102 - 巣立った子鳥(1)
佐藤が大学の同期・坂田から聞いた『春風紗妃』の話はこうだった。
『春風が東京に出てきたのは大学入学時で、その当時からその容貌で有名人だったらしい。東北の田舎から出てきた美人に周囲もかなり浮き足立ってたって話だ』
両親ともに寒い地域の出身だったこともあり、色白で肌理細かい肌を持つ紗妃は──小さな顔に色素の薄い大きな瞳、すっと伸びた鼻筋。整った目鼻立ちと、小柄ながらスタイルの良い身体。男どもを虜にするには十分な姿だった。
女性の女性らしさを凝縮するとこうなるのではないか、という相貌を春風紗妃は持っていた。女子短大の学生で、女性しかいない中でも目立つということは相当なものだ。
『その大学の友人に誘われて、数々の合コンに出ては男性陣を魅了していたらしい。その中で一番のスペックの高い男と消えることでも有名だったそうだ』
しかし、その合コンも1年もしないうちに様相が一変する。
『合コン仲間だった女性の1人が、芸能事務所にコネのある男とたまたま繋がったらしい』
その男が、彼女らを狂わせた張本人だった。
『いわゆる○区女子を斡旋する男だったらしくてさ。可愛い女の子を毎回5人用意できるんだったらすごい人達を紹介できるよってことで……』
そこから、合コンに行く女子メンバーの持ち物の金額が跳ね上がった。
その男が毎週のように合コンのセッティングをしてくる。5人のメンバーはその女性をメインに何人か入れ替わったが、紗妃はそのメインの女性と共にほぼ毎回参加して、男性陣の間では有名人だった。
『芸能人以上に可愛い女子大生がいるってことで、さ』
紗妃は紹介された経営者の男性陣を惹きつけてやまなかった。経営者というからには相応に年齢層が高く、メインは50代の男性だったが中には90の声が聞こえるような高齢の世代まで彼女と一緒に飲もうと、あわよくばそのまま夜の街に消えようと駆けつけてきたらしい。
30代の男性がその場に来ることはほぼなかった。
その中に、いたのだ。吉永隆が。
『出会った当時は三浦姓で、まだ結婚してなかった』
それまでの男性達とは異なる身のこなしや立ち居振る舞い。いわゆる金持ちのサラブレットで30代前半の吉永の登場はその合コン仲間の女性たちですら色めきたった。
色男で金持ちで振る舞いがエレガント、となれば放っておいても女性が寄ってくる。
『メンバー内では誰が吉永を落とすかってことで競争だったんだと』
当然、吉永は紗妃を選んだ。
芸能人顔負けの容姿を誇る紗妃は選ばれることに慣れていたし当然のように三浦との逢瀬に臨んだ。
吉永は自分が束縛されたくなかったこともあり、自分も紗妃を束縛しなかった。つまり、紗妃も吉永も互いに複数の人間と肉体関係を持ちながら逢瀬を重ねる間柄だったらしい。
『まぁ、今どきっちゃあ今どきなのかね。流石の俺でもそこまでは……だけどなぁ』
女子大生ということは20歳かそこらということだが、その当時からそういう派手な遊び方をしていたのなら、さぞかし汐見との新婚生活はつまらないものだったに違いない。
『見た目は性的なことを何も知らなさそうな妖精みたいなのに、金持ちに誘われるとすぐ付いていくってことでも有名だったそうだ』
紗妃は金持ちの合コンに呼ばれる常連と化していた。合コンの最中には、一番羽振りの良い男の側に近寄って行き、その日のうちにその男と関係を持つ。
男が金にしか見えてないマネーハンターと呼ばれるくらいだった。
だが、その内、羽振りの良くない男にも着いていくようになったのでそれを合コンメンバーが聞くと『彼、実家が太いの。今だけ大盤振る舞いしてる人より、長く安泰な人のほうがいいかな、と思って』という計算めいたことを言った。
合コンでの行動は春風紗妃にとっては生存戦略だった。
今の自分が一番の売り時なのを知っていたため、数々の男と知り合って関係を持つことで条件の良い男を選別し、多少時間を取って振るいに掛ける。
表には出さないものの、その中で一番条件の良い男を『結婚相手として』釣り上げるために、彼女は必死だった。
短大は2年で終わる。自分が合コンの場で重宝されているのは『女子大生』という肩書きのせいだということを参加して3回目には気づいていた。
肩書きが使えるまでの間に最も条件の良い男を確実に『結婚相手として確保する』必要があったのだ。
そうやって戦略的に行動している紗妃が、20歳の誕生日の直前。
『君の誕生日を一緒に迎えたい』と2ヶ月音信不通だった吉永隆からLIMEで連絡が入った。
紗妃は結婚相手として吉永に最も焦点を定めていたため、その連絡は福音だと思った。
誕生日を吉永と迎えられることになった紗妃は表面ではわからないが、相当な上機嫌で待ち合わせ場所に向かい、いつも通りホテルで過ごし、その別れ際に『就職活動中にも使えるかな、と思ってね』とヘルメスのカッチリしたバッグをプレゼントとして渡された。
女子大生の分際で就職活動中に周りの女子とは2桁くらい違う超高級バッグを持ち歩くほど、紗妃は場の空気が読めない人間ではない。だが、自分にはそれくらいの価値があるのだ、と吉永が行動で示してくれたと感じ、有頂天になった。
それからだった。紗妃が吉永との関係に積極的になったのは。
他の何人かの男性をキープして連絡を取ったりしつつも、吉永との連絡と会う機会だけは必ず確保してスケジュールを組む。
その間、就職活動をしたり、必要な資格の勉強をしたり──
紗妃は勉強が苦手だったが、就職試験のために頑張っていた。暗記や思考することが苦手で、その苦手意識を抱えながらの勉強は苦痛だった。
短大とはいえ東京の大学に合格するくらいだったので、それほど要領や頭が悪いわけではなかったはずだが『大学には気がついたら受かっていた』という感覚だった。
そうやって過ごした年末も差し迫る頃。
来年の就職に向けて動いていた紗妃に、決定的な事実が判明する。
『春風が20歳のクリスマスイブに、吉永が「女社長と政略結婚する」っつったらしい』




