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俺世界

作者: 雉白書屋

 ある日突然、世界中の人間が俺になった。

 俺とは俺だ。もはや名前なんて意味はない。なぜならみんな俺だからだ。名前とは区別するためのものだろう? みーんな俺だ。呼ぶにしても『おい、お前』や『ねえ、そこの君』だ。でもそう言っている奴も言われている奴も俺なのだ。

 女も子供も老人も全員俺。髪、顔、体。外見が俺と同じになったのだ。

 理由はわからない。宇宙人か神様の仕業か、はたまた入浴剤を風呂に入れるようにように別次元の俺という成分がこの世界に零れ落ち、俺色に染まったのか。テレビの中で、そんなような説を宣い、頭を悩ませているどこかのお偉い学者様も俺。コメンテーターもアナウンサーも、俺、俺、俺。

 当然、大混乱だ。みんなが俺になる、つまり自分が自分でなくなったんだからな。アイデンティティーの崩壊。オレディンティティーの爆誕。

 それに耐えきれず自殺した奴もたくさんいる。多分、元若い女の俺だ。『こんなの生きていけない!』だとさ。失礼な話だよ。高い所からバンバン飛び降りて、ガンガン電車に飛び込んで。女ってやつは一人じゃなく、集団でヒステリー起こすからいけねえ。

 なーんて、実際言ったらバッシングを受けそうなことを人前で口にしたとしても問題ない。だってみんな俺なんだから。

 そもそも言う必要もない。俺が犯罪やらかして、それを俺が捕まえる。あるいは逃げ延びる。目撃者も俺。でも容疑者は全員俺。取っ組み合いの喧嘩に殺し合い。誰が刺したんだ? 詐欺強盗万引き空き巣轢き逃げ放火。誰の仕業? 俺だよ俺。

 ああ、大混乱だ。みんな自分がどこの誰なのかわからない。俺だってば。そんな風に俺はどこか面白おかしく過ごしていたが、でも、ある日、俺のことがバレちまった。多分、俺の知り合いが情報提供したのだろう、俺の名前が一斉に報じられたのだ。アナウンサーが自分の顔を指さし『この人物の名前は――』だとさ。笑える。アナウンサーも笑ってる。ケタケタケタケタ気が狂っちまったんだ。休職だとさ。代わりのアナウンサーも俺。

 で、この騒ぎの原因は全部、俺にあるんじゃないかっていうやつもいた。んで、俺を殺せってな。でもそう言う自分も含め、全員俺なんだから見つかりっこないわな。危ない危ない。

 そのうち、争うのもやめた。全員が俺。つまりは自分なのだ。水と水を混ぜても水。俺は俺。自分で自分を殴るのも馬鹿馬鹿しい。

 こうして俺による俺のための俺の社会が完成した。

 俺同士が愛し、笑い、世界は平和になった。

 

 ……ただ、俺は気づいてしまった。

 俺だけが孤独だ。周りは俺になった奴らであり、俺ではなく、俺は元々俺なわけだから奴らと同じじゃないのだ。

 俺だけが除け者俺者。俺が基なんだよ。俺なんだよって言っても信じて貰えない。そんな俺はごまんといる。ぎゅうぎゅう詰めの精神病院にな。

 俺によって形成された雑踏の中を歩いていると、その疎外感が余計際立つ。

 テレビを見てもどこ見ても俺、俺、俺。俺が笑っている。俺が怒っている。俺が泣いている。俺は俺なのに俺じゃないみたいだ。

 

 だから俺は死ぬことにした。

 でもそう悪い気分じゃない。異物を除去し、これで完璧な俺の世界が完成する。なんて偉業。いや現実逃避かこれも。

 ビルから飛び降りようとしている俺に気づいた俺が下で騒いでいる。この後、死んだ俺に俺が駆け寄るだろう。じゃあ、俺の死ってなんだ? 俺とはなんだって、考える暇はもうない。

 落ちる俺。俺の人生の終わり。それは俺の世界の終わり……そうか、端から他人とか関係なかったんだ。

 この世界は俺のものじゃないが俺の世界だ。俺が生きている世界だ。

 でも気付くのが遅かった。ああ、世界が、俺が崩壊する……。

 




 

 ある朝、目覚めたら世界中の人間が、わたしに――

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