非常事態宣言
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──非常事態宣言
シェル・セキュリティ・サービスのC-2輸送機はティル・アンジェル王国に建設されていた空軍基地にゆっくりと着陸した。
管制塔からすぐに滑走路を開けろと言われて、羽地たちを乗せた輸送機は誘導路に入り、エプロンへと入った。
それからすぐに滑走路をSu-57戦闘機が離陸していった。爆装している。
空軍基地は様々な民間軍事企業が詰めていた。ハンター・インターナショナル、フラッグ・セキュリティ・サービス、ベータ・セキュリティ、Z&E、サザンクロス・セキュリティ。そして、太平洋保安公司。
そして、空軍基地内部は戒厳令下のように武装した兵士たちがチェックポイントを警備していた。羽地たちも空軍基地に降り立ってから、なんどもチェックポイントを通過し、そのたびにIDを提示しなければならなかった。
「明らかに雰囲気が違うな」
「ええ。ビッグシックスの集まる首都ティナトスでもここまでの警備はしませんよ」
王都郊外に位置するとは言えど、空軍基地ひとつにどれだけの警備を行っているのだろうかというところだった。大井は戦術核がティル・アンジェル王国に流入したことを知っている。そのせいか? と羽地は思った。
『電子情報軍団からの連絡です。大井はティル・アンジェル王国の全部隊に非常事態宣言を出したようです。太平洋保安公司関係者以外の職員には現地からの脱出を促しています。あれがそうですね』
エアバスA400M輸送機がエプロンで大勢のスーツ姿の男女を機内に収容し始めているところを、アリスの誘導で羽地たちは見た。
『連中、もう戦術核のことを隠すつもりもないということか』
『恐らくは』
他の企業も異常な様子を感じ取ったのか警戒態勢を強めている。
電子情報軍団が傍受したところによればビッグシックスの全ての企業が、民間軍事企業の社員以外の全てのスタッフにティル・アンジェル王国からの退避を命令し始めている。それに付随する関連企業も大慌てで逃げ始めている。
まるで沈みゆく船から逃げるネズミのように。
そして、逃げる一般職員とは別に民間軍事企業のコントラクターたちは増強されつつあった。99式戦車が戦略級大型輸送機か降ろされているところを目撃したし、プーマ歩兵戦闘車が空輸されている場面も目撃した。
それから大勢の民間軍事企業のコントラクターたち。
戦闘機乗り、戦車乗り、歩兵。あらゆる兵科の兵士たちが送り込まれていた。
戦車が空軍基地のゲートを守り、戦闘機が上空を旋回している。
ティル・アンジェル王国はティル・シグラー共和国と国境紛争寸前だと聞いているが、明らかにそのための兵員ではないものが含まれていた。
そして、羽地は巨大なB-52戦略爆撃機がゆっくりと滑走路に降り立つ様子を見た。
あれには戦術核が搭載できる。
もし、過激派大井派閥は太平洋保安公司内部に私兵を有しており、彼らが戦略爆撃機を手に入れたならば、戦術核はもっとも威力を発揮する場所と高度で炸裂するだろう。
しかし、この大井の施設もあるティル・アンジェル王国のどこで戦術核を使うというのだ? ここで戦術核を使えば、大井の施設もダメージを受けることは避けられない。それなのにここで戦術核を使うというのか?
羽地たちは完全な戦時下にあるティル・アンジェル王国の空軍基地からシェル・セキュリティ・サービスの軍用四輪駆動車で外に出ると、情報収集のために先遣隊として派遣されている特別情報軍団の兵士たちとの接触を目指した。
バシリカ作戦には第403統合特殊任務部隊の全部隊が投入されていると言っていい。バシリカ作戦こそが今の第403統合特殊任務部隊の果たすべき任務であり、使命だった。
電子情報軍団は電子戦機を飛ばし、情報収集に努めている。空間情報軍団も戦略級超大型ドローンを飛ばして、ティル・アンジェル王国における民間軍事企業の動きと戦術核の行方を追っている。
特別情報軍団は兵士たちがシェル・セキュリティ・サービスの身分や別の身分でティル・アンジェル王国入りし、人的情報取集を行い始めていた。
ここで戦術核が炸裂するのは全員の敗北だ。
だが、羽地には依然として分からないことがあった。
戦術核をここで炸裂させて大井にどのようなメリットがあるのかということが。
ティル・アンジェル王国はポータル・ゲートの出入り口さえ近くにあれば、第二のシャルストーン共和国首都ティナトスになり得る場所だった。もちろん、そんなことになっても住民は蹴り出され、難民になるだけなので、望ましいことではないが、大井にとっては非常にメリットのあることだったはずだ。
それを大井は蹴った。
少なくとも過激派大井派閥は戦術核をティル・アンジェル王国に持ち込んだと天満は分析している。大井の過激派は何もかも吹き飛ばしてしまうつもりなのか? それとも何か別の目的があって、ティル・アンジェル王国に混乱をもたらしているのか。
『前方チェックポイント』
『了解。全員、スマートにやれ』
ティル・アンジェル王国の王都アンジェリーアに続く道の途中に民間軍事企業のチェックポイントがあった。チェックポイントの主は大井──太平洋保安公司だ。
「IDを」
「どうぞ」
「生体認証する」
中華系コントラクターは羽地たちひとりひとりを生体認証スキャナーでチェックしていった。そして、怪訝そうな顔をする。
「非常事態宣言が出ていることを知らないのか?」
「よくあることだろ?」
「今度のは本当だ。悪いことは言わない。子供を連れて王都に向かうな。王都はいつ吹っ飛んでもおかしくない。民間人は退避させるように命令が出ている」
アリスたちの所属は民間人にカテゴリーされていた。
「これで見逃してくれないか?」
羽地は500ドルをチェックポイントのコントラクターの手に握らせる。
「分かった。行け。無理やり止めろとは言われていない。ただ、引き返すように勧告しろと言われているだけだ」
コントラクターは500ドルを羽地に押し返し、ゲートを開いた。
「どうも」
そして、王都に入る。
王都は突如としていなくなった地球の人間の存在に困惑しているかのように見えた。地球の企業が無理やり整備した道路交通網には車の一台も走っておらず、そして民間軍事企業のコントラクターの姿すらなかった。
事実上、王都の警察任務を引き受けていた民間軍事企業の不在は犯罪を呼び、商店が略奪にあっている。炎上している建物もあり、それを必死に消火しようと市民たちがバケツリレーを行っていた。
略奪が行われている傍らでは、民間軍事企業が置いていった武器を使って暴徒を蹴散らす自警団の存在があった。
しかし、王都はこれほど空っぽになっているとは羽地も予想できていなかった。
確かに非常事態宣言は出されたのだろうが、ビッグシックスにとっても取引の中心地である王都を放棄して、撤退するというシナリオを誰が予想できただろうか?
『全員、警戒しろ。敵は戦術核だけじゃないぞ』
『了解』
古今と月城がそれぞれ軍用四輪駆動車のタレットに付き、周囲の様子を索敵しながら、特別情報軍団の先遣隊との合流地点を目指した。
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