第1話:変わらないものと・・・変わるもの・・・(前)
「ぜーええたああいに、い・や!」
「お嬢様・・・それでも、今日は行かなければなりませんよ?」
あああ・・・まったく朝から面倒なことだ・・・
私のお嬢様は・・・社交が大の苦手、というか、それに関しては毛嫌いに近いものがあるのだけれど。
いつも必要最低限の社交の場にだけ参加されるが、その時でさえチャンスがあれば逃亡しようとされるから、お嬢さんの専属侍女の私の気苦労といったらまったくもって、特別手当が欲しい位なのだ。
だが・・・・今日は・・・なにがあろうとも時間に遅れることなく、準備を整えて、お嬢様を送り出さなければならない。
そう・・・これはお嬢様のお父上である公爵さまからも重々のお達しがあってのことなのだから・・・。
いや、それ以上にお嬢様にとって今日ほど重要な日はないのだから。
しかし、今日のお嬢様はいつになく頑なでいらっしゃるから・・・なかなかお支度に取り掛かれないのだ。
これは・・・もう必殺技を使うしかないのだろう・・・。
「ええ、ええ。そうですね。お嬢さまはお支度をなさりたくないと・・・・そうおっしゃるのですね?」
「そうよ。エティも知ってるでしょう?今日は社交に出るよりもっと大事な用事があるんだから。
それに、公爵家家門としての参加ならミリラがいるでしょ?」
「・・・お嬢様・・・今日は皇太子殿下のお誕生を祝う舞踏会です。
国王陛下から社交界デビューの令嬢全員に招待状が届いているのですから・・・・。
もし・・・・そうですね、お嬢様がどうしても参加なさらないのでしたら・・・・。」
「・・・・・・・ええ。私は参加しないわ」
「分かりました。ではそうなさいませ。
そうして、お嬢様の専属侍女の責任を怠った罪を償うために・・・私は公爵家からお暇をいただきます。ええ、そういたしましょう・・・・では、お嬢様。長い間お世話いたしましたが、ここらでお別れでございます・・・」
私はお嬢様に一礼するとくるりと背を向けてドアの方へ歩き出した。
「・・・・・・・」
お嬢様が憤慨している気配が背中越しに伝わってくるようだ・・・。
大股でドアまで辿り着いた私はドアノブに手を置いてドアを開けようと・・・・。
「うーーーー。分かった、分かったわよ。エティ、行けばいいんでしょ、行けば・・・。
今日は言う通りにする。でも、これでしばらくは社交には出ないからね。いい?
あと、今日はヤファドと約束をしていたの知ってるでしょ?
ちゃんと連絡をお願いね。」
「お嬢様・・・・さすが私のお嬢様です。
連絡は執事のルフィレに頼んでおきますとも。
では、早速準備に取り掛かりましょう・・・・。
さああ、お時間が残り少なくなりましたからね。
私がお嬢様を飛び切りのレディに仕上げて差し上げますから・・・」
「はああああ」
要らないのよ…私にレディの姿は・・・といわんばかりにお嬢様はうんざりした気持ちを吐き出すかのように大きなため息をついて・・・最後に私をもう一度だけチラ見する。
だが、私はそんなことには気づかないふりをする。
そしてお嬢様は、やる気に燃えているエティをこれ以上止めることは・・・無理だわね・・・と、とうとう諦めて私に身体を差し出すのだった。
「さあ、今日の為に準備したドレスですよ。お嬢様が私に任せてくださったから、私が全部準備させていただきました。お召しになってくださいませ。」
私が手に取った布をお嬢様に見せるとお嬢様の顔つきが少し変わったのが感じられた。
「はいはい・・・・あら・・・これは・・・まああ・・・」
ふふふ、、、。お嬢様が喰いついたわね。
・・・まあね、自分で言うのもなんだけど・・・と私は得意気な気持ちが止まらない。
今日のドレスにどれだけ注意深く準備を費やしてきたか。
「ねえ、エティ。このドレスって、、?」
お嬢様の目の色まで変わってきたわ。
やはりお嬢様も女の子なんだわね。
私は内心ほくそえみながらも冷静な表情を保ちつつ、お嬢様ににっこりと笑顔を向けた。
「お嬢様?さあ・・・お着替えいたしましょう・・・・」
「ヴェステァオ公爵家のルリエティア嬢のご入場です」
皇城の大広間で開催される舞踏会の扉が開かれて・・・お嬢様のお名前が呼ばれる・・・。
私は侍女の控えの場からそれを見つめていた。
一歩一歩階段を降りてゆくお嬢様は輝くばかりに美しいわ・・・。
そう・・・私はお嬢様の姿を見つめながら自分の胸に感慨深い思いが込みあげてくるのを感じたままにしておいた。
・・・・懐かしいこと・・・・。
かつて、あの階段を降りて行ったのは ”私” だったのだものね・・・・。
変わらない場所・・・変わらない時間・・・変わらない顔ぶれに・・・変わらない・・・・。
けれど・・・・大きく変わっているものがある・・・。
私は大広間の隅の、誰も気に留めない使用人の立ち位置から、会場を見渡す。
そう・・・あの時・・・階段を降りて来る私を迎えたのは・・・・・。