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錯綜する情報

……………………


 ──錯綜する情報



 羽地は戦闘後戦闘適応を受け、暫く安静にしたのちに矢代の聴取を受けた。


「つまり大井は戦術核を追っている側だと彼らは主張しているの?」


「ええ。そうです。自分たちも戦術核を追っているのだと。そう何度も俺に話していました。ただのアリバイ作りのためかもしれませんが、あの時点で脱出する見込みは全くなかった俺にそう主張しても、アリバイは作れないでしょう?」


「確かにね」


 あの時点で羽地が脱出するという確証は存在しなかった。


 それなのに司馬も、そして国家安全保障局(NSA)の女も、自分たちは戦術核を追っている側であり、同じように戦術核を追うならば協力すると言っていた。自分たちは戦術核を保有していないとも。


「けど、今のところ全ての証拠は大井を指している。それとも誰かが大井の仕業に見せかけて、戦術核を手に入れたということ? “ウルバン”は大井の人間じゃない?」


「どうでしょう。そう判断するのは時期尚早だと思います。もっと確かな情報が必要です。大井の人間の証言だけでは証拠とするにはあまりにも。ただ、物事はそこまでシンプルではないということです」


 大井が戦術核を追っている。


 それはこれまで羽地たちが集めてきた情報を覆すものだった。


「大井のサーバーから手に入れた情報はどうなんですか?」


「彼らはHRTSTC作戦とやらで戦術核の行方を捜していると記されていた。それと同時に戦術核の輸送に関わったとしか思えない情報も手に入っている。まるで矛盾している。大井はもしかすると内乱状態にあるのかもしれない」


 大井は自分たちで戦術核を輸送しつつ、その戦術核の行方を追っている。


 右手と左手が滅茶苦茶に動いている。中央アジアを思い出させる光景だ。


 だが、それが事実だとすると確かに大井の内乱戦が真実味を増して来る。一方の勢力は戦術核を使うことも辞さずとの構えで、もう一方はこれ以上の混乱が起きる前に戦術核を奪還しようとしている、と。


「しかし、何がどうあれ混乱の中心には大井がいる。他のビッグシックスではなく、大井こそが戦術核の密輸とそれを認識することを果たしている。大井が内乱状態にあろうとなかろうと、問題は大井をどうするかです」


「そう、大井。まだ解析できていない情報もあるから何とも言えないけれど、大井は恐らく核の密輸に関わっている。それでいて核を追ってもいる。いい大井の人間と悪い大井の人間がいるということかしら」


「分かりません。まるで分かりません。大井がわざわざ何のために戦術核を密輸したのか。そして、それを隠すことはせず追いかけているのか。謎だらけです。もっと情報が必要ですよ。大井が内部分裂を起こすような問題がどこにあるのか。そして、わざわざサーバーに戦術核を輸送したという情報を残したのか。洗わなければ」


「それもそうね。まずは情報。今、電子情報軍団はサーバーの記録解析に全力を挙げている。それが終われば何か出てくる。それから羽地君。辛いことだとは思うけれど、尋問でやり取りした内容を可能な限り伝えて。それからも得られる情報があるはずだから」


「構いませんよ。大井の連中に聞かれたことを全てお話しましょう」


 食事と罪の話も羽地は話そうと思っていた。


 現代社会の『罪』。羽地の『罪』。全て告白するべきか?


「では、まずは体力を回復させて。言っては悪いけど聴取は尋問のようになるわ。聴取を担当する社員はあなたからどんな情報でも聞き出そうとする。辛い時間になると思う。それでもよろしくお願い、羽地君」

「ええ。大丈夫ですよ」


 羽地はそう言って笑った。矢代も笑い返すと羽地の病室を出ていった。


「それからお客様よ」


「お客?」


 羽地が首を傾げる。


「先輩」


「アリス……」


 アリスが紙袋を抱えて、羽地の病室に入ってきた。


「お体、どうですか?」


「大丈夫だ。戦闘後戦闘適応も受けた」


 そうだ。自分の『罪』にもう『罰』は必要ないのだ。安易な『苦痛』に逃げることこそ、『罪』から逃げることだ。精神的リストカットは止めろ。それはただの自己満足だ。『罪』はそんなものでは消えやしない。


 この『罪』を贖うには『償い』をするしかないのだ。


「その、先輩。私、先輩が捕まった時に何もできなくて……。逃げることしかできなくて……。何の力にもなれなくて……。すみませんでした……」


「アリス。あの状況で君はできる限り、最大のことをした。八木大尉と七海を連れ出し、援軍を呼んでくれた。それだけで十分だ。他に求めることなんてない。君はよくやってくれたよ、アリス。自分を責めてはダメだ。あの場の責任は俺にあった」


「ですが……」


「いいんだ、アリス。よくやってくれた」


 羽地はそうとだけ言い、アリスのさらさらした髪の毛を撫でた。


「アリスのおかげで俺は生きている。連中は中央情報局(CIA)の尋問官を呼ぼうとしていた。グアンタナモやブラックサイトで拷問をしてる連中だ。そういう連中の手にかかる前にアリスが助けてくれた。俺は嬉しいよ」


「はい、先輩」


 そこでようやくアリスは笑顔を浮かべた。


「そうです。今日はリンゴを持ってきたんです。先輩は丸一日何も食べられていないそうなので、体にいいものをと思って。私が剥きますね」


「ああ。ありがとう、アリス」


 アリスがリンゴを剥くシャリシャリとした音だけが響く。


「……私、凄く怖くて」


「うん」


「先輩がもし殺されてしまっていたらどうしようかと。先輩が酷い目に遭っていたらどうしようかと。凄く心配で。けど、誰にも相談できなくて。私にはやっぱり先輩しかいないんだって思って。先輩が無事でよかったです……」


「ああ。俺は無事だ」


 アリスがリンゴを切って皿に並べていく。


「先輩。助かってよかったです」


「ああ」


 アリスを、アリスを守ろう。羽地はそう思っていた。


 彼女が魂を宿すまで、彼女が得るべきものを得るまで、彼女の傍に寄り添い続け、彼女を守ろう。それが自分の『罪』に対する『償い』だ。いや、ひとりの人間としてやるべきことだ。羽地が避けて来た人間の真っ当な情緒を得るための、羽地がひとりの人間であるための、必要なことだ。


「先輩。食べられますか?」


「大丈夫だ。アリスも一緒に食べよう」


「はい」


 羽地たちは爪楊枝でリンゴを刺し、口に運ぶ。


 久しぶりに食べるリンゴは凄く甘い味がした。


「アリス。俺は体が回復したら、聴取を受ける必要がある。戦術核を探すためだ。だから、また暫くはプライベートな時間が取れない。だが、これが終わったら必ず時間を作る。だから、少しの間辛抱してくれ」


「はい、先輩。大丈夫ですよ。私はいつまでも待ちますから」


 アリスがそう言ったのを聞いて、羽地は連想してしまった。


 世界が滅びてしまった中で、人間が死に絶えてしまった中で、ひとり待ち続けるアリスの姿を。それは酷く寂しく、酷く悲しい光景だった。


「アリス。必ず傍にいる。必ずだ」


「ありがとうございます、先輩」


 アリスは優し気に微笑んだ。


……………………

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