を食べ終わると午後6時を過ぎていた。
日は傾いているが、まだそこまでは暗くなかったので名刺に書かれた住所をスマホのGmapに入れて2人は移動を始めた。
電車で最寄り駅に到着すると今度はGmapの指示通りに歩いて行く。
「こんな住宅街に……」
「だなぁ……」
Gmapで指示された場所は、商業施設が立ち並ぶビルなどではなくその裏通りにある少し閑静な住宅街。戸建てが少なくアパートとマンションが立ち並ぶ、開発してそれほど立っていなさそうな通りだった。
スマホを覗き込みながら歩いている汐見にただついて行くだけの佐藤は、左横斜め下にある汐見のつむじを見つめていた。
(今日は寝癖ないな……ちょっと寝癖ある方がかわいいんだけどな……)
親バカならぬ【汐見バカ】なことを考えながら住宅街を進む。
「あ、ここだ」
「え?」
そう言って汐見が立ち止まったのは、築年数がそれほど古くはないが新しいとまでは言えない中層の普通の住居用マンションだった。
「ここって……」
佐藤が訝しがりながら汐見を見ると、汐見も同意するように首を傾げた。
(弁護士事務所って、オフィスビルの中に入ってたり、古めかしい屋敷の一角だったりするんじゃないのか?)
テレビでよく見るステレオタイプな弁護士事務所を想像していた2人からすると意外すぎるほど意外な場所だった。
とりあえず、マンションのエントランスに入る。すると佐藤のマンションと同じような解錠ナンバーを打ち込むボードがあり『来客の方は訪問先の部屋番号を入力して【呼出し】ボタンを押してください』とあった。ナンバーのボードの横にカメラがあったのでそれで来訪者を確認するのだろう。
顔を見合わせたあと汐見がそのボードに【205】と入力した後【呼出し】ボタンを押すと、スピーカーから
『はい。弁護士法人リーガルリザルトでございます』
応答した声は女性のもので、汐見はその声に聞き覚えがあった。
「あ、あの、少し早いんですが7時に予約していた者です」
『お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
「え、っと汐見潮と申します」
『7時ご予約の汐見潮さまですね?』
「はい」
『お待ちしておりました。今解錠します。ドアが開きましたら階段かエレベーターでそのまま2階までお上がりください。部屋の玄関で再度、ドアチャイムを押していただけますか?』
「はい。あ、あの、付き添いの者もいるんですが大丈夫ですか?」
『身内の方ですか?』
「はい、そんな感じで、その……」
『かしこまりました。待合室もありますので、詳しいことは池宮にお尋ねください』
「あ、はい、わかりました」
『では、どうぞ、お入りください』
「はい」
雰囲気や感じは事務所によって違うはずだが、初めて来た弁護士の職場に緊張して佐藤と会話することもあまりなく10分程度待たされた後。
「お待たせしました。池宮の相談室までご案内します」
先ほど案内してくれた女性に促され、2人は奥の部屋に導かれた。
弁護士事務所となっているマンションの一室は全面改装されているらしく、元が住居用とは思えないような作りになっていた。
玄関のドアから入った待合室の一角は低いとは言え、仕切りで視界がほとんど遮られているため、内部があまり見えない。
その仕切りの内側、オフィス内部に入ってみると想像しがたい空間が広がっていた。
待合室と事務員が作業する事務スペースとは仕切りをもって遮蔽されていたが、一歩仕切りの内側に入ると、天井の高い明るい空間が広がっていた。温かみのある色彩を取り入れた事務用机や椅子が配置されており、遅い時間だからか事務員は3人しかいなかった。その3人のうちの一人は40代くらいの男性で、後の2人は30代前後の女性だ。
(こんなこじんまりした事務所に5人も事務員を抱えているのか……)
無意識に机と椅子、その机上にあるPCの数を確認した汐見は、住宅用マンションに入居する弁護士事務所は外見からは推し量れない要塞じみてるな、と妙に感心する。
さらに案内された最奥にある【相談室1】と書かれたドアを開けると、そこには大きな窓ガラスで採光された大会社の幹部用会議室のような空間が広がっていた。日が傾いているため、入ってくる光は弱々しく赤いものだったが、それでも室内灯など点けなくても明るさは十分なほどだ。
「お久しぶりです、汐見さん」
記憶にある声が聞こえてきて、熊のような容貌──だと想像していた池宮秋彦は、記憶にあった顎髭が全てなくなりスッキリした顔立ちとがっちりした体型のスーツ姿の男性となって、にこやかに出迎えた。
2人が唖然としていると池宮は笑って話しかけた。
「外見からは想像できない内装ですよね」
「え、ええ……まさかマンションの一室が……」
「2部屋分を購入して壁を抜いて全面改造してあるんですよ。来所する皆さんには大抵驚かれます」
「そうですよね……」
佐藤は、事務所のことよりも池宮秋彦の容貌の方に驚きを隠せない。
(この男……! 汐見に、似てる……!)
 




