呪人と堕落龍【落とされた迷宮の奥底で出会ったのは龍神と呼ばれた人(ドラゴン)でした】
俺の名前はイスズ。
Sランク冒険者パーティ【大樹の目】に雇われたダンジョンの案内人だ。
案内人というのは文字通り、ダンジョンのガイド。ダンジョンを先行して安全を確認し、冒険者の探索をサポートする仕事だ。
……だが、その扱いは非常に杜撰である。
「おら、早く先導しろよ『カナリア』。俺達を安全に通すために罠に引っかかるのがお前の役割だ」
「……」
「おい、何とか言えよ!」
「……はい」
男達に蹴り飛ばされながら、先へと進む。
冒険者が使う『カナリア』とは炭鉱夫たちが採掘場に潜る際、地下から毒ガスを感知するためにカナリアを使うことからつけられた案内人の蔑称だ。
案内人と言う仕事は訳ありの人間がすることが多く、大抵は借金や犯罪歴などの後ろ暗い経歴がある奴が多いのだ。そのため、依頼料は安く、使い捨て同然の扱いを受けることも珍しくない。
俺もその一人であり、普通の職には就けない特大の枷を背負っている。
「チッ、クソつまんねえなあ!何か面白いこと起きないかなぁ!?」
今回の雇い主はSランクパーティ【大樹の目】のリーダー、剣士のユグル。
彼はこのパーティを率いてから数年、数々の偉業を成し遂げた凄腕の冒険者である。
また、彼の率いるパーティメンバーも粒揃いで、Aランク相当の実力を持つ魔法使いの少女、盗賊の男と優秀な人材ばかり。
そんな彼等は最近になってある噂を聞きつけて、このダンジョンにやってきたらしい。
「それにしても、ドラゴンがダンジョンの最下層にいるって話、本当なんだろうな?」
「そういう言い伝えです」
剣をつきつけながら聞いてきたので、俺は物怖じせずに答えた。
ドラゴンとはすでに絶滅した噂されている稀少生物だ。
鱗に覆われ、大空を飛び、超常現象を操るらしい。
かつて人間がドラゴンに支配されていた時代もあったという。
だが人間が魔法を編み出したことによりドラゴンは淘汰された。今では化石やドラゴンの素材で作られてた遺物が残るのみ。
知識はあれど、生きたドラゴンを見た人間はいないのだ。
……否、正確には『いないはずだった』。
今から八十年前、このダンジョンから新しいドラゴンの鱗が発見された。ヒビ一つないきれいな鱗だったという。
この世紀の一大ニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、ダンジョンには多くの冒険家達が集うようになった。
もちろん、今回の雇用主も例外ではない。この八十年間、一度も討伐歴がないドラゴンを狩ってやろうと息巻いている。
「ハッハッハ! 俺達もついにドラゴンバスターか! これで俺達のパーティーの名声もうなぎのぼりだな!」
「俺はあくまで貴方達の案内人として同行しているだけですので、そこの所をお忘れなくお願いします」
「わかっているさ。……覚えていたら、な」
ユグルの言葉に内心ため息をつく。
どうせ、ユグルは俺のことを捨て駒としか見ていないのだろう。
確かに俺の仕事内容はダンジョンの探索ではなく、案内人であり、基本的に戦闘には参加しない。
……だが、囮には使える。数々の案内人がそうされてきたように。
案内人としての扱いについては、俺はもうすでに諦めていた。
どうせ、俺は無能なんだ。これくらいしか使い道がない。
「そこ、気を付けてください。踏むと毒の矢が出る仕組みです」
「おっと、サンキュー」
ユグルに注意を促しつつ、進んでいく。
「よっと!」
「っ!?」
飛んできた矢を体をひねり回避する。
「悪い悪い、つい魔が差してしまった。次から気を付けるぜ」
「…………」
後ろを振り向くと、ユグルの足下の床がへこんでいた。
悪びれもなく言う彼に怒りを通り越して呆れてしまう。
こういう奴には怒っても無駄だ。ずっと前に同じことがあったが、文句を言った瞬間に指の骨を折られた。
以来、俺は冒険者が嫌がらせをしてきてもぐっと我慢するようにしている。痛い思いはもうこりごりだ。
「ん?あれは宝箱じゃないか?」
しばらく歩いていると、ユグル達が前方に見えた大きな扉を見つけた。
その先には、一際目立つ豪華な装飾が施された宝箱が置かれている。
「へぇー!こいつは大当たりだな!」
ユグル達は嬉しそうな声を上げ、駆け足で向かっていく。
「待ってください!罠かもしれませんよ!!」
慌てて止めようとするが時既に遅く、彼等は宝箱に触れてしまった。
すると、突然、床が光だし魔法陣が現れた。
「おいおい、何だよコレ!?」
慌てる彼等の前で魔法陣はさらに強く発光する。
転移罠だ。このままではまずい────
「お前、俺の身代わりになれ!」
「えっ」
ユグルは俺を突き飛ばし、魔法陣の中へと入れた。
「うわああああっ!!!」
「チッ、びっくりさせやがって……」
ユグル達の声が聞こえてきたのと同時に、目の前が真っ白に染まった。
◆
目が覚めるとそこは泉だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、澄み切った水が光を受けてキラキラ輝いている。
見たこともない場所だ。どこなのだろうか?
「目覚めたか」
振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
美しい水色の髪に、宝石のような青眼。肌は雪のように白く、整った顔立ちをしている。
彼女の美貌に見惚れていると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「久々の客人だ。歓迎するぞ」
「えっ、あの……」
「何を戸惑っているのだ? うぬもここに来たということは妾と同じなのだろう」
「同じ……?」
「ああ、そうだとも」
彼女が微笑むと、何故か体が熱くなった。
ドクンドクンと心臓の鼓動が激しくなる。
「うぬよ、名を聞こうか」
「い、イスズです」
「うむ、いい名だ。……ああ、紹介が遅れた。妾はシャロンという。この龍泉に住み家を構えておる者だ」
そう言って彼女は手を差し伸べてくる。
……だが、俺はその手をすぐに取ることができなかった。
俺は彼女の頭に目を向ける。
「つ、角?」
「う? ……はぁ、そこまで人化が進んだか。病とは厄介なものだ」
俺の言葉を聞いて、シャロンは二本の角が生えた頭を鱗が生えた手で押さえた。
角を憂いているというよりも、自身の容姿憂いている様子だ。
「まあいい。それより、早くこちらに来い。うぬに話したいことがある」
「え? ちょっと!?」
いきなり腕を引っ張られ、俺は泉の中に引きずり込まれた。
水面に叩きつけられ、口の中の空気が外に逃げる。
「ゴホッ! ゲホォ!」
「もしかしてうぬ、水の中で呼吸が出来ぬのか?」
「ちょっまっ……」
「むぅ、静かなところで語り合いたかったのだがな。仕方ない」
シャロンは泉のそこでもがく俺を引っ張り上げて岸まで泳ぐと、近くの木に寄りかかるように座らされる。
「けほっ、かはっ……殺すつもりかッ!」
「すまぬ、まさか龍のくせに水中で息が出来ぬとは思わなかったのでな。もしや若造か」
「龍……?」
聞き覚えのある言葉に首を傾げる。
龍とは確かドラゴンの別名だったはずだ。俺がドラゴン?
「いや、でも……」
自分の体を見る。
俺は人間のはずだ。背中に生まれながらの呪いがあるが、人間のはず。
「何だ? 妾と自分の体を見比べおって。うぬも病の被害者なのだろう、妾には分かるぞ」
「病気?」
「何をしらばっくれておる。ええい、まどろっこしい」
シャロンは俺の服を剥ぎ取った。
「ではうぬに生えておる鱗と片翼はどう説明するつもりだ。それこそ、病の証拠ではないか」
呪い跡を見てシャロンはそう言った。
俺の呪い、それは生まれながらに謎の翼と黒い鱗を持っていることだ。
そのせいで家族から見捨てられ、奴隷として売られそうになったこともある。
しかも、この鱗は日を追うごとに俺の体を蝕んでいくのだ。
呪いを見せた後、シャロンは黙り込んでしまった。
やはり気持ち悪いと思われたのだろうか?
「若いながらにここまで人の姿になっておるとは……。可哀そうに」
「えっ!?」
同情された。
優しく頭を撫でられ、思わずドキッとしてしまう。
「あの……」
「おそらく救いの手を求めてこの龍泉までたどり着いたのであろうが、すまぬ。妾も同じ病にかかっておるのだ。悪いが助太刀してやれぬ」
「ち、違います! というか、何の話ですか? 病気って何のこと……」
「病とは人化病に決まっているであろう。龍が人間になってしまう奇病だ、知らぬのか?」
知らない、そんなこと聞いたこともない。
「そもそも、俺はドラゴンじゃありませんよ。人間、人間です」
「ならば何故、うぬに翼が生えておる。その翼は紛れもなく龍である証拠、翼を持つ人間がおるわけなかろう」
「だからこれは呪いのせいで……」
「呪いだと? かっかっか、笑わせるでないわ」
笑い飛ばされてしまった。
……だが、俺は本当に人間なんだ。
「大体、あなたはドラゴンをみたことがあるんですか? あんな古の化け物を」
「うむ、妾自身が龍だからな。こうみえても妾はかつて龍王と呼ばれた存在だったのだ。妾がここら一帯の水を生み、川を流して雨を降らせた。…… まぁ、こんな矮小な身に成り下がった今では考えもつかぬだろうがな」
そう言ってシャロンは自嘲気味に笑う。
だが、俺は彼女の言葉を信じられなかった。
ドラゴンが人化するなんて話は聞いたことがないし、俺が噂に聞いたドラゴンはもっと大きく、伝説に出てくるような姿だったはずだ。
しかし、目の前にいる彼女は俺と同程度の背丈しかない。女としては背が高いが、それでも人間の範疇を出ない。
……いや、待てよ。
もしかすると俺を安心させようと彼女なりの冗談を言っているだけかもしれない。
そう思って俺は彼女に尋ねた。
「本当なんですか?」
「ああ、そうだとも。信じてくれぬのなら別に構わん。しかし、それが事実なのだ」
「……」
彼女の目は嘘をついているようには見えなかった。
だが、ドラゴンが人になるなんて話、俺は聞いたことがない。
だが仮にシャロンがドラゴンなのだとしたら
「シャロンさんがこのダンジョンの主ってことなんですか?」
「あ? ダンジョン?」
俺の言葉を聞いたシャロンは眉をひそめた。
そして、何かを思い出すように顎に手を当てた後、口を開く。
「ああ、迷宮のことか。うむ、百年前に気まぐれでここに引っ越した。最下層には牛の化け物がいたが食い殺したぞ」
「食い殺した?」
「味はそんなに悪くなかったが、小骨が多かった」
そう言って、シャロンが唇を舐めた。
牛の化け物、おそらくミノタウロスのことだろう。
ダンジョンの最奥にそんな恐ろしい怪物がいたのか……。
「となると、妾が迷宮の主と言うわけか。確かに、妾がここに住処を作ったことで他の魔物が寄り付かなくなったからな。今思えば納得できる」
「えっと……」
「ん? どうした?」
「いえ、その……」
到底信じられる話ではない。
ドラゴンから人に成ったと言うこともそうだが、自分は迷宮の主だというのだ。
目の前にいる彼女が? とてもじゃないけどそうは見えない。
「俺をからかうのもよしてくださいよ。ドラゴンが人になるなんてあり得ない」
「妾からしたら、うぬの方があり得ぬ存在なのだがな。人間から龍になる呪いをかけられたとのたまいおって、そんなわけが無かろう」
「俺は本当に……!」「妾も本当に……!」
顔を近づけて二人で睨み合う────とその時だった。
空に一条の光が走り、地に落ちる。
「っ!?」
「な、何だ!?」
光は地面に当たり爆発。
その衝撃で地面が大きく揺れる。
「なっ、何が起きたんだ!?」
「ちぃっ、侵入者か! 久しぶりに同族に会えたと思った矢先に!」
舌打ちをしたシャロンが砂煙を睨む。
一体何が起きてる。
「侵入者が来たってどういうことですか!?」
「うぬはそこで大人しくしておれ。時折、龍の命を狙う不届き者が妾のもとにやってくるのだ。まったく忌々しい」
歯ぎしりをしながら、シャロンは言う。
ドラゴンの命を狙う人間────まさか!
「シャロンさん! 逃げてください、今すぐ!」
「なんだと!? 若造の分際で妾に指図をするのか!」
「いいからっ!」
シャロンの腕を掴んで強引に引き寄せる。
その瞬間、俺の肩口に鈍い痛みが走った。
「ぐぅ……ッ!!」
力が抜け、その場に膝をつく。
矢尻が肉に食い込み、目を開けているだけでもやっとだった。
「おいイスズ、どうして的をずらしてんだよ。おかげでドラゴンが狩れなかったじゃねぇか」
砂煙の中からユグルが姿を現す。すでにパーティーの弓使いに矢を引き絞らせた状態だ。
ユグルは剣を構えながら、こちらに向かって歩いてきた。
「ユグ……ル……」
「なんだ、お前生きてたのか。しぶてぇな」
俺の顔を見て、心底嫌そうな顔をする。
俺が生きていたことが気に食わないらしい。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
「やめろ……!」
「あん?」
「もうやめるんだ、こんなことをしてもドラゴンがいないんじゃ意味がない。それに俺達は仲間だったじゃないか。どうして剣を向ける」
俺は必死に説得を試みる。
しかし、俺の言葉を聞いたユグルの表情が歪んだ。
「俺の仲間に呪い持ちはいねぇ。お前に理解者なんていないんだよ、わからねぇのか。あと、その背中の気持ち悪い鱗と翼を見せるな。俺達の目が穢れる」
吐き捨てるように言い放つと、ユグルは手を挙げた。
「やれ」
弓使いが矢を放つ。それは正確に俺の心臓を狙っていた。
俺の胸に矢が突き刺さり、血飛沫が舞う。
「カハッ……」
想像を絶する痛みに悶絶する。体が燃えるように熱い。
しかし、俺は苦痛よりも怒りが勝った。
(ふざ……けるな……!)
胸を貫く矢を掴んで引き抜く。
傷口から鮮血が噴き出した。
「俺だって知ってるんだよ……自分が化け物だってことくらい。だけどな、それでも俺は人間なんだよ! それをお前は───」
「うるせえよ。死に損ないが偉そうに吠えるんじゃねえ」
ユグルは苛立った様子で、再び手を挙げる。
今度は魔法使いが魔法を発動させた。
「『火球』!」
杖から放たれたのは小さな火の玉。
それがゆっくりとした速度で俺のもとへ飛来してくる。
その光景を目にした時、全身の血の気が引いた。
あれを食らったら死ぬ。間違いなく死んでしまう。
避けようとしても体は動かない。
死を目前にした脳がスローモーションのように時間の流れを遅く感じさせる。
走馬灯のようなものだろうか。
今までの人生が脳内を駆け巡った。
思えば、楽しい思い出なんてほとんどなかった。
いつも何かに怯えていたような気がする。
「くそっ……」
俺は悔しさに唇を噛む。
そして、迫り来る炎弾を見つめることしかできなかった。
────その時だった。
「撤回しろ、人間」
突如として視界から炎弾が消える。
代わりに現れたのは薄い水の障壁、シャロンが生み出したものだ。
「えっ……」
「イスズの鱗は龍の鱗、決して穢れたものではない。黒曜石のような鋭く強い光を持った崇高なものだ。決してうぬらが愚弄してよいものではない。────龍の誇りを侮辱するな、痴れ者が」
シャロンは静かに怒っていた。静かながらにその言葉には激しい憤怒を感じる。
「目が穢れるのは妾の台詞だ。死をもって償え」
シャロンは右手を前に出すと、掌を上に向けた状態で指を折り曲げていく。
「『水針』」
するとシャロンの背後から無数の水玉が生成され、細い渦を描いて勢いよく飛び出した。
その全てが炎弾を放った魔法使いに命中し、全身から血液を吹き出して絶命する。
「ひぃっ!」
弓使いは情けない声を上げて逃げようとするが、それよりも早くシャロンが動き出していた。
「鱗があれば致命傷を避けられたであろうに。脆弱な身でいきがるなよ、虫けらども」
「ぐぁあああっ!!」
弓使いの体内から水が溢れだし、瞬く間に地面に倒れ伏す。
「お、おい! どうにかしろよ! 俺達、最強のはずだろ!?」
ユグルが慌てて周りにいる仲間に助けを求めるが、誰も動こうとしなかった。
ただ、震えながらその様子を見ているだけだ。
しかし、シャロンの怒りは止まらず、『水針』でユグル以外のメンバーの頭を迷いなく射ぬいた。
「なんでだよ……どうして……」
ユグルは膝をつく。その顔は絶望に彩られていた。
「うぬで最後だ。妾の同胞であるイスズを侮辱した罪だ、楽に死ねると思うな」
「な、なんだと……」
「聞こえなかったか? 人間は耳まで腐っているようだな……いや、妾を崇めていた者どもは聞き分けがよかった。退化したと言った方がいい」
「て、テメェ……!!」
ユグルは剣を振り上げて突進するが、シャロンの方が早い。
「『水獄』」
シャロンによって生み出された大量の水がユグルを飲み込む。
その水圧に押しつぶされ、ユグルから歪な音が響いた。
水の中に真紅の液が溶けていく。
「妾は名も知らぬ者に慈悲をかけるほど寛容ではないからな。声も出せずに死にさらせ」
「っ…………」
ユグルは口と鼻から血を流し、そのまま絶命した。
水の檻が弾け、ふやけた死体が地面に落ちる。
「ふん、腰抜けめ。口ほどにもない」
「シャ……ロン……」
「喋るでない。傷が開くぞ」
「いいんだ……もう俺は助からない……。それより……ありが……とう……」
「お、おい! 目を閉じるな! 死ぬな! 死なないでくれ! お願いだ! お願────」
「俺の呪いを……肯定してくれて……。シャロンが……初めてだ……」
死力を振り絞り、感謝を述べる。
俺の呪いは忌み嫌われるものだった。
だから、俺のことを理解してくれる人はいなかったし、俺自身も諦めていた。この呪いさえなければどれだけよかったかと、自分自身を呪い続けた。
でも、シャロンだけは違った。
俺にかかった呪いの存在を知ってもなお、彼女は俺のことを受け入れてくれたのだ。
それが何よりも嬉しかった。
俺は薄れゆく意識の中で、必死に自分の思いを伝える。
「ありが……とう」
「死ぬなっ! うぬが人間にどう蔑まれて来たかはよくわかった、いくらでも同情してやる! だから死ぬな! 命と引き換えに救われたとあっては明日食う飯もうまくない!」
必死で傷口を抑えるシャロンに微笑み返す。
「俺、生まれて来て良かったよ……」
俺は目を閉じた。
瞼の裏には今までの人生が映し出されている。
これが走馬灯というものだろうか。
『────本当に?』
どこからともなく声が響き、視界にノイズが入る。
その声は、どこか懐かしさを感じさせる女性の声だった。
『あなたはそれで満足しているのですか? 本当に心の底からそう思っているのですか?』
誰だろう、これは夢なのか。
『人間に、復讐したいのでは?』
俺に対し促すように、声が言う。
「お前は……誰だ?」
『私はあなたです。あなたと一蓮托生の「呪い」という名の「加護」』
「どういうことだ?」
『詳しくは言えません。ですが、こんなことでくたばってもらっては困るのですよ。あなたには果たして貰わないといけない使命がある。その過程で、かの龍神と巡り合ったのは予想外ですが、いい機会です。計画に組み込み、道づれにしてしまいましょう』
「計画だと? 何をするつもりなんだ」
『いずれわかりますよ。それまで、せいぜい頑張って下さいね』
声がかすれていく。それと共に、俺の胸に鋭い痛みが走った。
貫かれた心臓が鼓動を早め、裂けた皮膚が硬い何かに覆われていくのが分かる。
「ま、待て。お前は何者なんだ。名前は?」
『黒龍ヴァルキュルア』
「ヴァル……キュルア……?」
『あなたと私の名前ですよ。あなたは私なんですから、名前も同じです。ふふっ、面白いでしょう?』
声が笑うと、胸がさらに痛みはじめた。
意識が遠のく中、声は楽しげに言う。
『人間に復讐を、龍に再びの栄華を。これだけは絶対に覚えていてくださいね。私のイスズ』
そして、俺は意識を失った。
◆
「ん……」
目を覚ました時、最初に視界に入ったのはシャロンの青い瞳だった。
「起きたか! 流石は龍だ!」
シャロンが抱き着いてくる。その表情は歓喜に満ち溢れていた。
「あれ……? 俺は死んだんじゃ……」
「うぬは死んでおらん。傷もきれいさっぱり治っておるぞ」
確かに、胸を貫かれていたはずの傷は塞がり、痛みもない。
しかし、代わりに傷口に沿って黒い鱗が生えていた。
「こ、これって……」
「妾にも分からぬが、おそらく呪いの効果であろう。うぬは傷つけば傷つくほど龍に近づくようだ。ともかく、よかった!」
「お、おう」
涙を流しながらぎゅっと抱きしめてきたシャロンを尻目に、俺はずっと首を傾げていた。
俺の呪いの正体って、一体何なんだ……?
────これが俺とシャロンの出会いの話で、俺がまだ何も知らない時の話だ。
この後、俺たちはそれぞれの謎…………俺は自身の呪いの正体、シャロンは人化の病の真相を探るべく一緒に旅をして、世界中で様々な事件に巻き込まれることになるのだが、それはまた別のお話。
次があるかは分からないが、機会があれば話そうと思う。
お読み下さりありがとうございます!
この作品は私が思いついたアイデアの供養作品でありますが、反響があれば連載しようと思っています。
少しでも「連載版が読みたい」、続きを見たい」など思っていただければ☆評価や感想に書いていただけると幸いです。執筆に励む力になります。