新装備の受領
……………………
──新装備の受領
ポータル・ゲートのこちら側での一連の出来事を受けて、日本情報軍も危機感を抱き始めた。少なくとも企業連合軍はひとつの都市を焦土にできるだけの航空戦力を有している、というわけなのだ。
第403統合特殊任務部隊の役割はそもそもそのような企業の戦力の矛先が突如として、ポータル・ゲートの向こう側──日本に対して向けられることがないか、監視し、阻止することであった。
それが機能していないと日本情報軍上層部は判断した。
あるいは天満か。
いずれにせよ、戦力不足を感じた日本情報軍は追加の人員と装備をシェル・セキュリティ・サービスに送ってきた。
「おお。アパッチとは、また骨董品を」
「違いますよ。QAH-64Hアパッチ・スーパー・アーバレスト。アパッチを完全に無人化した上に、電子機器を総入れ替えして電子戦の面で強化したものです。その上、ミサイル攪乱装置も近代化して、まず熱赤外線探知の対空ミサイルは命中しないし、レーダー誘導でもレーダーに複数のダミーを表示させます」
羽地がコックピットが完全に鉛色の装甲に覆われた迷彩塗装のアパッチを見上げて言うのに、空間情報軍団の女性オペレーターが文句を言った。
彼女こそこれまで羽地たちに航空支援を行ってきたナインテールだ。
「兵装は?」
「40ミリテレスコープ弾を使用する機関砲。JAGM-IIIヘルハウンド対戦車ミサイル。ハイドラ70ロケットポッド──レーザー誘導、自動誘導ロケット弾使用可能。ファング空対空ミサイル」
「結構な重装備だな」
「でしょう? 使えますよ、この子」
そして、空間情報軍団の女性オペレーター──ナインテールは犬を撫でるようにして、攻撃ヘリを撫でた。優し気に、優し気、愛おしそうに。
「これは合計で何機?」
「3機です。ローテーションを組んで使っていくので現場に出せるのは概ね1機ですね。この子はQA-10よりも電子装備が複雑ですから、メンテナンスに時間がかかるんです。今は中古市場から買ってきたばかりですけど、これから試験飛行とかやったら、間違いなくどこかに故障が見つかります。それを治して、ローテーションを組んで、大切に使っていきましょう」
「おヘリ様だなあ」
この攻撃ヘリは自分たちより大事にされているんじゃなかろうかと羽地は思った。
「おヘリ様ですよ。あなた方にとっての守護天使ですからね?」
「いやはや。よろしくお願いします、おヘリ様」
羽地はヘリの前で両手を合わせた。
「先輩? 何をなされているのですか?」
「ああ。アリス。おヘリ様を崇めているんだ」
「おヘリ様……?」
アリスは心底不可解そうな視線を羽地とヘリに向けた。
「アリスちゃん、こんにちは」
「こんにちは、八乙女ソフィアさん」
ナインテール。その本名は八乙女ソフィア。ドローンを飛ばしているときは人格が変わるともっぱらの評判である。
「八乙女先輩って呼んで?」
「はい、八乙女先輩」
そのアリスの言葉を聞いて八乙女は感極まったような表情を見せた。
「私って人間が苦手なんだけど、アリスちゃんだけ何故だかときめいちゃうのよね」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
八乙女はこのQAH-64Hに関わらず、全てのドローンに偏執的な執着を見せている。
羽地はどうも八乙女は対物性愛ではないかという疑問を抱いていたが、そうだとすれば表向きは子供兵として配属されているアリスたちをアンドロイドだと見破ったことになる。なかなか油断ならないものだと羽地は思った。
「アリス。それで、何か用事だったのかい?」
「はい。メールでもいいかと思いましたが、直接お呼びしようと。矢代さんから新型装備の説明が行われるから来てほしいとのことです」
「分かった。うちの会社も急に羽振りがよくなったものだな」
それだけ大規模な作戦が近いということかと羽地は思った。
恐らくは最後の1発の核弾頭。あれを奪還するための作戦が始まっているのだろうと思う。既に電子情報軍団も空間情報軍団も忙しくしている。電子情報軍団は上空に電子戦機を飛ばすと同時に、ネット回線で盗み聞きをしている。空間情報軍団も成層圏プラットフォーム“ユリカモメ”や自分たちの有する戦略級超大型ドローンを使って、あちこちを探り回っている。
今は嵐の前の静けさだ。
新型装備の納入はQAH-64Hだけに留まらない。AC-130ガンシップを無人化したモデルもつい最近になって運び込まれた。さらにはストライカーMGSも改良された末に退役していたものが、共食い整備で復帰して配備されている。流石に戦車こそ配備されないものの、それなり以上の戦力が配備され始めている。
近いうちに何かがある。
天満は何を予想した? 日本情報軍上層部は何を考えている?
今のところは何も分からない。だが、何かがあることだけは確かだ。日本情報軍は無駄なところに武器を配置したりはしない。特にポータル・ゲートのこちら側であれば、配備にも慎重になるというもの。
にもかかわらず、この重装備の山だ。
何かあると予想するのは当然だろう。
「羽地先輩。後で新装備と合わせて演習が行いたいと八木大尉から」
「ああ。こちらでも確認した。後で演習場に向かおう」
「了解」
そして、ブリーフィングルームの前でアリスと別れる。
羽地は生態認証を行い、室内に入る。
「さて、全員揃ったことだし、始めましょうか」
矢代がARを起動するように指示を出す。
ARを起動すると、複数の装備品が表示された。
「まず、重要なのはこのニュークキラー爆薬。戦術核はいざとなれば爆破処理するしかないけれど、このニュークキラー爆薬を使えば、飛散する放射性物質を迅速に無力化できる。戦術核を爆破するときのお役立ちアイテムね」
ナノマシンが含まれた爆薬で飛散する放射性物質を中和しながら放射性物質とともに飛散するため、核爆弾の爆破解体の際に有力な手段となる。
「次に57式強襲重装殻“火竜”。知ってる人はしているわね。32式強襲重装殻“屠龍”の後継機よ。多目的ロケットポッド、25ミリ?20ミリテレスコープ弾を使用するガトリングガン、45式対戦車ミサイル、40ミリ自動擲弾銃。装備はお好みでいろいろとのアーマードスーツよ。これが各分隊に1機配備されるわ」
「わお」
矢代が告げた装備にシェル・セキュリティ・サービスの社員たちは興味津々の様子だった。彼らはニュークキラー爆薬よりそっちの方に興味が言っている様子だった。
確かに57式強襲重装殻“火竜”はそれを扱う人間にとって楽しい装備だ。武装のアタッチメントは自由自在。それでいて正面装甲は30ミリ機関砲の砲撃に耐えるだけにできている。アクティブ防護システムも備えており、安定した火力が提供される。
「いい? これは何も季節外れのボーナスというわけではないの。こういうものを使わなければならない相手がいる。そういうことなの。それを頭に十分に叩き込んでおいて」
57式強襲重装殻“火竜”の提供は他の型落ち兵器とはわけが違う。
57式の名の通り2050年代後半に採用された新装備を、部隊配備が行き届いていないにもかからず、民間軍事企業に提供する意味。それは矢代の言ったようにそういうものを使わなければならない相手がいると言うことに他ならない。
「それから指向性EMPグレネード弾。発射方向に対して90度の範囲で強力なEMPを叩き込むわ。どんな電子機器も一瞬でダウンするって謡い文句だったけれど、頭に叩き込んだナノマシンなどは無力化できない。ただし、敵の熱光学迷彩は剥せる」
それを聞いてシェル・セキュリティ・サービスの兵士たちは理解した。
自分たちが相手にするのは、自分たちと同じ水準の装備を持った敵だと。
……………………
面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!




