演習Ver.2060
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──演習Ver.2060
上空から勢いよく57式強襲重装殻“火竜”が投下される。
それに向けて無数の対戦車火器が火を噴くがアクティブ、パッシブ両防護システムが同時に作動し、対戦車火器の命中はゼロであった。
それから羽地たちが降下する。
“火竜”が対戦車火器の射手を排除していく中で、羽地たちも対戦車火器を持った人間を最優先で排除する。それぞれが遮蔽物に身を隠し、“火竜”の周りに展開し、対戦車火器──対戦車ロケット弾、対戦車ミサイル、無反動砲を搭載したテクニカルに向けて鉛玉を叩き込んでいく。
『クリア』
『クリア』
降下地点はこうして確保された。
『“火竜”を盾にして前進。敵の対戦車火器に警戒』
羽地はそう指示を出す。
“火竜”は電波送電しつつ複数の小型ドローンを飛行させており、周囲の偵察を常に行っている。その情報は戦術脳神経ネットワークを通じて羽地たちに送信させてくる。作戦運用AI“建御雷”の分析によって周囲の敵性勢力と民間人は区分され、羽地たちは“火竜”を盾に前進していく。
『オセロット。右手、路地付近に対戦車ロケット弾を持った兵士。事前に潰せ』
『オセロットよりレオパード、了解』
“火竜”の40ミリ自動擲弾銃が火を噴く。
グレネード弾は半誘導状態で飛翔し、目標の付近で空中炸裂する。
『いいぞ。前進』
羽地がそう言う。
“火竜”には多目的ロケット弾──レーザー誘導、自動誘導ロケット弾と25ミリ機関砲、40ミリ自動擲弾銃搭載されていた。対戦車戦闘は後方から前進するストライカーMGSに任せる手はずになっていた。
羽地たちのチームの役割は敵の対戦車チームを潰すこと。
敵の戦車及び装甲部隊と遭遇するまでは前進し、敵の対戦車チームを誘い出す。それが羽地たちの役割であった。
『接敵! 敵の対戦車部隊! 対戦車ロケット弾、機関銃、狙撃銃で武装!』
八木の声が響く。
対戦車ロケット弾、機関銃、狙撃銃を持った兵士のチーム。チェチェン紛争における戦車狩りを行っていたチームの編成。機関銃と狙撃銃が装甲目標から随伴歩兵を切り離し、その隙に視界の狭い装甲目標を対戦車ロケット弾を持った兵士が仕留める。
機関銃が射撃され、狙撃銃が味方を狙うのに羽地がスモークグレネードを発射する。
『落ち着いて行動しろ。クーガーは敵狙撃手の排除。それ以外は機関銃と対戦車ロケット弾に対する制圧射撃。オセロットは熱光学迷彩で隠れつつ、敵に対しロケット弾を発射。以上だ。かかれ!』
スモークは熱赤外線センサーすらも妨害するものだったが、羽地たちの視神経介入型ナノマシンの映し出す補正された映像と上空を飛行する空間情報軍団の戦術級大型ドローンの映像により、羽地たちは目標に向けて正確な射撃が行えた。
『クーガーよりレオパード。敵の狙撃手を排除』
『よくやった、クーガー。そのまま周辺に警戒』
古今は選抜射手ライフルを抱え、中距離の敵に対処していた。
『オセロット。目標マーク』
『リリス、いい仕事。ロケット弾発射』
ロケットポッドから発射されたロケット弾は一度空中にポップすると降下し、目標の建物の窓の前でキャニスター弾のように鉄片を撒き散らして炸裂した。
『敵の対戦車チーム、壊滅』
『前進を再開。俺たちは後方の装甲部隊の露払いだ。徹底的に敵の対戦車チームを引きずり出して、叩く。そのうちに対戦車ミサイルなんかも飛んでくるぞ。備えろ』
それから羽地たちは6つの対戦車チームを誘き出して叩き、対戦車ミサイルを搭載したテクニカル4両を撃破した。
『対戦車ミサイル接近。アクティブ防護システム作動』
“火竜”は最新鋭の兵器なだけはあり、ロシア人同士が使っていたアクティブ防護システムよりかなり上等なものを装備していた。ダミー弾頭を識別して最小限のエネルギーで排除し、後方の本体に向けて高出力レーザーを照射する。敵の対戦車ミサイルが6発以内ならば対応でき、さらに自前の25ミリ機関砲を連動させてもう2発の対戦車ミサイルを迎撃することが可能である。
月城の操る“火竜”に向けられた対戦車ミサイル4発は全て迎撃され、“火竜”は無傷のまま進み続ける。
後方からはストライカーMGSを先頭に装甲部隊が前進してきていた。ストライカーMGSの105ミリライフル砲は新型装弾筒付翼安定徹甲弾を使用することにより、第3世代の主力戦車の正面装甲を容易に貫通できる威力がある。
軍閥が使用するT-90主力戦車も撃破可能だ。もっとも敵戦車から砲撃を受けた場合はひとたまりもないが。あくまでストライカーMGSは歩兵支援のための火力提供を行うための兵器に過ぎず、対戦車戦闘は仕方なくやる副業なのだ。
そのストライカーMGSの前進に呼応するように上空をQAH-64Hアパッチ・スーパー・アーバレストが飛行していく。上空を高速で駆け抜けた戦闘ヘリは本体から切り離したドローンの映像を元に対空ミサイルチームと対戦車ミサイルチーム、そして対空火器を探る。
そして、QAH-64H無人攻撃ヘリからロケット弾が掃射される。戦術脳神経ネットワークには4連装対空機関銃を積んだテクニカルが撃破された映像が流れる。その後もQAH-64H無人攻撃ヘリは守護天使のごとく、上空を飛行し、対戦車チームや対空ミサイルチームを排除していく。
しかし、戦争とは地上を歩兵が占領していくことで勝利するものであるという原則は変わらず、2060年代でも歩兵たちが陣地を奪っては、敵を掃討し、占領し、前進していく。歩兵の装備は格段に上昇したけれど、歩兵の役目はまるで変わらないのは、ちょっと滑稽ですらあった。
羽地たちとともに行動するシェル・セキュリティ・サービスのオペレーターたちは室内に突入し、室内を掃討していく。陣地を奪っていく。敵の土地を削り取っていく。
QAH-64H無人攻撃ヘリは今も空を飛行し、機関砲で適時支援を行っている。羽地たちもやたらめったら撃ってくる重機関銃陣地を潰すのに力を借りた。
『演習終了』
そこで矢代の声が響き渡り、異世界の市街地を模した建物がただの木の枠組みという本性を表し、羽地たちが倒した敵の兵士の死体が消える。
羽地たちは武器を下ろし、一息つく。
『演習のスコアは90点よ。もうちょっと精進が必要ね。それぞれの部隊で反省点を纏めて後で報告してちょうだい』
矢代はそう言い、去った。
『月城曹長。“火竜”の具合はどうだ?』
『万全ですね。文句なしの出来上がりです。ただ、ロケットポッドの反応速度が些か遅いのが気になります。私が“火竜”を扱うのはこれで2度目ですが、前の“火竜”も反応速度が遅いことがありました』
『整備班に伝えておこう』
『ありがとうございます』
新装備。市街地を想定した訓練。
これは全て天満が記した通りのものらしい。
天満は何を予想している? 天満には何が見えている?
羽地たちは事実を知らぬまま、ただ備えることだけを強いられた。
それが歩兵という駒に、特殊作戦部隊というカードにできるだけのことだから。
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