データカード
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──データカード
羽地は電子情報軍団の言う通りに大井のオフィスフロアを進んでいく。
『止まってください。前方に生体認証スキャナーとAI分析型監視カメラ。無力化するまで待ってください』
『了解』
生体認証スキャナーは現代の監視装置の中でもっともポピュラーなものだ。
日本本土でもほぼ全てのエリアに生体認証スキャナーが取り付けられている。空港から街角にいたるまで、あらゆる場所が生体認証スキャナーによって監視されている。生体情報はID所持後すぐに登録され、IDがなければ何もできない世界で自由に暮らすために、生体情報を国家に渡す。
羽地たち日本情報軍の兵士たちは比較的容易に生体情報を書き換える。それから裏のビジネスをしている人間も、中国で売買されている生体情報を買って、生体情報を情報ロンダリングすることで偽装IDを保有している。
とは言え、日本情報軍も大井の社員に、しかもこのパーティーの中で重役オフィスに近づけるだけの社員のIDは偽装できない。そんなIDが準備できるのならば、こんなひそひそとした作戦は必要ないのだ。
『生体認証スキャナー及びAI分析型監視カメラ、沈黙。用心して10歩進んでください』
『了解』
突然動き出すと、不審行動検知プログラムが強制的に監視カメラを再起動する恐れがあった。故にゆっくりと慎重に進んでいく。
羽地とアリスは10歩進み、そこで止まる。
『支部長のオフィスまでもう少しです。ですが、ここから先は山のようにセンサーがあります。全て無力化すると、怪しまれるので、少しずつ解除しますので、1歩ずつ進んでいください。よろしいですね?』
『了解』
羽地たちは赤外線センサー、動体感知センサー、生体認証スキャナー、AI分析型監視カメラなどなどあらゆるセンサーの検知を回避しながら、少しずつ支部長のオフィスに向かっていく。
後は支部長のオフィスにある端末にデータカードを差し込めば、それで終わりのはずなのだが、その終わりに近づくまで相当な時間が経ったように思える。八木から連絡はないが、八木は騒ぎを起こすことに成功したのだろうかと羽地は思う。
1歩、1歩とセンサーが解除され、前進できるようになる。
『最後の生体認証のドアはこちらでハックして開けます。開けたらすぐに入ってください。長い間は誤魔化せません』
『了解。これでようやくか』
『そうです。ようやくです』
生体認証付きの支部長室のドアが開く。
羽地とアリスは素早く滑り込み、羽地は自分の端末からデータカードを抜く。この時点でウィルスはアクティブな状態になった。
アクティブになったウィルスを羽地は支部長室の端末にデータカードを差し込むことによって流し込む。64MBのウィルスはただちに支部長室の端末に入り込むと、大井のセキュリティを破壊し始めた。
『ハッキング成功! お宝が目の前にある!』
『そいつは結構。大井が侵入に気づく前に脱出できるようにしてくれるか?』
『了解。来た時と同じようにセンサーをひとつずつ無力化していくので、それにそって進んで──』
途中で音声が途切れる。
『フォックスハンター? どうした?』
『太平洋保安公司の部隊が12階に向かっている。数は1個分隊。そんな馬鹿な。どこで気づかれたっていうんだ』
『フォックスハンター。離脱は可能なのか? 不可能なのか?』
『敵は全てのエレベーターを押さえている。非常階段を封鎖された。……残念だが離脱は不可能だ』
『畜生』
羽地はバックから強襲制圧用スタングレネードを取り出す。
『アリス。連中がエレベーター上がってきたら俺が応戦する。その隙にジャガーと合流して、この場から離脱しろ』
『しかし、それでは先輩が……』
『これは命令だ。従え』
『……了解』
アリスが静かに頷く。
だが、彼女がこの事態に同意していないことは明らかだった。アリスは太平洋保安公司の部隊を刺し違えてでも、羽地とともに離脱したがっていた。むしろ、自分が囮になって羽地を脱出させるということを考えていた。
だが、命令は下された。アリスは従うしかない。
『レオパードよりフォックスハンター。敵はいつ、このフロアに現れる?』
『残り30秒。敵は強化外骨格と自動小銃で武装。通信傍受を行ったところ、太平洋保安公司の部隊には君たちへの射殺許可が下りている。抵抗はなるべくしないことを推奨する。敵は本気で撃ってくる』
『レオパード、了解』
それでもアリスは離脱させなければならないんだよと羽地は思った。
『エレべーターが間もなく開く。それと同時に太平洋保安公司の部隊が来るぞ』
電子情報軍団は最後まで支援してくれた。
『残り10秒、9、9、7、6、5、4、3、2、1、今』
エレベーターの扉が一斉に開き、太平洋保安公司の武装した部隊が突入してくる。まずはスタングレネードが投擲され、閃光と爆発音が響き、それから自動小銃を構えた太平洋保安公司の歩兵部隊がクリアリングしながら進んでくる。
『アリス。3カウントで仕掛ける。脱出しろ。エレベーターまで走れ』
『本当にそれでいいのですか?』
『これは命令だ、アリス』
羽地はそう言って強襲制圧用スタングレネードを構える。
『3カウント』
3、2、1。
『スタングレネード』
強襲制圧用スタングレネードが強力な閃光と爆発音を放って炸裂する。
太平洋保安公司の部隊は抵抗を予想していなかったのか、スタングレネードの直撃を受け、部隊がマヒ状態に陥る。
『アリス、行け! ジャガーと合流しろ!』
羽地は自動拳銃を構えて太平洋保安公司の部隊に牽制射撃を行う。
その隙にアリスが駆け抜け、太平洋保安公司の部隊をすれ違い、エレベーターに逃げ込んだ。そして、電子情報軍団の操作によりエレベーターの扉が閉まり、パーティーが行われている階層へと向かっていく。
「抵抗は無駄だ! 投降しろ! 我々はシャルストーン共和国から委任された法執行権限により、お前を射殺する許可を得ている! 投降しなければ射殺する!」
太平洋保安公司の職員が流暢な英語でそう警告する。
太平洋保安公司の本社は台湾だが、中身は台湾と日本、中国の混合部隊だ。
「投降する」
羽地は自動拳銃を太平洋保安公司の部隊の方に滑らせるようにして渡し、それから両手を上げて床に跪いた。
「被疑者を確保!」
「IDを調べろ。それから大井の方に連絡を。所持品もチェックしろ」
「了解」
携行型生体認証スキャナーを持った太平洋保安公司のコントラクターが羽地の頭を乱雑に掴み、網膜と顔を認証する。
「ナイト・ファスト・ロジスティクスです」
「ナイト・ファスト・ロジスティクス? ああ。パーティーに参加している記録がある。そこからか。了解した。だが、ナノスプレーを使用しているな? どこの民間軍事企業のコントラクターだ?」
太平洋保安公司の日本人コントラクターが羽地に尋ねる。
「改定モントルー協定を知らないのか? このような場合、名乗る必要はない」
「クソ。偽装IDだ。連行して、締め上げろ。大井に連絡は?」
日本人コントラクターがそう尋ねる。
「連絡しました。丁重に扱え、とのことです」
「丁重に、ね。了解した。連行しろ。今のところは尋問はなしだ」
「了解」
そして、太平洋保安公司の部隊により羽地は拘束され、連行されて行く。
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