109 - 違和感と予兆〜この先(6)
汐見が診察室から出てくると、佐藤が小走りに駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「大丈夫、らしい。また来週だと」
「そうか、よかった」
(退院してから結構無理してたからな……お前がしんどそうにしてるのを見るのはちょっと、な)
言葉には出さないものの、今の佐藤は汐見の体調を汐見自身より気にかけていた。
当の汐見は月曜日に退院し、翌日に刑事との面談で自宅で休んだものの
(火曜日は自宅に帰ったけど……ゆっくり休めたか?)
その深夜に佐藤の家に来ていたことなど──汐見への気持ちに振り回されて酔い潰れていた佐藤は知る由もなかった。
佐藤の視線を横顔に感じながら、診察券をボディバッグに入れたとき、汐見はふと気づいた。
「あ、っと、そういえば」
「?」
「お前、オレん家に腕時計忘れたろ」
そう言って、バッグの内ポケットから佐藤の忘れ物を取り出して見せた。
「やっぱり! 今朝、探したら見当たらなかったから」
(汐見ん家に置き忘れるとか! どんだけ動揺してたんだよ、俺!)
満面の笑みを見せて佐藤が受け取る。
「そういうことは聞けよ……って、今日は別のを着けてるってことか?」
「あー、ちょっと、ね……」
そう言って佐藤は左手首を見せた。その腕時計は、新品のように見えた。
「? 初めて見るな?」
「そ、うかも……貰い物でさ」
(一番気が合う彼女から貰ったんだよな…………汐見とこのままなら、彼女と結婚するだろうと思ってた……)
その彼女がつまり【汐見に背格好も性格も一番似ている女性】で、佐藤が汐見以外に勃たないと気づかせてくれた張本人で、1年前に別れた最後の彼女だった。
「なんだよ、そんな新しいのがあるんだったら、それも使えばいいのに」
「んー……まぁ、お気に入りと2番目、って感じだから。別にいいんだ」
「ふーん?」
「俺、毎日使うものは一番気に入ってるものなんだよな。で、長く大事に使いたい」
「あー。わかる。オレもそうだな」
「だろ?」
受け取った時計に付け替えながら、佐藤はその時計の黒い盤面を愛おしげに撫でた。
「やっぱ、こっちがしっくりくるな」
そう言って照れ臭そうにその時計を見せて笑う佐藤の顔に、汐見はホッとした。
(大丈夫、だよな……)
佐藤が思いの丈をぶちまけてしまわないよう、慎重に行動してるつもりだ。今日を乗り切ればなんとかなると汐見は思っていた。
だが──その佐藤お気に入りの腕時計が、佐藤にとってとんでもなく汐見に縁のある代物だということを汐見は知らなかった。
(……これは、お前とコンビ組んでやった仕事でさ、初の大型案件を取った時にご褒美として自分で買ったんだ。日本製で、普通っぽいんだけど……黒い盤面とシルバーの金属バンドがお前らしい雰囲気で、一目惚れして。昇給する直前だったから出費はちょっと痛手だったけど……使えなくなってもずっと手元に置いておきたいと思ってる……)




