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107 - 違和感と予兆〜この先(4)


「怪我の処置ももう自分でできるから大丈夫だ。心配そうな顔するな」


 佐藤のその表情は、汐見が自分から離れていこうとしていることを本能的に感じ取った、悲壮な感情が発露したものだ。


(お前がそばにいると無意識にオレはお前に甘える……そういうのはもうダメだ……オレは……)


 佐藤が自分に対して恋慕を抱いているのなら尚更、早めに佐藤の家を出た方がいい。

 今の関係を維持するためにも。何かが壊れないようにするためにも。


「……汐見」

「なんだ?」

「……お前、さ」

「ん?」


(どうしよう……どうすれば……)


 せめて1週間は汐見が家に居てくれるだろうと思っていた。だから、佐藤はまだ何も行動を起こさなかったのだ。

 だが、汐見が明日にでも出ていこうとしているなら話は違ってくる。


(汐見が俺の家にいる間に、汐見に俺のことを()()()()()()で意識してもらおうと……!)


 佐藤がそう思って動いていたことに、この鈍い男は気づいていないだろうと佐藤は思っている。

 だが、佐藤が伝える前に汐見は佐藤から離れていこうとしている。


 家を出て世話にならないどころか職場も変えて本当に佐藤の目の前から消え去ろうと────


(そんな、そんなことって……!!)


「その、転職? とか、色々……なんつか、その……」


 佐藤はどうやって言葉にすればいいのかわからない。

 鈍い汐見に自分の気持ちを伝えたところで、今はどうにもならない気がする。


 一方で、汐見は


(頼む、佐藤、言うな……! 言わないでくれ……! オレはお前に応えてやれない……)


 佐藤が決定的なことを言い出すのではないかと、汐見は表に出さないまま内心で冷や汗をかいていた。


(悪い、本当に悪い、佐藤……! オレは卑怯者だ……)


 汐見は、佐藤の気持ちを知ってなお今の関係でいたいと願う自分の行動が、居心地の良い現状を望む自己保身であることを百も承知で。


(お前の好意に応えられないオレが、そばにいてお前を苦しめるくらいなら、オレはお前から離れた方がいい。それに…………)


 佐藤は言いかけた言葉を繋ぐことができず、数分間の沈黙が続く。

 耐えられなくなった汐見が


「転職はさ、このタイミングじゃないと動けないと思うんだよな。応援してくれるだろ?」


 故意に、その日1番の良い笑顔を作って佐藤に笑いかけた。


(お前の近くにいる時間を減らせば……物理的な距離が離れれば、お前はオレを諦められるだろ……お前のことを好きになってくれる、もっとお前に相応しい女性ひとと……)


 佐藤は汐見のその笑顔を見て、暗澹あんたんたる思いを抱いた。だがそれは表情には表さない。


(あぁ……しおみ……)


 佐藤は内心で項垂れるもののそれを汐見に知られるほど表に出すわけにはいかないと感じていた。

 汐見の決断と行動が、これからの汐見に必要なことだというのは佐藤にも十分わかっている。だが


(お前のその決断で、俺は……俺との関係は…………)


 汐見は佐藤の心情を半分も理解していないかもしれない。


()()()()()()()()()佐藤(お前)にはできる。だから……)


 汐見は自分にも、そしてそれ以上に、佐藤にも今の距離でいることは良くないと感じている。

 一方の佐藤は、これ以上汐見と離れたくないと感じている。


 双方が異なる感情で相手を見ていることをようやく認識したのは汐見で。

 離れていこうとしている汐見をどうやって引き止めればいいのかと考えるのは佐藤で。


 二人の気持ちは膠着こうちゃく状態に入ってしまった。


「佐藤……」

「……なに?」

「明日……事務所で話が終わったら、お前に話したいことがある」

「?」

「オレにとっては……転職以上に大事な話、で」

「……今は言えない、って言ってた()()か?」

「……」


 少しの沈黙で佐藤を見る汐見。


(それ、聞いたら、なんか……()()()、なんじゃないか?)


「い、急がなくてもいいぞ。別に、まだ時間あるし」


 佐藤はその話を聞くと何かが決定的になってしまう気がして、聞きたくないと思った。

 だが、汐見はもう時間切れだと感じていた。


「そうやって先延ばしにしていたからこういう事になったと思ってる」

「こういう、こと、って……」


 汐見がなんの話をしているのか佐藤にはにわかには理解できなかった。


「紗妃と、警察沙汰になった事」

「!?」


(どういうことだ?!)


「とにかく、紗妃がああなってしまったからには、いま紗妃に告げることはできない……だけどお前には……」

「……紗妃ちゃんとの話で、俺に関係ある、ってことか?」

「関係あるといえばあるし……無いと言えばないのかもしれない。けど、お前には……」

「……」

「紗妃は……紗妃のことは、対処できなかったオレも悪いんだ…………」

「紗妃ちゃんの【心】のことなら……」

「そうじゃない。()()じゃない、んだ……」


 千々に乱れる気持ちを抱いた汐見は、佐藤を話さなければならないこと──紗妃に話すべきだったのに話せなかったこと、紗妃の逃げ道が自分じゃなくなってしまったこと──それらを一つずつ解決していかなければならないと思った。


 的を得ない汐見の話を聞いた佐藤は、それでも何かを自分に訴えてくる汐見に


「……わかった」

「……すまん……」


 ゆったりとした笑顔で応えて思った。


(まだ、汐見に笑えてるよな、俺……)



  ◇



 就寝時間になり、汐見が一人で考えながら寝たいから、とソファで寝ようとしていたため、それを佐藤が制止した。


「怪我人が変な場所で寝るな。それなら俺がソファで寝るから」


 部屋の主がソファに追いやられ、客人の方が巨大なベットに一人で寝るという事態になった。当然それは佐藤の気持ちに配慮した汐見の提案だったのだが。


 そこまで気づいていない佐藤はソファに寝転びながら


(明日……午前中はアレだけど、午後からまたバタバタだ……汐見の体調が心配だな……)


 汐見の心配ばかりしていた。


 当の汐見は、佐藤がいないベッドで一人、紗妃のこと、佐藤のことを考えたあと


(オレが動かないと……この先を……考えて……)


 明日に備え、気持ちを切り替えて目を閉じた。






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