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第2話

朝は嫌いだ。

今日も死ねていない現実を目の当たりにし受け入れその日を過ごさねばならない。

凛が昔よく言っていた。

吸血鬼は太陽や十字架、ニンニクを嫌うと言われているがそれは人間の作り出した幻想。

人間より遥かに優れている私達吸血鬼にそんな物通用しない。

普通に太陽の元を歩いても身体は砕け散らない。

十字架を見ても苦しんだりしない。

ニンニクだって食べられる。

私も同じだ。

それら全てにおいて苦手意識など微塵もない。

ただあるのは太陽への憎悪。

汚らわしい私を照らすなと言う反抗意識。

いつもならば凛が起こしに来るまで私は布団から出ない。だが、今日は眠れなかった。窓から外を眺めているといつも通りの時間に凛が現れた。

「失礼致します。おじょうさ」

「おはよう、凛」

凛は驚き目を見開いた。

「どうされたんですか?このような時間に起きられて。その上カーテンも開けられて」

「眠れなかったの。昨日帰ってからずっと外を見てたら気づいたら朝になってた」

「昨日はどちらに行かれていたのですか?悠波様が遅くまでお待ちになられていましたよ」

「私の夜遊びはいつもの事でしょ。お兄様にはもう来ないでと伝えて。叔母様に殺されかねない」

「悠波様はお嬢様を心配していましたよ。奥様はお話の後すぐ帰られましたから大丈夫ですよ」

「そうなんだ」

私は窓から視線をずらし近くにあった椅子へ座った。

「お嬢様何かあったのですか?」

「ん?どうして?」

「心ここに在らずと言ったご様子なので」

「何にもないよ。ただ喉乾いただけ」

「失礼ですが最後に輸血されたのはいつですか?」

「あー、知らない。しばらくしてないんじゃない?」

「定期的に輸血しなくては吸血衝動が起こりますよ。異常な喉の渇きもそれが原因です」

私達吸血鬼は定期的に下級吸血鬼と人間の血を混ぜた紛い物を体内に輸血し喉の渇きを潤している。

叔父様のように気高い方は輸血などしなくても吸血衝動は起こらないが私はまだまだ未熟者だ。

それ故に定期的に輸血しなくては貧血を起こし吸血衝動と共に喉が渇く。

「別に輸血なんかしなくてもまた人間から吸い取ればいいだけ」

「人間に我々の正体がわかれば騒ぎになります。お嬢様はまだ世間を何もご存知ないのです。牙の跡が見つかれば直ぐに我々だと勘づかれてしまいます」

「全員殺してしまえばいい」

「面倒は起こさないで下さい。早急に輸血してその喉の渇きを落ち着かせて下さい。では、私は失礼致します」

お辞儀をし凛は部屋を出て行った。

静寂。

「、、、なんで、、、」

私の脳裏には昨日の少年がいた。

忌み嫌われて来た私に微笑んでくれる者など居なかった。

私にあんな微笑みを向けたところで私はあいつに対してなんの感情もないしただただムカつくだけだ。


、、、でも、、、。


私が吸血鬼ではなかったら?

ただの人間の小娘だったら?

少年と笑い合う権利はあったのだろうか。

「何考えてんの。ただのガキに私は何を?」

そうだ。

住む世界が違うんだ。

あいつはただの人間。

私は吸血鬼。

初めから相容れないのだ。

「忘れよう」

私は立ち上がり窓を開け部屋から飛び出した。

芝生に着地して私は歩く。

何も考えずただ歩く。

屋敷の外は人間の世界。

綺麗な家々。色とりどりの車。溢れる人間。

私の世界にはないカラフルな別の世界が眩しくて羨ましくて妬ましくて。

私の世界は例えるなら灰色。白と黒が混ざり合った汚い色しか私の世界には存在しない。

色のない世界こそが私の世界そのもの。

ただ昨日見た桜は美しかった。

色のない世界でも輝いて見えたのだからカラフルを見れる者たちにはどれほど美しく見えるのだろう。

あの少年の目にはどんなに美しく桜は見えていたのだろう。


「あれ?」

無意識だった。

またあの野原にいた。

「桜の事考え過ぎたかな?」

溜め息を吐き私は桜の木の下で立ち止まり見上げた。

「貴方はきっとすごく美しい花なんだろうね。私の灰色の世界に貴方は眩し過ぎる」

気配を感じた。

一瞬身構えた時だった。

「また会ったね」

聞き覚えのある声が背後で聞こえた。

「あんたの事なんか忘れた」

私は振り返らず冷たく遇らった。

「僕は覚えているよ。君の透き通った声素敵だもん」

「またそうやって、、、」

私は怒りで拳が震えた。

振り返り少年を睨みつけた。

「簡単に素敵だのなんだの御託を並べて一体何が目的!?私はあんたに煽てられてもあげる物なんか何も持ってない!!」

「何もいらないよ。ただ思った事を言ってるだけだよ。素敵だし君は凄く綺麗だよ」

「ガキが!私の事たぶらかして遊んでるでしょ!私は素敵でも綺麗でもない!!不純で穢らわしい醜い化け物!!あんたなんか本気にならなくても簡単に殺せる!私に殺されたくなかったらそのベラベラ御託を並べるしか能のない口を今直ぐ閉じなさい!!」

少年は静かに私を見ていた。

私は怒り任せに怒鳴り散らし肩で息をしながらそれでも尚、私の口は動く。

「はぁ。はぁ。なに、見てんのよ。どうせ惨めとでも思って」

「違うよ」

「え?」

「違う。惨めとも穢らわしいとも化け物とも思ってない。君は自分を否定する事でしか自分の存在を認められないんだね」

「?何を言って」

「だから僕が」

「?」

「僕が君の存在を認めるよ。君を見てる。君は確かにここにいる。君は存在してる」

「っっ」

頬を何かが伝って落ちた。

今日は雨なんか降っていないのに。

「何?これ?」

「涙だよ。嬉しい時や悲しい時に流れるんだよ」

そう言いながら少年は私の頬に手を当てた。

そんなもの吸血鬼が持ち合わせている筈がない。

あるのは冷酷で冷め切った感情のみ。

でもなんでかな?

とても少年の手は温かい。

「塩?」

「そうだよ。涙ってしょっぱいんだ」

少年は私の頭を優しく撫でた。

「何をしているの?」

「少しは落ち着くかなって?」

頭を撫でられた事などなかった。

ましてや、人間如きに優しくされるなど微塵も想像していなかった。

どうしてだろう?

振り払える距離なのに。触るな!って怒鳴りつけたいのに。

どうしてしないんだろう?叫ばないんだろう?

私は何を受け入れているんだろ。

人間なんか、、、。

なんで、こんなに心地よいのだろう。

微笑んでいる。

逆効果だよ。

落ち着くわけない。また、胸が変。

「変な奴」

少年は私が落ち着くまで黙って頭を撫でていた。


「落ち着いた?」

少年は木の下に私を座らせその横に自らも座った。

「君って髪長かったんだね。フード被らない方が僕はいいと思うよ?」

私はフードを被っていなかった事に気がつき咄嗟に被ろうとしたが、その手を少年は止めた。

「離してよ」

「綺麗な髪なんだから隠さないで。目も輝いていて引き込まれそう」

「私の赤い目を見て怖くないの?」

「全然。宝石みたいだね」

「やっぱ変な奴」

匂いがして私は今も尚私の手を掴んでいる少年の手を取り手のひらを見つめた。

「あなたまた怪我したの?」

「君って本当に鼻いいね」

普段なら血の匂いで吸血衝動は起こらない。

しばらく輸血をしなかったからだろう。

ただ欲望のままに。


飲みたい。


私は少年の首筋を見た。

白く綺麗な首。

噛み跡なんか何もない。

その首に牙を立てたらどれほど気持ちがいい事だろう。

理性はなかった。

私は少年を押し倒し馬乗りになり首筋に牙を立てようとした。

「君って結構積極的だね」

私は我に返り少年を見た。

恐怖など感じていないようだった。

どうしてだろう?

私が襲ってきた人間達はみんな恐怖の顔をして震えていた。

その顔が更に食欲を唆り牙を立てた瞬間快楽へと変わる。

でも。

こいつは、笑っていた。

「あなた馬鹿じゃないの?殺されるかもしれないのに何ヘラヘラ笑ってるの?」

「君が僕を殺すようには見えないから大丈夫。口では虚勢を張っているけど君は優しい人だと思うから」

「何それ」

「ところで、、、」

「?」

「そろそろ降りて貰ってもいい?」

「あっ」

私は未だ何もせず乗っていた事に驚きながら少年から降りた。

「ごめんね。もう少し君と話していたかったんだけどもう行かなきゃ」

少年は立ち上がり服を整え私に言った。

「また泣きたくなったらいつでも言ってね。涙を流したら次に来るのは笑顔だから。僕は君の笑顔がみたい」

じゃあね、少年は私の頭を撫でてそのまま行ってしまった。

、、、。

笑顔。

そんな物私にあるわけない。

楽しくも幸せもない私が笑えた瞬間など今までの人生でなかった。

叔父様と話す時も悠波お兄様と話す時すら笑い合う事など許されなかった。

作り笑いしか私は知らない。

その私が人間の前で、ただのガキの前で笑う?

甚だ呆れる。

そんな事天地がひっくり返ってもある筈がない。

「下らない」

私は夕焼け雲を眺めながら帰路に着いた。

「あーあ、あいつの血吸い損ねた。次会ったら身体中の血がなくなるまで吸い尽くしてやろう」

乾いた喉を抑えながら私は長い道のりを歩いた。

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