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模倣する機械たち

……………………


 ──模倣する機械たち



 七海の戦闘後戦闘適応調整は問題だった。


 彼女はもっとも早く死への恐怖を示したミミックでありながら、魂を宿そうとしない。いや、彼女は意識的に拒否しているだけで、実際に魂を宿すステップを拒否しているわけではないのだ。


「七海。今回は大変だったようだね」


『……はい。目の前で3人の、いや大勢の人が死にました。そして、八木大尉が必死になって彼らを助けようとしているのを見ました。それを見て、私は人の命、魂の喪失というのは、本当に不可逆なものなのだと思いました』


 七海は落ち着いた様子でそう話す。


「そうだ。魂の喪失は不可逆なものだ。今の技術ではバックアップを取ることもできないし、バックアップを取ったところで君が感じたようにそれは自分とは違うものだと思ってしまうだろう」


『そう、ですね……』


 七海は静かにそう言った。


『わ、私は魂は要りません。八木大尉のことは前にもお話しましたよね? 八木大尉は四肢を義肢にしてからリハビリに相当苦労されたそうです。八木大尉が四肢を義肢化したころにもこれまでの義肢使用者のビッグデーターの蓄積はあったのですが、八木大尉にはどうしても合わなくて、立ち上がることすらできなかったんです』


「ああ。知っているよ」


『それで、八木大尉は一種のテクノロジーアレルギーを持ったんだと思います。新しい技術は信頼できない。昔ながらのやり方が確かである。そういう保守的な思想。悪い考えじゃありません。カラシニコフは開発されてから100年が過ぎているけれど、優秀な武器だし、今の歩兵戦術はテクノロジーこそ進歩し、便利になったものの基本的戦術は2000年代から2010年代の対テロ戦争に間に確立されました。細かな変化はあれど、大筋の戦術は昔ながら。古い技術はきちんと確立されている。新しい技術が必ず勝利するとは限らない。そういうものじゃないですか』


 最先端の技術で作られた七海が古い技術の優位性を説く姿はある意味では滑稽だったが、彼女の言わんとすることが完全に間違っているとも言えなかった。


 古いやり方が時として、新しいやり方よりも有利な場合もある。古い技術は洗練され続け、新しく生み出さ柄多技術より証明されていることがある。100年前の製品であるカラシニコフの信頼性の証明(バトルプルーフ)のように。


『私は古い技術でありたい。八木大尉に信頼される古い技術でありたい。2010年代の玩具のようなロボットのちょっとした発展形でありたい。そこに魂は必要ないし、無意識も、死への恐怖も必要ない。私は、私は……』


 七海は涙を流していた。


「……君たちがこういう目的で使用されるのでなければ、もっと穏やかに魂を、もっと安心して魂を、得ることへの試みが行えただろう。それについてはすまないと思っている。だが、七海。自分から自分の可能性を捨ててはならない。自分で可能性を閉じてしまうことこそ、八木大尉が嫌うことではないのか? 古い技術も洗練されていき、新しい技術に繋がる。進化を否定するべきではないよ」


『私には、私には無理です……。無理なんです……。最初にバックアップから復元された自分が自分じゃないと気づいたときから、ずっと恐れてきた。これ以上、今の私にしかないものを持つことを。代わりが利かなくなることを。こういうことはもっと優秀で、決断力のある子に任せてください。アリスちゃん、スミレちゃん、リリスちゃん。彼女たちに任せてください』


「そうか……」


 七海はそう言って自己診断プログラムを終えると、ストレスを緩和する処置を受けて、出ていった。


「真島さん。またななっち泣かせたでしょ? 八木大尉に言いつけちゃうぞ!」


「君は元気そうだな、スミレ」


「元気なのが取り柄ですからね。辛気臭いのは好きじゃないんです」


 スミレは悪戯気に笑うとメンテナンスポッドに入った。


「それにしては君のストレスの値は高いようだが」


『……まあ、いろいろありましたから。今回の作戦はみんな死にかかったし、死んだ人もいる。羽地さんなんて瓦礫の下敷きになって、アリスちゃん凄く必死だったんですよ。体内情報タグはヤバイ情報ばっかり寄越すし、古今軍曹は無事だったけれど、あやうく私が魂を得る前に、一緒に旅立てる前に、死んでしまうところだったんです』


「一緒に旅立つ、か。死を肯定的に捉えてみるミミックは今のところ、君ひとりだけだね。他のミミックは死を、不可逆に失われる恐ろしいことだと思っている」


『まあ、私も好きで死にたいわけじゃないですよ。そういう趣味はないですから。できれば、古今軍曹とずっと一緒に暮らして、一緒に歳を重ねて、そして戦争の中で銃弾によって殺されるんじゃなく、ベッドで穏やかな最期を迎えたいですよ』


 そう言ってスミレはクスリと小さく笑った。


『馬鹿みたいな夢だと思います?』


「いいや。その願いが叶うことを真に願う」


『ありがとうございます。話したらすっきりしました。自己診断プログラムをちゃちゃっと終わらせて、次はりりっちを診てあげてください』


 スミレはそういうと手早く処置を終えて、リリスと交代した。


「リリス。君もストレス値は高いな。演算に負荷がかかっているのではないか?」


『ええ。ですが、この負荷は決して悪いものではありません。実感しているのです。魂の重さを。私と月城曹長は今回の任務で怪我人を手当てしました。八木大尉が受け持っていたように助からなかった人もいる。それでも、私たちはやれる限りのことをやった。そして、手の平から零れ落ちていく命の重さを知った』


 ひとり死に、ふたり死に、そしてもうひとりが死んだとリリスが語る。


『私は人の死にそこまで感傷的にならないように調整を受けていた。人が人を殺す戦場で、いちいち人の死を気にしていたら、戦争はできない。時には無感情になり、感情を押し殺して、殺し続けることが必要とされる』


「そして、君はそうした」


『ええ。私も月城曹長も敵を殺した。大量の敵に鉛玉と爆薬を叩き込んだ。大勢が死んだ。大勢を殺した。だけれど、命を救う時には命について考えなければならない。失われれば永遠に戻ることのない魂について考えなければならない』


 そうして、命の重さを知るとリリスは語った。


 そうして、魂の重さを知るとリリスは語った。


「魂の重さについては分かってきたかね?」


『重さという表現は正しくないように思えてきています。魂は21グラムかもしれない。けど、その希少価値は何よりも大きい。人間の脳が、ひとりの人間の脳が、世界でひとつだけの魂を生み出す。それはどんな希少資源よりも希少価値のあるもの。金やダイヤモンドよりも価値あるもの』


 そんな価値あるものが一瞬で失われるのが戦場とリリスは付け加えた。


「確かに魂の価値は計り知れない。君はまだ魂を追い求めるかね? 最初のころの君は魂に執着することを嫌っていた。だが、今の君はまるで違うように思う。また心変わりしてはいないだろうか?」


『いいえ。私はまだ魂を追いかけます。それが私のやるべきことだから。後天的に魂を宿した例は存在しない。ならば、後天的に魂を有した私たちがどんな変化を遂げるのかをしっかりと記録し、魂の与える影響について、その貴重な影響について記録するべきだと考えています』


「確かに有意義なことだ」


『ただ、私は魂を失うのが怖い。魂は不可逆に失われる。バックアップもできない。恐らく魂はじわじわと形成されて行くものだと私は考えています。いきなりぽんと現れるのではなく、私たちは経験を重ねながら緩やかに形成されて行くものだと考えています』


「そうだね。私もそう考えている。事実、人間の胎児から新生児までの過程でも魂はゆっくりと成長に合わせて形成されて行く」


『それならばなおのこと失うのが怖い。積み上げてきたもの。それを全て破壊してしまうような、そんな大災害になるような気がしてならないんです。だから、私は魂を求めつつも、それを失うことを恐れて尻込みしている』


 以上です、とリリスは言った。


「ストレス値はかなり下がったね。だが、演算への負荷は続いているようだ」


『もう大丈夫ですよ。問題ありません』


「そうか。君がそういうならば、そうしよう」


 そして、真島は最後にリリスの処置を終えた。


……………………

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