最初で最後の戦い
「そんなっ!」
思わず大きな声を上げ、駆け寄る私。なんということでしょうか、ずっと追いかけてきた尊敬する勇者様達が……当然のように魔王を討伐するのだと信じていた人達が!
全員、寄り添うように部屋の壁にもたれ掛かり息を引き取っていました。
ヨハン様はその大きな身体で皆を受け止めるように抱き抱えています。脇腹から流れ出たと覚しきおびただしい量の血は、彼等の周囲に血だまりを作り出していました。
クロウリー様は背中を丸めるようにしてヨハン様の上に倒れかかっていました。吐血したのでしょう、彼の口辺りから下の衣服が赤黒く染まっています。
マリア様は苦悶の表情で杖を抱き締めています。恐らく最期の瞬間まで治癒の魔法を使おうとしていたのでしょう。
そして、ユーディット様はそんな仲間達を背中に守るように、一番手前で剣を握ったまま座っています。
彼女達の傍に近づいた時、声が聞こえました。
――良かった、人がいた。
「!? ユーディット様!」
生きていたのかと彼女を見ましたが、その顔に血は通っていません。
――ごめんなさい、魔王に負けちゃいました。あと少しだったのだけど。
私は何と声を掛けていいか分からず、数秒の間沈黙してしまいました。するとまた別の声が聞こえます。
――悠長に話している時間はない。俺達の力を受け継いで魔王を倒してくれ。
これはクロウリー様?
私が彼等の力を受け継ぐですって?
――ユーディットの剣を取れ、俺達四人の力と記憶をお前に渡そう。魔術師クロウリー最期の大魔術だ!
言われるままにユーディット様の手から剣を取ると、彼女は強く握っていたはずなのに、何故か簡単に私の手に収まりました。
――ありがとうございます。これも神のお導きでしょうね。
また別の女性の声。これはマリア様の声ですね。
――どうやら我々は無駄死ににはならなそうだな。助かったよ、勇敢な詩人さん。
そしてこれはヨハン様ですか。
剣の柄を強く握ると、そこから何かが私の身体に流れ込んで来るのを感じました。
ああ、これは四人の記憶だ。
強い使命感と幾らかの功名心にかられ、村を出た事。
盗賊や魔物を倒し、自信をつけて魔王討伐の旅に出発した事。
その自信をたやすく打ち砕いた邪竜バルバロッサ。
それを倒すために挑んだ試練の苦しさ。
古代の遺跡が恐ろしく進んだ技術で作られた施設だったので、報告すべきか破壊すべきかと口論した事。
そして、魔物の大群を蹴散らした先に待っていた魔王――
私は、早足で部屋を出て魔王の待つ謁見の間へと入った。
「なんだ貴様は。先程の連中に比べてずいぶんと貧相な人間だな……まさかただ一人で余を倒すつもりではあるまいな?」
「もちろんお前を倒すつもりだ、魔王バイモダート!」
「ほう、余の名を知っておるのか。ただの人間ではなさそうだな」
魔王はいきなり渾身の一撃を放ってきた。恐らく先程の戦いで消耗し、相手の実力を探る余裕は無いのだろう。
凄まじい魔力の奔流が、私を消し去ろうとする。
だが、私はこの技を既に知っている。
一瞬足に魔力を溜め、一気に床を足で打つ。
「なにっ!?」
攻撃を避けられ、驚愕の声と共に防御姿勢になる魔王。こいつは防御するとき、左肩の辺りに僅かな死角が生まれる。そこを目掛けて魔術で生んだ光の矢を飛ばした。
「グアッ! き、貴様は何者だ! 何故余の動きを見切っている!?」
そんな質問に答えてやる必要はない。
この顔をもうこれ以上見ていたくない。彼女達を……いや、私達を殺した不愉快な王を一秒たりとも永らえさせるつもりはない。
「終わりだ」
剣に五人分の魔力を込め、魔王の脳天から力一杯振り下ろした。
「ま、待てーーーー!!」
それが、魔王バイモダートの最期の言葉だった。