来る来る狂う。狂裂逝男
狂裂逝男はレジの上に公共料金の請求書の束を並べた老婆の頭を掴み、カウンターに叩きつけた。
老婆の頭は勢いよく弾け、スタンプ代わりに請求書を彩る。
店員は血で汚れたレジスターをただ布で拭うだけだ。
所詮「ぶたにんげん」の死などその程度の扱いだと、逝男はその命の軽さを今さら再確認する。
彼は普段「ぶたにんげん」に積極的に関わることはない。ただその老婆に待たされるのが気に食わなかったからやっただけだ。
仮にそれが「ぶたにんげん」以外の存在だとしても彼はそれを敢行していただろう。
列の先頭でそのような惨事が起きているにも関わらず、列を形成する人間たちはそれを気にする様子もなくぼんやりと立ち位置を維持している。
意思もなくただ自身に与えられた役割をこなす以外は何もできない生きた人形。それが「ぶたにんげん」だった。
そして逝男はその「ぶたにんげん」の形成する社会の利益を享受しつつ、気に食わないことがあればその「ぶたにんげん」を殺す。
そういった自立した意思を持った「超人」だった。
なんのために「ぶたにんげん」が社会を形成し、維持しているのかは逝男にはわからないし、理解するつもりもなかった。
噂によると「ぶたにんげん」は死んだ分だけ翌日生えてくるらしい。
何にせよ「超人」からすれば「ぶたにんげん」のことは理解できないし、するつもりもない。逆も然りだ。
「順番にお並びください」
マニュアル通りの台詞を吐き出す「ぶたにんげん」の頭部を逝男の蹴りが破壊する。
よく考えれば「ぶたにんげん」の店で列に並ぶ必要も、料金を払う必要もないと気付いたからだ。
彼はレジ内に侵入するとビニール袋を掴み取り、ありったけのホットスナックを袋に詰め込む。
目的を達成した逝男は袋を片手に店を出ようとする。
するとベルトに刀を差した男が入店してきた。
男が返り血を浴びているところからすると、彼も気に食わない「ぶたにんげん」を殺してきた帰りなのだろうかと逝男は思った。
逝男が店の前で唐揚げを口に運んでいると、先ほどの刀の男が店から苛立った様子で出てくる。
「フランクフルトを最後の一本まで持って行った馬鹿は貴様か? 俺はフランクフルトを食いたくてここまで来たんだ。袋ごと寄越せ」
「……やだね。後から来たお前が悪い」
次の瞬間。逝男の身体は腰から真っ二つになり、上半身と下半身がそれぞれの方向に崩れ落ちる。
すかさず刀の男は落ちそうになるビニール袋をキャッチした。
逝男を一瞬で真っ二つにしてのけたその一撃は、彼もまた「超人」であることを意味している。
その名前を一討猟団という。刀剣を生み出す能力を持つ、剣技に長けた「超人」であった。
その場を離れながら満足げにフランクフルトにありつく一討猟団。
力のない「ぶたにんげん」が容赦なく殺される世界では、彼らを虐げる「超人」であっても実力がなければ生き残れない。
実力がなければ。
次の瞬間。恐ろしい殺気と共に何かが一討猟団目がけて接近してくる気配を感じた。
とっさにビニール袋を放り捨てて横っ飛びに回避する一討猟団。
そしてつい先ほどまで彼のいた場所に、一人の「ぶたにんげん」が思い切り叩きつけられ、水風船のごとく弾けとんだ。
明確な殺意を持った攻撃であった。
「もったいねえだろ」
一討猟団が先ほど切り捨てたはずの男がそこに立っていた。両断したはずの身体は既にくっついているように見える。
一討猟団が投げ捨てたビニール袋の中身のホットスナックが地面に散乱している。男はそれを咎めているのだ。
「少しはできる『超人』だったか。名と所属は?」
「狂裂逝男。フリーだ」
逝男は袋の中にまだ残っていたコロッケを食べながら答える。
「馬鹿め! 野良の『超人』が我ら関東超人連合に歯向かうとは運の尽きだな! そのコロッケが最後の晩餐と思え!」
「なんだ。関東超人連合か」
逝男がそう言い返した瞬間。抜刀した一討猟団の飛ぶ斬撃が逝男の首を刎ねていた。
周囲にいた「ぶたにんげん」が五人ほど巻き込まれ、彼らの首も同時に吹き飛ばされた。
首の飛んだ逝男は動かない。その呆気なさに一討猟団は違和感すら覚える。
だが首を落とされても倒れることのない逝男が急接近し、その右手が一討猟団の手首を掴む。
その瞬間一討猟団の手首が折れた。
痛みに耐えながらすかさず距離を取る一討猟団。
一方で逝男の体は落ちた頭を拾うとべしゃりと首の上に乗せた。
傷口が消え、再生したのが見て取れる。
「それだけか? 俺はこれだけだ」
一討猟団は「超人」である。
折られた腕でも剣を振るうことなど容易にできた。
だが野良の「超人」に不意を突かれプライドに傷のついた一討猟団が激昂した。
一討猟団は居合の体勢を取る。
すると彼の周囲に生成された無数の刀剣が宙に浮かぶ。
「超人」としての能力だ。
そして一討猟団が抜刀すると共に衝撃波が放たれた。
彼を取り囲む無数の刀も同じ動きを取り、地面が、木の枝が、無数の「ぶたにんげん」が、逝男が切り刻まれる。
彼が刀を一振りすると、その都度十人ほどの「ぶたにんげん」の四肢が切断される。
通行人の「ぶたにんげん」の手や足や首が飛び散り辺り一帯が血の海と化す。
苛立った一討猟団は最早彼らのうめき声すら気に食わないのか、周囲の「ぶたにんげん」を目につく限り皆殺しにし始める。
一振りで十人殺せる刀を何度も何度も振り回し、三百名以上の「ぶたにんげん」が死んだ。
逝男も四肢だけでなく、頭部や飛び出た臓腑まで念入りに切り刻まれ、再生は最早不可能と思われた。
一討猟団は既に勝った気でいる。それ故の蛮行だった。
刹那。刀を振るう一討猟団に拳が迫る。
咄嗟に刃で受ける一討猟団。
彼は逝男の再生速度を見誤っていた。逝男は一秒あればミンチからでも元通りに戻れる。
拳が真っ二つに裂ける。だが突き出された拳の勢いは落ちない。腕ごと引き裂かれながら逝男の指先は一討猟団の首にまで到達した。
そしてその指が彼の首筋にねじ込まれ、頸動脈を切断した。
一討猟団の首から血が噴き出す。
攻撃だけに特化した彼はそれを止める術を習得していなかった。
一討猟団は次第に自身の生命反応そのものが弱まっていくのを感じる。
「これで来世は『ぶたにんげん』だ。残念だったな」
殺された「超人」の来世は「ぶたにんげん」になると「超人」の間では噂されている。
「嫌だ……」
それだけ言うと一討猟団は息絶え、自身も死体の山の一部となった。
血だまりの中に突っ伏す敵の様子を見て逝男がつぶやいた。
「ナポリタンが食いてえなあ」
一討猟団の所属していた関東超人連合では「狂裂逝男」の行動が問題視されていた。
関東最大の「超人」勢力であるという看板に泥を塗られている状況だからだ。
それも野良の「超人」一人の手によって。
故に今回は彼のためだけのための会議が開かれている。
逝男に殺された「超人」は一討猟団だけではない。
ビリビリ・キッド、殺殺タクマ等複数の所属「超人」たちが逝男の手によって殺されている。
この一件で勢いを失い始めた関東超人連合から離脱して、独立勢力を立ち上げる「超人」まで現れる始末。
このまま放置しては組織の面子に関わる。そう考えた組織の上層部は二名の超人を派遣することを決定した。
レディー・モーニングスター。烈怒騎士。
二人とも歴戦の「超人」であり、優れた能力の持ち主だった。
ナポリタンと一討猟団のことなど忘れ、住み家で鍋焼きうどんを食べている逝男。
その住み家の上空から十を超える気配が接近してくるのを感じた。
「超人」のものと思えるのは精々二つ、残りは「ぶたにんげん」だろうと彼は考える。
彼の住み家はボロボロの工場跡である。
食以外に頓着のない彼はスーパーやコンビニに近いというだけで廃墟同然の場所に寝泊まりしている。
かつて命までは取らなかった「超人」が報復に来たことはあったが、ここまでの規模の襲撃は初めてだった。
気配を感知してから数秒後、次々と「ぶたにんげん」が屋根を破って落ちてくる。
肉塊と化したそれらには赤いランプの点滅するリュックが背負わされていた。
次々と爆発する「ぶたにんげん」たち。
とっさに逝男は食べかけの鍋焼きうどんを隠そうとするが、爆風で彼自身の身体も「ぶたにんげん」同様ぐちゃぐちゃになる。
だが一秒もあれば回復するのが彼の能力である。
しかし爆風で大きく二つに別れた彼の身体を二本の鎖が絡めとる。
その先端には棘の生えた鉄球が付いており、鎖の大本が「モーニングスター」という武器であることを物語る。
それは「超人」レディー・モーニングスターによる変幻自在の武器である。
時に鉄球を人間ごと圧し潰すサイズに拡大することもできる。鎖部分も変幻自在だ。
そして仮面で顔を覆ったボンデージ姿の妖艶なレディー・モーニングスターは、再生を始めた二つの肉塊が一体化することのないように渾身の力を込めてそれを阻止する。
「えっと、このままこいつを本部に持って帰ればいいんでしたっけ?」
レディー・モーニングスターに話しかけるのは烈怒騎士。
全身を甲冑で覆った人物。声からして男だ。
「無理無理! くっつかないようにするので精一杯だから! 殺し切るしかないって!」
「……ああ!? 聞いてた話と違うじゃねえか! 言ってたよなあ! 捕獲任務だってよお! おい! 適当抜かしてるとお前から先に殺しちまってもいいんだぜ!」
突如として態度を豹変させる烈怒騎士。
「てめえ、後で犯してぶっ殺すからな! アバズレ!」
烈怒騎士は怒りをエネルギーにして全身を強化する「超人」である。
だが戦いが終わって怒りを放出し終わると元の礼儀正しい性格に戻る。
それを知るレディー・モーニングスターは適当にあしらう。
「いいから! コイツがくっつくのを止めてよ! 相手なら今度してあげるからさあ!」
それぞれ腕の復活した半身が一つに戻ろうと、鎖の束縛に抵抗する。
それを見た烈怒騎士は今度は怒りの標的を逝男に向ける。
「めんどくせえ仕事押し付けやがって! カスが!」
烈怒騎士が全身を苛む怒りのエネルギーを一度に放出する。
爆発にも似たそのエネルギー波は逝男の肉塊を消し飛ばした。
狂裂逝男の残骸は最早跡形もない。
「ええと、消えちゃいましたけど。いいんでしたっけ?」
素の性格に戻った烈怒騎士がレディー・モーニングスターに問う。
「あのさあ、もうアンタと仕事したくないんだけど」
「はあ」
だが、撤収の作業に入る二人の背後に突然複数の「超人」の反応が現れた。
すかさず振り返ると、そこには十人ほどに増殖した狂裂逝男の姿があったのだ。
油断しきっていた二人は何か言う間もなく、数の暴力によって蹂躙され死んだ。
逝男は一秒あればミンチからでも元通りに戻れる。
形さえ残さない小さな肉片からでもそれは可能だ。
そんな彼を粉々にした結果、それぞれの肉片が再生し逝男の数が増えてしまったのだ。
「こうなるといくら飯があっても足らんから嫌なんだけどな」
「いい加減面倒だ。もう潰すか、関東超人連合」
「ステーキが食いてえなあ」
自分同士で会話をしながらさらに今にも崩れそうな工場跡地を出る逝男たち。
対策を間違ったあまり、一人相手取るだけで始末に負えない男が十倍以上の数に増えてしまった。
関東超人連合の崩壊までそう時間はかからなかった。
そしてこの争いに巻き込まれ死んだ「ぶたにんげん」の数は一万人を超えたのだった。
そうして今日も狂裂逝男はコンビニ店員の「ぶたにんげん」を殺し、カップ麺を箱ごと盗み出していた。
彼は関東超人連合戦後に「誰を本物として残すか」の戦いに生き残った個体であり、手の甲にはマジックペンで書かれ消えかかった「8」の字がある。
狂裂逝男という存在は自らを捕食することによって増殖した自分自身の数を減らすことができた。
故に自分同士で食べ物を奪い合う状況を良しとしなかった彼らは自身が最後の一人になるために殺し合ったのだ。
「あっ……お湯入れてくるの忘れた」
そう言うと強盗をしたばかりのコンビニに再び狂裂逝男は戻っていくのだった。
こうして逝男の日常は続く。