第3話:変わらないものと・・・変わるもの・・・(後Ⅰ)
「大丈夫・・・・?」
彼が”私”にもう一度言葉を向けた。
彼に魅入られたようになっていた”私”はハッとなって彼の瞳から目を逸らす。
「・・・気分が悪いなら・・・・」
彼の言葉に被せるように”私”の口から勝手に言葉が飛び出した。
「いえ・・・大丈夫です・・・ので・・・。」
「そう・・・ですか・・・。」
俯いて下を向いた”私”の身体は妙な緊張に包まれて少しだけ震えている。
そんな”私”をじ彼がじっと見つめているのが感じられたまま・・・少しの間が空いた。
「では・・・私はこれで・・・。」
そう言って立ち去ろうとする彼の足元が視界に入った”私”は、心配して声をかけてくれた人になんて失礼な態度をとっったのかと、頭を上げた。
「・・・・?」
”私”の瞳が彼の瞳に真っ向から向き合った形になった、その瞬間、彼の瞳の”青”が色を変えた・・・?
そんな錯覚が”私”を捉えたような気が・・・・と、ふわりと”私”の肩に彼が上着をかけた。
「あ、あの・・・・」
突然のことになんと言っていいのか、言葉を探す”私”に彼は柔らかい微笑みで答えた。
「庭園は空気は澄んでいるけれど・・・夜は冷えますから・・・。では」
”私”に応えさせる暇を与えずに、彼はそこから立ち去っていった。
”私”はその場に座ったまま、彼がかけてくれた上着に包み込まれるかのような心地よさに身を委ねる。
「・・・あたた・・・かい・・・」
あの方はいったい誰だったのだろう・・・?
自分の頭の中に疑問がぐるぐると浮き上がってくる。
”私”はふううっと小さな溜息をついたが、ふと、庭園の外灯にと吊り下げられたランプの灯に浮かび上がらせられた花たちに気付いて目をやった。
今日の舞踏会はとても惨めな気持ちで始まったけれど・・・。
薔薇だろうか・・・闇に馨る花の匂いが”私”の心を浄化していくようだった。
誰なのかは分からないけれど・・・とても親切な方に・・・優しい気持ちをもらえたから・・・
温かい気持ちで今日を終われる・・・ふふふ、今日は良い日になったのかもしれない・・・。
しばらくして舞踏会に戻らなければ、という義務感が”私”に腰を上げさせたけれど、憂鬱な気持ちが”私”の足を王宮から離れさせた。
珍しく自分に強気な”私”が居る・・・それが自分自身嬉しくもあった。
「帰ろう・・・・。どうせ私が居なくなっても、誰も気にかけないもの。今日くらいは自分の気持ちに従っていいわ。
今の温かい気持ちをもったまま・・・今日を終わりたい。
後から怒られるだろうけど、構わない。これくらいの我儘いいわよね?」
自問自答しながら、”私”はそこから家門の馬車が停めてある方へと歩いて行った。
舞踏会から数日が経った頃、首都に滞在中の私達に一通の招待状が舞い込んだ。
それはヴェステァオ公爵家の令嬢姉妹をお茶会に・・・という趣旨のもので、父や継母、妹はその招待が意味するものに飛び上がって狂喜した。
何故なら・・・それは王宮からの・・・王妃様からのお茶会の招待だったから。
「きっと、この前の舞踏会で王太子様がミリラフィーヌを見初められたに違いないわ。」
「ああ、お母様・・・。どうしましょう?あの素敵な方が、私を・・・?」
「ええ、あなたの可憐な美しさには誰もが魅入っていたのだもの、当然よ。」
普段は冷静沈着な振舞いの父でさえ、少し浮かれたような具合で・・・。
「お父様・・・・。王宮の、王妃様のお茶会ですもの・・・。新しいドレスを仕立ててもいいでしょう?」
「あなた・・・王妃様に失礼のないようにミリラには宝石も必要ですわ・・・」
父の頭の中にも、ミリラが王太子妃に・・・・という思いが浮かび上がっているのだろう。
「ああ、そうだな。いくらでも買うといい。王妃様に失礼のないように装いなさい。」
そう言って、部屋をでていこうとした上機嫌の父がふと”私”に目をとめて言葉をかけた。
「ルリエティア。姉妹とあるのだから、お前もミリラと一緒に準備をしなさい。
相応しい装いをな。」
「はい。お父様・・・。」
父と会話を交わす”私”を憎々し気に見つめる継母の視線は痛いほどだったが、”私”は父に従順な微笑みを返した。
「王妃様、本日はお招きに預かりまして光栄の至りでございます。
ヴェステァオ公爵家のミリラフィーヌでございます。」
「まあ、可愛らしい方ね。さあ、こちらにいらして・・・。」
王妃様はとても穏やかに微笑まれると”私”の前で先に挨拶を終えた妹を席へ招いた。
先に妹であるミリラが挨拶を終えた為に、言葉を発する機会を見失って立ち尽くす”私”をお茶会の他の客達が値踏みするかのように見ながら、ひそひそと話しているのが聞こえてくる。
「あれは・・・?」
「ああ、たしか姉妹で招待と聞いているわ。きっと、ぱっとしない姉のほうね。」
「ほら、舞踏会でもみっともないドレスで登場していたもの。」
「今日のドレスも・・・。見て・・・あの地味な色。侍女のお仕着せのよう・・・まるで妹の侍女ね。」
侮蔑の視線と言葉が胸に痛いが、この場を立ち去るわけにもいかず、とりあえずカーテシーを取り続ける。
「あら・・・・。えっと、あなた・・・?」
”私”をミリラの侍女かと思っていらしたのか、王妃様が思い違いに気付いて声をかけてくださった。
「王国の月であられる王妃様にお目にかかれまして光栄の至りでございます。
本日はご招待ありがとうございます。
ヴェステァオ公爵家のルリエティアでございます。」
「ああ・・・あなたが・・・。」
王妃様の舞踏会の時の惨めな”私”を思い出されたのか・・・瞳に憐みが浮かんだかのようにも見えた。
「よく来てくれたわね。さあ、あなたもこちらへ・・・。」
王妃様が”私”に親身な態度を取られたことで周りの貴族達の冷笑が止んだようだった。
お茶会は王妃様の人柄に沿って和やかに進み、”私”にも心地良いものになった。
そろそろお茶会も終わりの時間を迎えると、王妃様に挨拶を終えそれぞれが帰路に着こうと庭園を歩いて馬車乗り場の方へ向かう。
ミリラはお茶会で仲良くなった令嬢達と楽しそうに話しながら前の方を歩き、”私”は列の一番後ろを少し遅れがちに歩いてついて行っていた。
皆が庭園の角を曲がる・・・少し距離ができていた”私”は慌てて角のほうに駆け寄ろうとした、その時、緑の生垣の中から誰かの手が”私”の腕を掴んだ。
「?」
腕を掴まれた衝撃に全身がびくりっと怯える。
「ごめん。」
申し訳なさそうな声が”私”の耳に響いた。
この声・・・これって・・・思わず掴まれた腕の向こうにいる人を見上げる。
「驚かせてすまない。」
そういって”私”を見下ろす瞳はとても近い・・・。
彼だわ・・・。
・・・彼の瞳が”私”を見つめる・・・・。
”私”は・・・その、深い海のような『青』に自分の全てが溶け込んでしまうかのような気がした。