110 - 違和感と予兆〜この先(7)
病院を出ても池宮弁護士の事務所に行くまでに少し時間が空いていたため、汐見は佐藤と二人で近くの公園を散歩することにした。
この1週間ずっと屋内にいた汐見は外を散歩してるだけで頭がスッキリしていく感覚を心地よく感じていた。
夏日和だが、少し陽が傾きかけているせいか、さほど暑さは感じない。木漏れ日の遊歩道を歩きながら些細な会話を交わす。
「ちょっと早いけど夕飯にするか?」
汐見がそう言うと、佐藤も腕時計を覗き込む。時計は5時を過ぎたばかりだ。
「さすがに早くないか?」
「んー……まぁでも面談は7時からだし」
「もしかして、汐見、腹減ってんのか?」
「ちょっと……」
診察があるため、軽めに昼を済ませたせいか、すでに空腹感を感じている塩見はつい食事の話をしてしまう。
「お前は朝全然食べないのに昼と夜がっつりだよな。よく太らないな?」
「っあー、なんか筋トレのせいで筋肉つきやすいからだろ。でも最近やってないからヤバくてなぁ……」
「いや、今はまだやるなよ?」
「うーーん」
そちらは悩ましい問題だった。習慣化していた筋トレ不足のせいか、体が重く感じられる。
(元々、痩せにくくて筋肉質なんだよな……父親に似たんだろうけど……)
汐見は、記憶の中だけにある、ほとんど顔も姿も覚えていない父親の写真を思い出した。中肉中背でがっちりした体型の男で、自分でも思うほど顔は似ていなかった。
(オレ、顔つきは完全に母親似だからなぁ……)
母親の方は、汐見ほど目つきは悪くないものの、切長の一重まぶたでスッキリとした顔立ちをしていた。だから汐見は、顔が母親、身体的特徴は父親似、と両親双方の外見的特徴を完全に受け継いでいた。
(兄弟もいないから……そう思うと……あの2人の遺伝子を継いでるのはこの世でオレだけなんだよな……)
哀愁に似た感覚が汐見の中を駆け抜けた。
佐藤には理解してもらえないだろう。だが、話さなければならない時が来るのかもしれない。
(オレの中にある蟠りと葛藤と…………お前に応えられない、理由を……)
ニコニコと笑いかける佐藤に、汐見はうっすらと笑って返す。その返した笑顔にすら笑みを深める佐藤の表情の意味など、汐見はこれまで考えたこともなかった。
だが、あの部屋を見て────
(お前は……)
汐見は、自分に友人以上の感情を抱いている佐藤に、嫌悪感とは違う不思議な感覚を抱いていた。
(……EDっつってたけど……自分で……とかもできないってことだよな? それが……あんな写真ばっか集めたら、それこそ生殺しなんじゃないか?)
自分が立たなかったら、ということを汐見は想像してみた。
(今の佐藤は、立たないのにグラビアアイドルの水着写真を集めてるようなものだろう? オレだったらそんなことしないが……)
収集癖があるなら習慣で何かにつけて写真を集めてしまうかもしれない。それでも立たないのにそういうものを目の前にしていたら────
(それはそれでまた辛いんじゃないか? だが……)
佐藤が汐見に直接、告白しないのであれば、汐見はそれを言い訳にしようと思った。
(オレ自身が都合よく、お前のそばで親友としていられるように……)
せめて、自分が転職を決めたり転居したりすることになって、佐藤から物理的に離れるまでは。
(お前から言い出さない限り、その話題には触れないでおこう……オレの返事を聞かれるその時、までは……)
佐藤の端正な横顔を見ながら、汐見は決意した。
「汐見?」
「ん?」
「夕飯、お前、何食べたいんだ?」
「うーん……って、お前、オレの要望ばっかじゃなくて、お前は何食いたいんだよ」
「俺? 俺は……」
木漏れ日で顔に影ができる佐藤を斜めに見上げた汐見を、佐藤がジッと見つめている。
今はその意味を知っているからか、汐見は若干動揺した。
「汐見が食べたいって言ったものを食いたくなるから、それでいいんだよ」
その言い方が、恋人に言う、甘ったるいセリフに聞こえた。
(いや……お前はさ…………お前は、オレとは違うんだから……)
4章:──── 三人称視点<2> ──── 終了
▷次章も三人称視点です.
重めな話しが多く、少し難しいので1章まるごと一気読みをおすすめします.
(難解な話は飛ばしても大丈夫です)
◇次章の展開が気になる、と思っていただけましたら──
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