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第7話

夏が終われば秋が来る。

秋が終われば寒い冬が来る。

今まで季節に関心などなかった。

過ぎていく長い長い年月をただ流れのまま逆らわず生きていくだけだった。

光利と出会い私の世界は移り変わりを見せた。


「本当によろしいのですか?」

凛は大きめの(はさみ)を持ち私に尋ねた。

「いいよ。覚悟を決めた」

「では、失礼致します」

ゆっくりゆっくり鋏の音が響き視界がよくなっていく。

「はい、終わりましたよ」

「ありがとう」

「あれほど嫌がっていたのによく決心されましたね」

一度も切った事のない前髪。

私の忌まわしき瞳を隠し続けてくれた前髪は今はもうない。

視界は広がり今まで光の入る事のなかった瞳に太陽の光は眩しく感じる。

更に今まで被っていたフードも今はもう必要ない。

長い髪は一本に束ねられ後ろで綺麗に結ばれている。

「なんか、落ち着かない、変じゃない?」

「全然大丈夫です。自信を持って下さい。とても可愛らしいです」

「んーそうかなー?」

私はくるくる鏡の前で回り自身を見ていると部屋のドアが不意に開いた。

「あら?騒がしいと思えばあなたの声だったのね。部屋の外まで聞こえていたわ。耳障りな声ね」

「、、、叔母様、、、」

そこには叔母様が立っていた。

「使用人が何を仕事サボって遊んでいるのかしら?こんな所で遊んでいないでさっさと仕事に戻りなさい」

「申し訳ございません」

「私が凛を引き留めていたんです。ごめんなさい」

「あなたには話していないわ。あら?根暗そうな格好していたと思ったら急にオシャレに目覚めたのかしら?前髪まで切っちゃって。不気味な瞳が露わになってるわ。呪われないか心配ね」

俯く私に凛は庇う様に立った。

「桜花様の瞳は生まれつきですが今まで誰かを不幸にした事はありません。私もずっとお仕えしていますが何も起きていません。迷信でその様な事を仰らないで下さい」

「あら?使用人如きが偉そうに私に説教しているの?いいご身分ね」

「凛、いいよ」

「ですが」

「私は大丈夫だから下がってて」

「わかりました」

「叔母様、凛の無礼を許してください」

「まぁいいわ。今日は見逃してあげる」

「ありがとうございます」

「ところで桜花とは何?まさかお父様が今更名を与えたの?」

「いいえ。人間から貰いました。私の大切な名前です」

「人間に?」

「はい」

叔母様は少し考えくすくす笑った。

「あんな下等動物に貰った名をそこまで大切にするなんて。相当頭おかしいようね。あなたも吸血鬼の中では下等なのだからお似合いかしらね」

「人間は全てが下等とは思いません」

「随分入れ込んでるのね。そのまま人間の元へ行って帰って来なければいいのに。吸血鬼の恥晒しね」

そう言うと叔母様は部屋を出て行った。

静まり返った部屋で私は再び鏡を見た。

不気味に青く光り輝く瞳。この瞳さえなければこんな惨めな思いしなくて済むのに。いっその事くり抜いてしまえばこの不幸は無くなるだろうか。

普通の女として生きる権利を与えられるだろうか。

私は無意識に机の引き出しを開け綺麗に整頓されている文房具の中からカッターを取り出した。

今この場でこの忌まわしき瞳を抉り出してやろう。

そう考えた。

私の手を静かに止める手。

「凛」

「何をお考えかは察しがつきます。何のために今まで隠し続けてきた瞳を露わにされたのですか?」

何のために?

変わりたかった。

忌み嫌われ蔑まれて来た人生に終止符を打つため、私は一歩踏み出したかった。

「もう、、、これ以上自分を嫌いになりたくなかったから。光利が私の青い瞳を綺麗と言ってくれた。だから私もこの瞳をもう隠して生きていきたくなかった。変わりたかった」

凛は微笑み私の手に未だ握られているカッターを取り静かに机に置いた。

そして、私の頬に手を添えた。

「桜花様、もっと自信をお持ちください。誰に何と言われようともご自身の気を強く曲げる事のない信念を懐いてください」

「凛」

「お約束されているのでしょう?早く行かなくては大切な方が逃げてしまいますよ?」

「あー!!やばい!!すぐ行かないと!」

私は急いで行く支度をし部屋を出ようとした。

「桜花様」

「え?何?もう時間ないよ!」

「私は桜花様の瞳嫌いではありません」

小声で凛は囁いた。

その声は私には届かなかった。

「なんて言ったの!?聞こえなかったよ?」

凛は微笑みながら私の背中を押し部屋から出した。

「戯言です。お気になさらず。いってらっしゃい」

「もう、なんなの?じゃあいってきます」

私は凛に手を振りながら急いで約束の場へ向かった。

「、、、光利、、、。こちらも良い名ですね」

凛が呟いていた事を私は知らない。


「はぁ。はぁ。ひか、、、り、、、ごめん、、、待たせた?」

「桜花大丈夫?走ってきたの?僕もさっき来たばかりだから急がなくてもよかったのに」

咳き込む私の背中を光利は優しく撫でる。

「もう、大丈夫だよ」

「そう?あれ?桜花前髪切ったの?髪も縛ってるし。イメチェン?」

「あ、、、うん。ちょっと心境の変化、、、かな?」

「凄くいいと思う!」

「え?」

「なんて言えばいいかな?上手く言えないけど凄く似合ってる!可愛いよ」

「そ、そんなまじまじと見ないでよ。恥ずかしい」

「最近思うけど、桜花初めて会った時よりずっと変わったよね」

「そうかな?全然変わらないと思うけど」

「そんな事ないよ。少しずつだけど笑う様になったし話し方も優しくなってきた」

「あまりわからない」

「自分だとわからないものだよ」

「そうなのかな」

「そうだ!桜花!今日僕塾ないんだ。家おいでよ!」

「え!?なんでいきなり!?」

「ここから遠くないから。ね?」

半ば強引に私は光利に手を引かれ気づけば彼の家の前にいた。

「小さな家」

二階建ての小さな家だった。

「桜花の家はもっと大きいの?」

「家はお屋敷だから大きいなんて言葉では収まらないぐらい広いわ」

「いつか桜花の家も行ってみたいな」

「殺されてもいいなら」

「それはちょっと考えるかも。さぁ入って」

光利は鍵を開け中へと促した。

私は少し警戒しながら家に入った。

玄関は綺麗に整頓された靴が並び階段とリビングへと行く扉がある、シンプルな作りだった。

誰かの家に来た事など今までなかった。

どうしていいかわからず立ち尽くしていると。

「あら?光利、おかえりなさい」

綺麗な女性が階段を降りて来た。

「母さん、帰ってたの?今日は早いね」

「仕事が思ったより早く終わって今日は帰ってきたわ。そちらの子はどなた?」

「あ、、、えと、、、私、、、は、、、」

「桜花だよ。僕の友達」

「あら。可愛いお嬢さんね。ほら、光利。いつまでもそんな所に立たせてないで中へ入れてあげて」

「あ、うん。桜花、はいこれ」

足元にスリッパを置かれた為私は靴を脱ぎ中へと入った。

リビングは意外にも広かった。

光利はテレビの前にあるソファーへと案内してくれた為、私はソファーに座った。

「気が利かない子でごめんなさいね。言われないと何も出来ないの」

女性は小さな腰掛けの椅子に座ると私の方へ顔を向けた。

「あなたの瞳は不思議ね。オッドアイかしら?」

「オッドアイ?」

「左右で瞳の色が違うことよ。私初めて見たわ。綺麗ね」

「怖くないの?」

「全然。むしろ光栄だわ。稀にしか人はいないもの」

「母さん。いきなり失礼だよ」

「あら、ごめんなさいね。つい、癖で。挨拶してなかったわね。光利の母です。よろしくね、桜花ちゃん」

「、、、母、、、」

「母さんは研究者なんだ。動物や植物生きてるもの全ての事が気になる人でいろんな研究をしているんだよ。桜花?」

私の耳に光利の声は入って来なかった。

母。

私はそれを知らない。

誰にでも必ずいる存在。

暖かく逞しく守ってくれる絶対的存在。

私にはわからない。

「ねぇ、大丈夫?気分でも悪いの?」

ただならぬ様子に動揺する光利だったが、彼女は恐ろしく冷静だった。

「光利、温かいお茶持ってきてあげて」

「え?」

「身体を温めたらリラックスできるでしょ?急がなくていいから心を込めて入れてあげなさい」

「わかった」

そういうと、光利はキッチンへ行ってしまった。

時計の音だけが響く静かな部屋。

私は彼女の顔を見る事ができず俯いていた。

「桜花ちゃんのお母さんは素敵な方でしょうね」

「え?」

「こんな素敵な子を産んだんだもの。素敵な方に決まってるわ」

「、、、そんなこと、、、」

「?」

「そんな事ない!母なんかいない!私を殺そうとした母なんか知らない!知りたくもない!」

「桜花ちゃん」

「え?」

私は驚いた。

彼女は私を抱きしめていた。

「産まれた後は悲しかったかもしれない。辛かったかもしれない。でもあなたがお腹の中にいた時ずっと守ってくれていたのはお母さんよ?あなたを愛していたから産まれる瞬間を夢見てお腹の中で大切に育ててくれたから今のあなたがいるんじゃないかしら。お母さんはあなたを愛していた。それだけは否定しなくてもいいと思うわ」

「、、、おかあ、、、さん、、、」

「あなたの世界でたった一人の大切なお母さんなんだから少ないかもしれないけど母の愛はあなたの中にあるわ」

彼女は私の手を取り胸に私の手を当てた。

脈打つはずのない心臓が強く弾むのがわかる。

「あなたの心の中に母はいつでもいるわ」

目から涙が溢れ出て止まらなくて。

惨めだが。無様だが。

私は声をあげて泣いた。

涙は止まらなくて次から次へと溢れ出て。

私の顔は涙でぐちゃぐちゃになって。

それでも止まらず泣いた。

彼女は私を慰めるかの様に頭を撫でていた。

とても暖かく優しい感じがした。

これが母親というものなんだと初めて知った。


「光利?お茶はまだ?」

「母さんが桜花を泣かすから出るに出れなかったんだよ。ぬるくなったかな」

光利はテーブルにお茶を並べた。

未だ涙が頬を伝い落ちる。

「はい。可愛い顔が台無しよ」

差し出されたティッシュを受け取り私は涙を拭いた。

「ありがとう」

「いいえ。泣いたらスッキリしたでしょ?」

「うん」

「よかった。お茶飲んだらもっと落ち着くわ。どうぞ」

「ありがとう」

私はお茶を一口飲んだ。

「初めて飲んだ。美味しい」

「よかった。私のお気に入りのお高い茶葉よ。特別な時しか飲まないんだけど、今日はその特別な日だから」

「特別な日?」

「そう。私と桜花ちゃんが出会った記念日。そういえば桜花ちゃんの名前素敵だけど名前の由来はあるの?」

私の名前は光利が考えたから私は名前の由来はわからないが何となくで答えた。

「由来は、、、わからない、、、でも、、、桜が、、、好きだから」

「あら、いいじゃない!光利の名前私が考えたの」

「そうなの?」

「ええ。光のように人を導き人の役に立てる人になってほしい。そんな願いを込めたの」

「いい名前だね」

「ありがとう。光利のお父さんは光利が小さい頃病死してしまったから私が一人で育てていたんだけど私も仕事ばかりで全然家にいないから光利には寂しい思いばかりさせているんだけど優しくいい子に育ってくれたわ」

「なんか照れるなぁ」

恥ずかしそうに頭を掻く光利と嬉しそうに見る彼女に私は目が離せなかった。

これが、親子というものなんだと思った。

「桜花ちゃん、またいつでも遊びに来てね」

「また、来ていいの?」

「もちろん」

「ありがとう」

快く迎えてくれた家族は私の心を暖めてくれた。

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