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尋問

……………………


 ──尋問



 羽地がビッグシックスについて考えている間にも時は過ぎ、やがてVIPルームの扉が開かれた。武装した太平洋保安公司のコントラクターが入ってきて、羽地を立たせ、VIPルームから連れ出す。


 そして、今度は糞尿の臭いと血の臭いの混じった部屋に連れていかれた。


「始めましょう」


 武装したコントラクターに混じったパンツスーツを着た場違いな女性がそう言う。


「時間はかけない。末端神経刺激剤を使うわ。迅速に苦痛を与えて、証拠を引き出す。シェル・セキュリティ・サービスの社員であるのか。シェル・セキュリティ・サービスがどうしてうちの会社のネットワークへの侵入を試みたのか。シェル・セキュリティ・サービスは本当にただの民間軍事企業なのか」


 末端神経刺激剤。末端神経に蓄積して、痛風に似た痛みを与えるナノマシン。


「注射して。それから痛覚マスキングをしているようなら剥がして」


 技術者と思しき人間が羽地の脳をチェックする。痛みにどのような反応を示しているのか見ているのだ。彼は羽地が痛覚マスキングを行っていることを把握すると、強制的にナノマシンをシャットダウンさせ、痛覚マスキングを剥した。


 それと同時に羽地の戦闘中戦闘適応調整も外れる。


「末端神経刺激剤、注射」


 透明な液体が羽地の静脈から流し込まれる。


「では、質問よ。あなたはシェル・セキュリティ・サービスの社員で間違いない?」


「クソくらえ」


「刺激を」


 叫び出したくなるような苦痛が羽地の体を貫く。


「もう一度。あなたはシェル・セキュリティ・サービスの社員で間違いない?」


「シェル・セキュリティ・サービス。社員ID:19911941AC」


「改定モントルー協定通りの答えね。照合して」


 改定モントルー協定は捕虜になった民間軍事企業の社員の人権も保障している。彼らは特殊な戦闘員として扱われ、自社の名前とIDを述べることだけが義務付けられている。他のことについて喋る義務はない。


「照合しました。一致。羽地悠です」


「さて、羽地さん。シェル・セキュリティ・サービスがどうして大井のネットワークへの侵入を試みたの? 日本情報軍の命令?」


「クソくらえだ。クソくらえ」


「刺激を」


 まだ激痛が走る。


 だが、羽地が求めていたのはこういうことだったのではないかと彼は思っていた。


 戦闘で『痛み』を『痛い』と感じる。ごく普通の、当り前の間隔。マゾヒストのようだが、羽地には『痛み』が必要だった。そうでなければ、これまで殺してきた多くの人間の『罪』を償えそうにはなかったから。


 戦場を観光気分で歩き回る旅行者。ようやくそこから脱出した。今の羽地は苦痛を感じ、恐怖を感じる戦争の当事者だ。『痛み』を『苦しみ』を感じる。『恐怖』すら感じる。もう他人事のように羽地が振る舞うことはない。彼にとってこれは彼の問題だ。


「どうしてシェル・セキュリティ・サービスが大井のネットワークに?」


「くたばれ」


「刺激を」


 激痛が走る。


 ああ。自分は今生きているとひしひしと感じる。この『痛み』が『恐怖』が生を感じさせる。自分は生きていて、生の感触に酔っている。生命を生命たらしめるものを感じている。実に原始的な本能を掻き立てられている。


 生き残りたい、と。


「もう一度聞く。どうしてシェル・セキュリティ・サービスが大井のネットワークを? あなたは誰の指示でそれを行ったの?」


「命が命であるために必要なもの。それは『苦痛』だ。『苦痛』こそが生命の輪郭を形作り、我々に生命としての形を──」


「刺激を」


 激痛。


「大佐。刺激を与えすぎると痛みに慣れます」


「分かっているわ。羽地さん。あなたがもし日本情報軍の兵士ならば、説明がつく話なのよ。日本情報軍が戦術核を追っているのは知っている。我々も戦術核を追っている。あなたたちは我々を疑っているようだけど、我々だって戦術核が炸裂することを望んでない。それは確かな話なの」


 大佐と呼ばれた女性が話しかける。


「協力できるなら協力しましょう。我々は日本情報軍のための働いてもいい。共通の利益があるのだから。ただし、戦術核を回収し終えたら口出ししないで。こちらの問題はこちらの問題よ。あなた方が口を出す権利はない」


「生命とは生まれ持っての感覚である『苦痛』なくして定義できない。生命は『苦痛』によって自己を定義する。『苦痛』こそが生命の輪郭を描くパーツのひとつ。それが欠けた我々が生命を気取っても、それは生命などではない」


「刺激を」


 激痛。


「冷静になって話し合いましょう。あなたの『苦痛』の話なんて何の興味もない。我々は協力できる。ともに戦術核を探し出して、それが炸裂する前に奪還しましょう。我々は戦術核を保有していない。これまでその手の武器は必要なかったし、これからも必要としない。だから、お互いの最善を尽くして、戦術核を奪還し、不干渉を貫きましょう?」


「そうさ。俺の話になんて価値がない。何を喋っても無駄だ。お互い時間を無駄にしたな。殺すなら殺せ! 頭に銃口を突き付けて、引き金を引け! 頭の中のナノマシンでも、精神科医の言葉と薬でもなく、自らの殺意で俺を殺せ! それができるか!?」


 羽地が叫ぶ。


「殺しはないわ。落ち着いて。私たちは協力し合う余地がある」


「ないね。一切ないね。俺たちが協力し合うのはあの世に行く時だけだ」


「刺激を」


 段々この『苦痛』にも慣れてきた。


「協力しましょう、羽地さん。我々は協力し合って戦術核を奪い返せる」


「その尋問の口調は中央情報局(CIA)じゃないな? 国家安全保障局(NSA)か? 国家安全保障局は尋問が下手くそだな。所詮は機械いじりが趣味の盗み聞き専門の連中だ。尋問しようとする意志すら窺えない」


「それは失礼。専門家に代わることもできるけど、地獄を見るのはあなたよ」


「見せてくれよ。地獄を。耐えられなくなるほどに脳がクソで一杯になって、血を吐いて、発狂して、廃人になって。そういう感触を俺に与えてくれよ。俺を罰してくれよ。それがあんたらに本当にできるならな」


 できやしないんだろう? と羽地が言う。


「……専門家チームを呼集して。お望みどおりにしてあげるわ。言っておくけれど警告はしたからね。あなたが廃人になっても我々は知らないわよ。あなたが望んだことよ。それで本当にいいのね?」


「イエス。地獄を見せてくれ。俺は地獄を覚えていないんだ」


 散々地獄を巡ってきたってのになと羽地が言う。


「チームの呼集まで15分かかります」


「後は任せるわ。この狂人と話しているとこっちがおかしくなりそう」


 武装したコントラクターがそう言い、スーツの女は尋問室から出ていった。


 そのときだった。突如として基地に警報が鳴り始めたのは。当然の警報に武装したコントラクターたちが狼狽える。彼らはまさかこの基地で警報を聞くようなことになるとは思ってもみなかったようだ。


「何が起きている?」


「畜生。分からねえ。何が──」


 次の瞬間。壁が吹き飛び、羽地たちは爆風で地面に押し倒された。


……………………

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