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第9話

考えたこともなかった。

たかが人間の一人や二人死んだところで変わる筈もないと思っていた。

死んだ数だけ人は産まれてくる。

だから、その中の一人が消えようとも悲しみなど感じるわけもなく。

当たり前の世の理だと思っていた。


葬儀はあっという間に終わった。

私は葬儀には行かなかった。

たくさん並ぶお墓。

この中に彼女は静かに眠っている。

光利はお墓に手を合わせ、私はその後ろ姿を見ていた。

「ねぇ、桜花」

「何?」

「僕、大学行くのやめるよ」

「え?」

「働く」

「でも、大学行きたいから勉強していたんでしょ?」

「僕は母さんみたいに研究者になれるだけの実力はなかったけど、、、誰かを救える医者になりたかった。自分の手で多くの人の病気を治したかった。もちろん、最初は見返したい、その意思だけで始めた勉強だったけど、、、知識が付けば夢も膨らんで、いつしか医者を目指すようになってたんだ、、、なのに、、、身近にいた人の病気にすら気付けないなんて、、、僕は医者になる資格はない」

拳を振るわせそう話す彼の背中はとても小さく見えた。

その姿は後悔と絶望、そのものだった。

私は今の彼に何を言っていいのか、どんな言葉をかけるべきなのか分からなかった。

無責任な励ましも根拠のない空論も今の彼には無意味なだけだった。

私は彼を抱きしめた。

悲しみが消えるわけでも後悔を忘れさせるわけでもない事ぐらい知っている。

それでも、独り怒りに震える彼をこれ以上見ていられなかったから。

「?桜花?」

「今の私には、光利になんて言えばいいのかわからないけど、ただこの場で一緒にいる事はできるから」

「その優しさだけで充分だよ。ありがとう」

小さな彼を、私は抱きしめる事しか出来ない。

無力でしかない。


いつも通りの屋敷。

胸糞悪い空気が充満していて。

ここに私の居場所は無い。

だが、私は未だにこの屋敷に居座っている。

「桜花様?どうされましたか?」

「、、、何でもないよ」

「浮かない顔されていますよ」

「そう見える?」

「はい」

いつもの時間に凛は輸血の血を持って現れる。

慣れた手つきで私の腕に針を指し、輸血の血と繋ぐ。

一定のリズムで落ちてくる血を眺めていた。

チューブを通り私の中へと紛い物の血が入ってくるのがわかる。

「別に死んだりしないのに、どうしてこんな物入れなくてはいけないのかな?」

素朴な疑問を凛に投げかけてみた。

「旦那様のように自我を保てる方は不要ですが、桜花様はまだコントロール出来ないので定期的に輸血が必要です。以前輸血を怠り喉の渇きに苦しんでおられたのをお忘れですか?」

「、、、そうだけど、、、」

「定期的に輸血さえしていれば普段通り過ごせます。ご辛抱ください」


「腑抜けた顔をしているな」

突如ドアが開き叔父様が現れた。


「、、、叔父様、、、」

「いつもの威勢はどうした?お前がそのように静かでは張り合いもない」

「いつも通りです」

「人間の事だろう?」

確信をつかれ何も言えなくなる。

「、、、なぜ、、、?」

「なぜ、わかったか?簡単だ。裏切られた時の私と同じ顔をしている」

「叔父様と?」

「相入れない種族だ。決別するには頃合いだ」

「、、、違います、、、」

「なに?」

「彼は私を受け入れてくれた。私の全てを知った上で一緒にいてくれている。私も彼を支えたい。彼の力になりたい。彼とずっと一緒にいたい」

「それは無理だ」

「え?」

「人間は我々とは違う。いずれ死が待ち受けている。我々が不死が絶対な様に人間もまた、死が絶対の理だ」

わかっている。

彼女の魂が儚く消えていった様に。

光利にもいずれ、必ず訪れる。

死という抗えない宿命。

光利が簡単にこの世を去った時、私は?

光利の一生など、私には瞬き程度にしか感じない。

私は彼を失って尚、無限の時間を生きなくてはならない。

死ぬ事も、朽ちる事もない身体はその悲しみに耐えられるのだろうか。

引き返す機会なら沢山あった。

初めから知っている運命だ。

抗う事が出来ないのならば、初めから手にしなければよかっただけ。

私は知っていて。それでも、今ある幸せを掴みたかった。

この先最悪の未来が見えていたとしても。

ほんの僅かな心地良い時間を後悔なく過ごしていたい。

その決断に一切の迷いは、ない。

「わかっています。いずれ彼がいなくなる事も。私がまた、孤独になる事も。全てわかっています。その未来を受け入れる覚悟は出来ています。私は今この少ない彼の時間を共に過ごしたい。それだけです」

私の揺るがない決意。

誰にも(くつがえ)させはしない。

叔父様は少し考え、高々に笑い出した。

「お前は相変わらず強情だ。お前の母も私によく意見していた。親子で私に刃向かうとは実に滑稽だ。私の負けだ。お前の願い叶えてやろう」

「叔父様が、私の願いを?」

「長年お前を見てきた。私はお前の保護者にはなっている。だが、愛情は与えて来なかった。お前はそういう宿命なのだと自身の置かれた現状を見つめ生きていくよう仕向けた。実の親に捨てられ、誰も相手にされず孤独のままどう生きていくか、それを私はただ知りたかった。まだ年端もいかない小娘だと思っていたが、、、お前は私の予想を遥かに超えてしっかり成長していた。凛、お前が影で支えていた事は知っていた。私が手を出さずともしっかり母親の代わりをしてくれた。何人もの中から選んだだけはあった」

「旦那様、、、勿体無いお言葉です」

「桜花。良い名を与えてもらったな。名を与えられる事の意味を知っているか?」

「、、、いいえ、、、」

「混沌とした世界から意味を切り出すこと。私はお前に名を与えなかった。それは生きる意味を持たない、そう思っていたからだ。我が一族の汚点だった。汚れた瞳は古代より忌み嫌われてきたが、お前を見てわかった。言い伝えは所詮は空論。意味のない戯言でしかない。生きる意味は誰にでも等しくある。桜花、良き名を与えられたのだ。その名に恥じぬ生き方をしろ」

「叔父様、、、」

育ててくれた恩はあった。

だが、私は憎んでいた。

優しく微笑んでくれる事も家族として接してくれた事も一度たりともなかった。

あるのは、主従関係だけだった。

だが。

今までとは違う。

真っ直ぐ私を見て微笑んでいる。

優しく包み込む様に。

私は誤解していたのかもしれない。

全てを真っ向から否定し掴めたはずの幸福を自らの手で払っていたのかもしれない。

私を支えてくれていた凛も、しっかりと向き合う事で私を受け入れてくれた叔父様も。

私が手を伸ばせばすぐそこにいてくれた数々の人たちは初めから私が背を向け拒絶していただけだったのかもしれない。

瞳が汚れていたのではなく、汚れていたのは私自身の根性と思考。

もっと寛大な心で世界を見ていれば違う視野から世の中を見れただろう。

私が愚かだった。

変わらなければならないのは世の中じゃない。

私自身だ。


「叔父様、願いは一つだけあります」

「なんだ?」

「彼を屋敷に住まわせてください。母を失い生涯孤独の身です。叔父様に迷惑はかけません。一生に一度のお願いです」

私は深々と頭を下げた。

「人間を。我が屋敷に」

「お願いします」

「我が屋敷に足を踏み入れたら最後生きて帰れぬかもしれんぞ。下級吸血鬼は飢えている。いつ殺されてもいいと覚悟できるか?」

「殺させません。私が守ります」

「ほぅ。良い目だ。好きにしろ」

「叔父様、、、ありがとうございます!」

私はすぐ、光利に知らせたくて部屋を飛び出して走って光利の家へ向かった。

「まだまだ子供だな」

「よろしかったのですか?」

「人間との共存をか?」

「はい」

「私も退屈している。たかが何十年戯言に付き合うのも悪くない」

「旦那様もそう考える事があるのですね」

「娘の願いを聞かぬ親はいない。しっかり二人を支えなさい。任せたよ、凛」

「承知いたしました」

叔父様と凛がその後話していた事を私は知る由もなかった。

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