ファシリティ-12
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──ファシリティ-12
羽地は太平洋保安公司の部隊に拘束され、最上階のヘリポートからヘリでシャルストーン共和国首都ティナトス郊外にある太平洋保安公司の施設に移送された。
ファシリティ-12。ただそう呼ばれているだけの施設にヘリは着陸し、羽地はそのファシリティ-12にある独房に叩き込まれた。独房は完全に窓も何もなく、完全な暗闇を保っていた。
物音もせず、完全な暗闇の中で羽地は事前に戦闘前戦闘適応情勢を受けておいて正解だったと思った。あれにはこの手の尋問に対抗するための手段も含まれている。そして、羽地自身も日本情報軍で対尋問訓練を受けている。
今懸念すべきは自分の身よりも、八木よアリスたちが脱出できたかだ。太平洋保安公司の部隊は羽地の所属がナイト・ファスト・ロジスティクスだと言うことを知った。同じ身分で侵入している八木たちも危ない。
そこは電子情報軍団が警告を発してくれていることを祈るだけだ。
羽地は暗闇と静寂の中で耐え続ける。状況が分からないことだけが懸念事項だが、この手の尋問はそういう心理面への攻撃を含んでいる。相手を情報から遮断し、暗闇と静寂の中でおかしくさせることがこの手の尋問の意味なのだ。
羽地は耐え続け、時間をカウントする。何時間経ったか、概ねのことが分かれば、敵の策に乗らずに済む場合もある。
羽地は1秒、1秒カウントを続け、それが4時間になったとき、扉が開いた。
「出ろ。抵抗したら射殺する」
太平洋保安公司の装備を纏った中華系コントラクターがそう言い、羽地は独房の外に連れ出される。その独房の外から改めて周りを見渡すと、独房の数はそう多くはなかった。他は囚人あるいは捕虜がすし詰めに押し込まれた部屋だった。どうやらあの独房はああ見えてVIP待遇だったらしいなと羽地は思った。
太平洋保安公司のコントラクター3名の連行されて、羽地は収容エリアを抜け、それなりに整った部屋に通された。コンクリートが剥き出しだが、汚物の臭いも、血の臭いもしない。尋問が行われるわけではなさそうだ。
「やあ。またお会いしましたね、ナイト・ファスト・ロジスティクスの羽地さん」
いや、尋問は行われそうだと羽地は考えを改めた。
部屋の中に姿を見せたのは大井の司馬だったのだ。
「あなた方は実によくやってくれた。大井の今のサイバーセキュリティはないも同然。エンジニアたちがネットから物理的にネットワークを切り離し、セキュリティの再構築を急いでいるような状況です。本当によくやってくれましたよ」
パチパチパチと司馬が乾いた拍手を羽地に送る。
「で、誰の命令だったんですか?」
「ただのボランティアさ」
羽地は肩をすくめてそう言った。
「なるほど。あなたはナイト・ファスト・ロジスティクスの社員ではありませんね?」
「どうしてそう思った?」
「ティナトスの街頭監視カメラと生体認証スキャナーを洗ったんですよ。あれを運用しているのはうちの下請けでしてね。ああ。ティナトスには生体認証スキャナーなんてないと思っていましたか? それなりの数は配置されているんですよ」
司馬はそう語る。
「それによれば、あなたのIDはつい最近までシェル・セキュリティ・サービスの所属だった。それがパーティー開催の数日前にナイト・ファスト・ロジスティクスに変わっている。あなたは未だにシェル・セキュリティ・サービスのコントラクターなのでは?」
「コントラクターは会社を簡単に変えるものだよ、司馬さん」
「シェル・セキュリティ・サービスから移籍した社員はごくわずかです。それもどの企業もシェル・セキュリティ・サービスの取引先。我々は噂ではアメリカ情報軍や日本情報軍が我々を監視するために異世界にダミー会社を設立したと聞いています」
「陰謀論とは。随分と大井の重役も暇人らしい」
「陰謀論も時折は事実であったりしますからね」
畜生。これは隠し通せそうにないなと羽地は焦っていた。
「シェル・セキュリティ・サービスは何の仕事も得ていない時期にも、多額の入金があることがありますね? それも新入りの民間軍事企業としてはとても優秀で、規模も大きい。どうも私は聞いている噂はただの陰謀論ではない気がしてならないのです」
「下っ端には分からない問題だな」
「なるほど」
司馬はただ頷いた。
「あなた方は戦術核の行方を追っているのではないですか?」
不意に司馬の発した言葉に羽地は動揺しそうになり、ギリギリのところでナノマシンがそれを引き留めた。
「戦術核?」
「ご存じない? それは妙な話だ。シェル・セキュリティ・サービスは戦術核の目撃情報があったティル・アンジェル王国まで出張しているのに」
「知らないね。あなたたちは何か知っているので?」
「ええ。概略については。とある兵器ブローカーが悪いロシア人から戦術核を購入した。我々はかなり早い段階からロシアの戦術核の脅威について調査を進めていた。HRTSTC作戦という奴で。HRT|S《捜索』TC作戦」
大井は超国家主義派ロシア軍が戦術核を入手したという情報を、かなり早い段階から入手していたようだ。彼らにはそれを国に報告する義務はないし、それを阻止する義務もない。ただ、彼らは“自分たち”に降りかかるかもしれない脅威に備えた。
「我々は戦術核の脅威に備えてきた。それとも日本情報軍は我々こそが戦術核を使用すると思っていたとでも?」
「それは日本情報軍に聞いてくれ。俺は知らない」
羽地はあくまで知らぬ存ぜぬを貫き通した。
「ふむ。あまり非協力的な態度を取られると私としても困るのですよ。太平洋保安公司はあなたを尋問したがっている。ここはシャルストーン共和国から治外法権が与えられた地域で、企業の法が支配している。あなたを拷問しようが、どうしようが、我々としては何の問題もないということです」
「それはあなたが困ると?」
「我々としては日本情報軍の誤解を解いておきたい。我々が戦術核を保有しているなどといういちゃもんをつけられてはたまらない。我々は核武装などしていないし、これからする予定もない」
司馬は穏やかにそう語った。
「確かに我々は異世界で富を増やし、地球に影響を与えている。日本情報軍がそういうことを危惧しているのは分かりまあすよ。だが、よく考えてほしい。我々の採掘した資源を求めたのは誰です? 誰が異世界の資源を欲したのですか?」
「地球の人間が悪いと言いたいのか?」
「善悪の問題ではありませんよ。企業の取引に基本的に善悪は存在しない。ただ、我々は顧客が求めるものを売り、我々は利益を計上する。ただ、それだけのことなのですから。顧客が求めていないものを無理やり売って、利益を強奪しているわけではないのです」
淡々と、まるで中学校の教師が出来の悪い生徒に教えるような口調で司馬は語る。
「需要があるから供給がある。常に市場はシンプルです」
「何が言いたい?」
羽地は思わず問い返す。
「では、ひとつ私のプライベートな話をお教えしましょう。私は生まれつき味覚障害でしてね。塩と砂糖の区別すらつかないのですよ。これまで料理に感銘を受けたことは、一度としてない」
司馬は語り出す。
「私はそれでも生きている。私は全世界の食料が『2001年宇宙の旅』に出て来るような味気も何もなさそうな、ただの栄養食になったとしても別に気にも留めない。むしろ、そうあるべきだとすら思います。人間が食事にこだわるせいで、一体世界でどれほどの無駄が起きているのかご存じですか? 食事の快楽は、まさに罪だ」
戦術核を保有する以上にと、司馬はそう言って笑った。
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