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104 - 違和感と予兆〜この先(1)


 伝聞で聞いたという佐藤からの話を聞き終えた汐見は、哀しい顔をすることしかできなかった。

 ソファの隣で話している佐藤は、少し俯いている。


「その……坂田って奴が知り合った人物が……紗妃ちゃんの合コンメンバーのボスだった女性と親しかったらしくて……」

「……」


 茫然自失の汐見は、愛人であることを自覚しながら吉永隆と通じていた紗妃に思いを馳せた。


(なんでそこまで……そんなクズを信用して……)


 春風紗妃に過失がなかったとは言えない。本人も自身の行動が世間から糾弾されるものだと知っていたはずだ。だが───


「紗妃ちゃんが入社して翌年の10月くらいに不倫が発覚してその年末に勧奨退職……事実上のクビになって、年度明けの4月に転職でうちの会社に入社した、らしい……」


 春風紗妃の元いたYGDC株式会社は神奈川県に本社を構えており、春風紗妃の悪評が東京の磯永コーポレーションまで届くこともなく転職が成功したのかもしれない。


「……」


(言うべき言葉が見当たらない……)


 汐見は遠い目をしてテレビの向こう側を見ていた。音量を落としたテレビではいつも目にするタレントがバカなチャレンジに失敗して尻餅をついているシーンが流れている。


 紗妃ほどの美貌の持ち主であれば、様々なことがあっただろうことは想像にかたくない。現に、男でありながら類稀たぐいまれな美貌を持つ佐藤だって似たような過去があるのだから。


 だが、予想を遥かに超えた数年前の紗妃の過去に、自分たちに夫婦としての暗雲が立ち込めたのも確かだった。


(……当て馬にすらならなかったオレと、どうして紗妃は結婚なんかしたんだ)


 紗妃が結婚にこだわっていたのは母親である春風美津子のせいだと思っていた。だが、クリスマスイブの入籍に拘っていたのは……


(せめてもの、あの男への当て付けだったのか……)


 紗妃と自分との結婚披露宴で吉永隆の顔を見た覚えはないし、名前を聞いたことすらない。ということは、紗妃は意図的にその男の存在を、夫である汐見から隠していたということだ。


(不倫関係を継続する、ために……)


 そこまで考えた汐見は急激な吐き気を感じて──


「ちょっ、と、すまん……」

「! あぁ」


 慌ててトイレに向かった。

 流水音と同時に汐見が出てきて、リビングにいる佐藤を伺う。


(恋敵に当たる紗妃の悪口を吹き込んでるわけじゃ……ない、よな)


 まさか、とは思うものの少し疑ってしまう。

 汐見はまだ紗妃への愛情があるし、佐藤への感情にも変化はない。


 佐藤自身には、恋敵に当たる紗妃への悪評を汐見に吹聴することで自分に有利に働く意図は全くなかった、とまでは言えなかっただろう。

 だが、佐藤の口調はあくまでも淡々としていた。


(その坂田って男も……)


 紗妃とはどんな関係だったのかが気になる。だから、リビングに戻ってきてひとまず確認した。


「その、坂田って男は、紗妃と……」

「?」

「その……どういう知り合いだったんだ?」

「あ! そ、そうだよな……普通に同僚って言ってた。すまん、不安にさせるようなこと言って……」

「……オレこそ……疑って悪い」


 2人の間に沈黙が流れた。

 汐見にとって妻の【過去】は、さほど気にならない。人にはいろんな過去あるものだから。

 過ぎ去っているのならそれは自分には関係ないことだとも思っている。


 だが問題は、自分と入籍して婚姻生活を送っている間に──


(オレとそういうことをしている間にもあの男と……)


 そこまで考えるとまた吐き気が込み上げる。


 愛する妻を、自分の預かり知らないところで見知らぬ誰かと共有していたのかと思うと……気持ち悪さで胸のムカつきが治まらない。


「汐見……」


 心配そうなその表情からは本当に自分を労っている佐藤の心情が感じ取れる。それが心地よいと感じるくらいには今の汐見は弱っていた。


(オレが女だったら今のお前にイチコロだっただろうな)


 今がまだ夜じゃなくてよかったのかもしれない。

 寝る前にこんなことを聞いていたら明日の検診に差し支えるくらい眠れなかっただろう。

 だから佐藤が様々な配慮の上で、今、汐見にその情報を提供したことは感謝すべきことであり、実際にありがたいことではあった。


 だが、逆に──知りたくないことでもあった。


(……オレはどうしようもないな……)


 知らなければどうしようもないことだったのに、それでも知りたくなかった。

 そんな妻の過去を。

 妻の秘密を。


 秘密を知って、醜い感情にまみれる自分自身を───


 暴かれたくないことを暴けば誰しも醜さが露呈するものだ。

 その醜さを見て、聞いて、感じて、それを受け取った自分自身までもが汚れてしまう。

 だけど、そんな自分に向き合う自信がなかった。


 だが一方で。


 佐藤の秘密を知っても感じることがなかった醜悪さを、愛する妻に感じてしまっていることに──自分の中にある一欠片(ひとかけら)違和感(いわかん)に──汐見は()()、気づかずにいた。


「佐藤……」

「……」


 呼ばれて身じろぎした佐藤が顔をあげる。


(知りたくなかったな……)


「ありがとな、言いにくかったよな。……だけど……知れてよかったと思う…………思える日が来るといい、な……」

「……汐見……」


(どうやって慰めればいいんだろう……汐見を……)






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君知るや〜 最強のΩと出会ったβの因果律 〜



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