第6話
無様で滑稽な事だ。
群れる事でしか虚勢を張れないなんて悲しい生き物だろうか。
私からしたら群れようが騒ごうが餓鬼がほざいている様にしか見えない。
哀れでなんて醜いのだろう。
こんな下等な種族の血が私達高貴な種族の食糧だなんて考えただけで心底吐き気がする。
、、、でも、、、。
光利は違う。
同じ人間でも違うんだ。
無様にほざくしか脳がない馬鹿どもとは違う。
強く逞しい信念を持っている。
何日も何日も私は見ていた。
変わらず殴られ蹴られ罵倒されボロ雑巾のように扱われても彼は決して反撃せずただ黙って耐えていた。
毎日同じことの繰り返し。
飽きないのだろうか、と思いながら私は傍観し続けた。
満足した様に男達は行ってしまった。
私は起きれずに呻く光利に近づき肩を貸す。
「あ、ありがとう」
「いーえ。今日は長かったね。大丈夫?」
「うん。もう慣れてしまってるかも。なんか自分が怖いな」
頭を掻きながら彼は力無く笑った。
私は光利をベンチに座らせ自分もその隣に座った。
「あいつらも暇人ね。毎日同じ事して飽きないのかしら」
「もうなんかよくわからないよ。多分ストレス発散のサンドバッグとかに思われてそう」
「あなたはなぜ殴られるようになったの?」
「僕前に部活に入ったって言ったよね?」
「あーあの下手な嘘ね」
「下手って。あれ一応本当なんだ」
意外だった。
「見るからに運動出来なさそうだけど?」
「桜花の言う通りだよ。僕にはハードな運動は向かなかった。体力は全然つかないし技術もないからみんなの足を引っ張ってばかりだったよ」
「でしょうね」
「明久君はバスケ部の部長なんだ。勝つ為にずっと努力してきて大会優勝を夢見て頑張って練習してた。でも僕が大会で何の役にも立たなかったからチームは負けた。それからだよ。嫌がらせや暴力が始まったのは」
光利は立ち上がり近くに転がっていたボールを拾った。
きっと誰かが忘れていったのだろう。
ボールを見つめながら彼はなんて悲しそうな顔をするのだろう。
そんな顔が見たいんじゃない。
あの眩しかった、引き寄せらる様な笑顔をもう一度見たかった。
今の笑顔は悲しみと恐怖、そして全てを諦めてしまって疲れ枯れ果てている、そんな笑顔だ。
「だから僕は逃げる様に勉強を始めた。何かで見返したかった。勉強でもスポーツでも勝ち目ないのなんか初めからわかってるんだ。無駄な足掻きだよね」
眩しかった笑顔、私を虜にした笑顔はもうそこにはない。
「馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「上に立つ者が下の者をフォローするのがチームワークでしょ?出来ないから役立たずだと決めつけてそれを理由に他害するなんて最低のクズでしかない」
「仕方ないんだよ。僕がもっと役に立てれば良かった話なんだから」
私は光利の持っていたボールを奪い思いっきり高く放り投げた。
ボールは高く舞い上がり地面に着弾し砂埃を立て数回弾みながら静かに転がっていく。
「見た?ボールを投げてもキャッチする人がいないからあそこに転がってる。あなたはあのボールに怒る?なぜ投げられて自分の力で元の手元に戻らないのか、この不良品って」
「怒らないよ。ボールが自分で戻るなんて不可能だし」
「私は一緒だと思う。誰にでも不可能な事はある。だったらそれを互いに補えばいい。物と違ってあなたにも意思はある。何が出来て何が出来ないのかそれを明確にしてそれを周りが助ける。目に見えないキャッチボールをすれば自然とチームワークは出来上がる」
「君って意外とちゃんとした考えがあるんだね」
「あなたのおかげ。最近いろんな本を読む様になったの。あなたのおかげで知識がついた。あなたに出会わなければ今の私はいない」
私は転がっているボールを拾い光利に軽く投げた。
光利は驚いた顔であたふたしながら何とかボールを受け止めた。
「びっくりした」
「ほら、取れるじゃない。キャッチボール」
「強引だなぁ」
「誰かとキャッチボールするなんて今までなかったから結構楽しいね。はい、ちょうだい」
私は手を広げボールを投げるよう促した。
光利はため息混じりに微笑み私に軽めの力でボールを投げた。
「言葉でしっかり伝えてみなよ。あなたからのパスを受け止めてくれるかもしれないよ」
「だといいけど」
数回キャッチボールをしていた時だった。
「あ!あった!俺のボール!」
あー、そういえば落ちていたボールを使っていたんだったと気づいた。
「ごめんね。勝手に使って。はい、どうぞ」
光利は少年にボールを渡した。
「ありがとう。兄ちゃん。楽しかった?」
「うん、君のボールのおかげで久しぶりに楽しかったよ」
「それならよかった」
「ありがとう。ほら、桜花も」
「え?」
「お礼は言わないと」
「え、私も言うの?」
「もちろん」
「うー、、、あり、がとう」
少年はニコッと笑った。
「別にいいよ!じゃあな、姉ちゃん」
手を振りながら少年は駆けて行った。
私は軽く手を振り返した。
「桜花も最初の頃より言葉のキャッチボール出来るようになったよね」
「は?人間なんかとする気ないから!」
「でも、僕としてるよ」
「、、、それは、、、その、、、」
言い訳が浮かばず私は黙り込んでしまった。
光利は笑いながら私の頭を撫でた。
「僕も君みたいに変わらないとね。頑張ってみるよ」
いつもの光利の笑顔だった。
眩しく逞しく自信をつけた笑顔。
その顔がずっと見たかった。
私は微笑んだ。
嘘偽りのない純粋な作り物でも紛い物でもない笑顔。
光利は頬を赤らめた。
「初めてみた。桜花、やっと、やっと笑ってくれた」
光利は私を強く抱きしめた。
「ちょっと!?」
「僕頑張るから。ずっとずっと諦めて耐えてきたけど。君のために一歩でも二歩でも踏み出すから。もうすぐ諦めたりしない。僕ずっと情けない頼れない女々しい男だったけど。僕も変わって見せるから」
強く抱きしめながら言う光利に強い決意を身体全体で感じ取った。
私はゆっくりと光利の身体に手を回した。
「うん、頑張って」
光利の胸の中で小さく呟いた。
もういつしか見慣れた光景となっていた。
いつものように囲まれ罵倒されて。
明久の合図で暴力は始まる。
毎度同じ流れ。
でも。
今日はいつもと違った。
「もう、やめよう」
口を開いたのは光利だった。
「は?」
「確かに僕が弱かったからチームは負けた。でも僕は僕なりに努力したつもりだ。明久君は強い。努力も誰よりも何倍もしてる。でもだからって負けた事をずっと根に持ちこうやっていじめをしていい理由にはならない筈だ」
真っ直ぐ強く光利は言った。
男達は顔を見合わせて高笑いした。
「馬鹿じゃねえの?明久とお前を比べんなよ。いじめとか人聞き悪いな。これはトレーニング。弱くて役に立たないお前を俺らは鍛えてやってんの」
「そうそう。あっきーは最強なんだぜ。部のエースなんだからな」
ほざく男達を明久の声で静まり返る。
「随分偉くなったな?お前みたいな下っ端が何意見してんの?頭の脳みそまで腐ったみたいだな」
そう言うと明久はどこから持ってきたのかバッドを構えた。
「俺が頭の中一から作り直してやるよ」
不気味に笑うと明久はバッドを振り上げた。
光利は視線を逸らさず真っ直ぐ前を見ていた。
「ねえ」
気づけば私は飛び出していた。
バッドは頭部直前で止まっていた。
「何?お前」
「弱い雑魚の分際で上からものを言わないでくれる?心底吐き気がする」
「威勢のいい女だけど一人?」
「ええ。あんたみたいな群れを作らないとほざけない弱虫と違って私は一人で今ここにいる」
「弱虫?俺が?」
「そうだけど?他に誰がいるの?」
「こいつとか?」
光利を指差しニタリと笑う。
「あなたよりも遥かに彼の方が強いじゃない。自分の意思をあなたにぶつけ逃げずに立ち向かってる。あなたはどう?たかが試合に負けたぐらいでその腹いせに特にもならない行為を繰り返すだけ。そんな時間があるなら更に鍛えればいい。負けたのが悔しかったなら次の高みを目指せばいい。何もしないでただ諦めこんな馬鹿どもとつるんで頂点に立ちみんなを引っ張っていくべき存在が聞いて呆れるわね。あなたの部の強さなんてたかが知れてるのは見なくても想像がつく」
私の挑発に怒りを露わにする。
「言わせておけば、、、偉そうに語るんじゃねえよ!!女のお前に何がわかるんだよ!!こいつのせいで俺は推薦も何もなくなったんだよ!!勉強なんか出来ねえ俺が唯一対等に戦えた最後の綱だったんだよ!!それをこいつが全部台無しにしたんだよ!!俺のその時の気持ちお前にわかるかよ!!」
「わからないしわかりたいとも思わないわ。そうやって自分で努力もしないで怒鳴り散らすしか能がない。出来損ないは彼じゃない。あなたじゃない?彼は確かにスポーツ向きではなさそうだけど自分なりに努力していた。見返してやろうとがむしゃらに足掻いている。あなたみたいに立ち止まっていない。彼とあなたでは信念が違う。今のあなたに彼をとやかく言う資格はない」
明久は怒り任せにバッドを振り上げた。
「うるせえんだよ!!」
「桜花!!」
光利の声が聞こえてきた。私は光利に軽く笑って見せた。
ゴンっと鈍い音と共に頭部に振り下ろされたバッドが当たった。
額は割れ血が吹き出す。
身体は衝撃からか少しよろける。
流れて滴る血を私は無表情で見つめていた。
「明久くん、、、流石にやばいよ、、、」
「めちゃくちゃ血出てるよ」
男達が騒ぎ始め光利は今にも泣きそうな顔で口をぱくぱくさせていた。
「はぁ。はぁ。どうだ、思い知ったか!」
明久はもう用済みとなったバッドを投げ捨て勝ち誇った顔で私を見下す。
なんて屈辱的なんだろう。
人間如きにこんなクズに見下されるなんて。
私が普通の女の子であったなら悲鳴を上げ今置かれている現状にパニックを起こしていた事だろう。
でも、、、残念。
私は普通の女の子ではない。
「ふふ」
「な、なんだよ!?何笑ってんだよ!!?」
私の不気味な笑いに無意識だろう。明久は後退りする。
私はフードを脱ぎ割れた額を見せた。
傷は音を立てて徐々に塞がっていく。
この程度なら痛みも感じない。
私はゆっくり確実に明久に詰め寄る。
「あーあ、大変だね。せっかく勝ったと思ったのに。形勢逆転かな?あなたの渾身の一撃然程効かなかったわ。ごめんね、私不死身で」
「ひぃ!なん、なんなんだよ!お前!」
「私?私はただの根性が腐り切った化け物」
私は未だ固まっている男達の方を向いた。
「あんたらも私とやり合う?」
「おい、こいつやべえぞ!」
「逃げようぜ!」
男達は走って逃げて行った。
「おい!お前ら情けねえぞ!逃げんな!」
取り残された明久は必死に叫んだが男達には届かず一人置いて行かれた。
「無様ね。所詮その程度の友情ごっこ」
「あいつらみたいな使えねえ奴らがいなくても俺がお前をぶちのめしてやるんだよ!」
そう言うと明久は拳を握り私に殴りかかってきた。
学習能力のない猿だ。
何度やっても同じ事なのに。
私は拳を受け止めようとした時だった。
今まで固まっていた光利は私を庇うように立ち明久の拳を交わし一発渾身の力で殴った。
明久は後ろによろけ尻餅をつき現状に思考がついていけていないようで目をぱちぱちと何度も瞬きをしている。
「はぁ。はぁ。これ以上桜花を傷つけないで。明久君は強いよ。僕の事なら何度殴ってもいいし罵倒してもいい。でも、彼女を傷つけたら絶対に許さない」
貫くような眼差しで光利は言い放った。
「お、お前ら二人とも気色悪いんだよ!!」
そう言うと明久は殴られた所を押さえながら逃げて行った。
沈黙。
先程とは違い凄く静かだった。
沈黙を破ったのは光利だった。
「大丈夫?」
私の殴られた額をなぞる様に撫でる。
もう、完治している額に当然だが傷はない。
「うん、全然平気」
「よかった、、、僕がもっとしっかりと君を守っていたら殴られる事もなかったのに、、、本当にごめんね」
光利は私を抱きしめて小さく震えていた。
「どうして震えているの?寒いの?」
「違うよ。君がいなくなってしまう気がして凄く怖かった」
「私は不死身なんだからいなくなったりしないわ」
「知ってるよ。でも、、、凄く怖かったんだ」
「変な人」
私は未だ震えている光利を抱きしめ返した。
「あなたも凄いじゃない。ちゃんと思いを伝える事が出来たんだもの」
「うん。でも、わかってもらえなかった。挙句殴ってしまった」
「いいじゃない。たった一発。あなたは何度も殴られてきたんだからそれと比べたら可愛いものよ」
「暴力は何があってもよくないよ」
「ではなぜ殴ったの?」
「君を守るため」
「え?」
「君が殴られそうになったら怒りが込み上げてきて気づいたら殴ってた」
「私は痛みなんか感じないのにあなたって意外とお馬鹿さんなのね」
「自分でもそう思うよ」
「ありがとう」
「え?」
「守ってくれてありがとう。光利」
「え!?桜花、名前?」
「ま、まぁ。感謝を込めてこれからは名前で呼んでもいいかなって?」
私は照れ臭くなり下を向いた。
「嬉しい!」
先程より強く抱きしめられる。
「やっと名前で呼んでくれた!凄く嬉しい!ありがとう!」
無邪気に喜ぶ光利に私は微笑んだ。
「いいえ。どういたしまして」
私も強く光利を抱きしめ返した。
凛、私わかったよ。
これが恋をしているって事なんだね。
暖かく包み込まれるような優しい気持ち。
やっとわかった気がするよ。