106 - 違和感と予兆〜この先(3)
その日は、話をして、沈黙して、また話をする。そうやって1日を過ごした。
そして──汐見にとって佐藤と過ごす1日がこれほど緊張しっぱなしだったことは未だかつてなかった。
(そりゃ、佐藤がオレのことを好きって知らなかったからな……)
知ってしまってからは、佐藤の一挙手一投足がこれまでとは違って見えた。それは当然と言えば当然だった。
(だって、佐藤が、、好き、なんだぞ? あり得ないことに……)
佐藤が自分に抱く感情と、自分が佐藤に抱く感情が全くの別物だったと知ったのだ。
汐見は佐藤の言動が全く別の意味を持つことを知って動揺はすれども、それ以上の違和感を佐藤から感じなかった。
(変わったのは……オレか……)
佐藤の気持ちを知って変わってしまったのは自分の方だと、汐見自身も自覚する。全く表には出ないが、汐見は動揺していた。
そして、その状態で佐藤の世話になるのはよくない、と汐見は自分で自分を責めている。
(……オレは……こいつに……応えてやれない……)
応えてくれない想い人に片想いし続ける佐藤が、いっそ哀れだった。
そんなに思い詰めているのに、汐見のことを第一に考えて告白すらしてこない佐藤が、いじらしく可哀想だと、汐見は思う。
だが、自分の中で『違う』という警告音が鳴り響いているのを、汐見は感知していた。
そんな状態で安易に同情から佐藤を受け入れてしまったら──きっとその関係は続かない。
佐藤は今の状態を、親友という関係を維持することを望んでいるからこそ、告白してこないのだろうと思った。そして汐見自身も──
(佐藤がオレに告白したら……オレはきっと、断る…………すると、この関係は……)
今までの関係のままではいられないだろうことは、明らかだった。
今の自分では佐藤の感情を受け入れることは不可能だと感じている。
その本能的、感覚的なものを否定して佐藤を受け入れてしまうことで何かが壊れる気もしている。
(壊れるのはこの関係か、それとも、佐藤か、オレ、か……)
その予兆がある限り、汐見は動けないと思った。
◇◇◇
その日の夜。
汐見は佐藤に悟られないよう、だが確実に距離を置くことにした。
風呂上がりの佐藤が髪を拭きながらリビングにやってくると
「汐見、腹の防水処置、やろうか?」
「大丈夫だ。今終わった」
「え?」
汐見がシャツを下ろしながら答えた。
「昨日、自分でやってコツ掴めたからこれからはなんとかなるよ、ありがとな」
「あ、あぁ、そうか……」
(悪い、佐藤……お前がそういう目で見ているなら…………オレはお前に酷いことしてたんだな……)
佐藤の想いに応えることはできない。
なのに佐藤の目の前で肌を露出したり、不用意に触れたりするのはいたずらに佐藤を刺激するようなものだ。今後、そういった行動には気をつけようと思った。
(……オレがお前と同じように思えればよかったのに)
自分がそういった行動を控えることで佐藤の心を乱さないことが、佐藤にできるせめてもの気遣いだろう、と汐見はそう考えたのだ。
だから───
「佐藤」
「ん?」
髪を乾かしながら、佐藤は汐見が座ってるソファの隣に座る。二人の定位置は佐藤が左側で、汐見は右だ。
「オレ、明日には家に戻るな」
「え?!」
(な、なななな、なんで?!)
佐藤は内心、激しく動揺した。
「昨日、1日家に居てもなんともなかったし」
(すまん、佐藤。……家は……居心地は良くない。でもお前の家で世話になるのは、もう……)
家にいた汐見は、紗妃の気配を強く感じて憂鬱になった。
夜中から家を出て佐藤の家に向かってしまったのは半ば避難場所に逃げようとする本能だった。
だが、このまま佐藤の世話になるわけにはいかない。
そう汐見の中の何かが警告している。
「そ、そうか……け、怪我が完治するまで居ても、大丈夫だぞ?」
(汐見……しおみ……お前は、そうやって誰にも頼らないのか……俺を、頼ってくれ……! 俺が、必要だと、言ってくれ……!)




