パーティーの準備
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──パーティーの準備
羽地たちは来るべきパーティーの日に備えることになった。
持っていけるものは限られている。
ちゃんとIDが刻印された自動拳銃。それを羽地が1丁だけ。
第3世代の熱光学迷彩を施すためのナノスプレー。最新の第6世代の熱光学迷彩は羽地たちが、正規軍の指揮下にあるころを匂わせるので、ちょっとした民間軍事企業の持っているような第3世代の熱光学迷彩の所持だけが認められた。
それはナノスプレーというスプレー状の状態で保持され、整髪剤に偽装したスプレー缶の中に隠されることになっている。
それからカーボンファイバーのワイヤー。これは何にでも使える。ナノスプレーをかけておけば見えないワイヤーにもなる。これは羽地の背広の中とアリスのドレスの中に偽装して入れられることになった。
最後に強襲制圧用スタングレネード。これは空き缶の中に偽装して隠すことになった。これを使うのは相当切羽詰まった時だ。
以上が持ち込める装備。
後持ち込むべきはデータカード。
これを大井の端末に流し込めば、大井のセキュリティは無力化できる。そのはずである。本当にそうなのかは試してみないことには分からない。
データカード内のウィルス“CryHound”は羽地の有するタブレット端末に収められている間には休眠状態にあり、端末から抜いたと同時に活性化する。データカードを端末に差し込むだけで一気に内部に侵入していく。
ウィルスの容量は僅かに64MB。差し込めばすぐに転送は完了する。
羽地は常に戦術脳神経ネットワークに繋いだまま行動し、電子情報軍団に現在地を伝え続ける。電子情報軍団は羽地の位置から無効にするべきセキュリティを確認し、セキュリティを確実に無効にしていく。
スプレー缶に入った第3世代の熱光学迷彩は正直頼りにならない。ここは電子情報軍団に頑張ってもらうべきである。
「当日、現場に人的セキュリティは存在しない。社員全員に休暇も出ている。我々が気を付けるべきは機械的セキュリティだけになる。それは電子情報軍団が無力化する。噂では動体センサーと連動したリモートタレットもあるとのことだ」
「ということは人的セキュリティがあるのでは?」
自律型致死性兵器システム規制条約。
AIは目標を識別はできるが、引き金は引けない。人間を殺すという判断をするのは、人間でなくてはならないという原則。いくらリモートタレットが目標を識別して、射殺する準備を整えても、実際に引き金を引く、ただそれだけの行為は人間に任されている。
そうでなければAIがミスを犯したときに誰が責任を取るのか、という話になる。AIのコードを描いたプログラマーか? それとも管轄する軍の司令官か? はたまたメーカーの責任者か?
そういう責任問題が発生するから、人はAIに射撃を委ねない。人を殺すのはあくまで人でなければならない。
だが、その例外がいる。アリスたちだ。
彼女たちはAIでありながら、自分たちの判断で人を殺す。それは明確な条約違反だ。それでも日本情報軍はその条約違反状態を認めている。それがミミック作戦が大きな機密事項である理由のひとつ。
では、大井のオフィスフロアにあるというリモートタレットの引き金は誰が引いているのか。それは人間ではないのか。
「センサーに引っかかったら人が出てくる。当然のことだ。人的セキュリティはないと言ったが、人間が全くいないとは言っていない。パーティー会場の警備には太平洋保安公司から部隊が派遣されている。機械的セキュリティに引っかかったら、そこから連中が出てくることを覚悟しなければならない」
「了解」
機械が動けば、人間も動く。
完全に機械任せのセキュリティなど存在しない。人間は待機しているものだ。大井のオフィスフロアの警備が機械的セキュリティに守られているとしても、機械的セキュリティに引っかかれば、人間が動き出す。
「作戦は?」
「こいつは作戦なんてもんじゃない。特攻だ。だが、しいて作戦を立てるとするならば敵の警備の目を引き付けるためにパーティーが開かれているフロアでトラブルが起きるのが望ましい。人的セキュリティがそちらに割かれていれば、大井のオフィスフロアの警備はますます手薄になる」
「どんなトラブルが望ましいですか?」
「作戦との関係を把握されないもの。喧嘩や揉め事。装備を使わずに、起こせるだけのトラブルを起こしてほしい」
「了解」
八木は頷いた。
羽地はやはりベテランの士官である八木を作戦に動員した。八木は軍用格闘技の資格を持っているし、追い詰められた状況から盛り返したことも幾度もある。経験豊富で、優秀な士官だ。頼るならば、月城か八木だった。
ここは最先任として八木を選んだ。
「要注意事項。パーティー会場に入る前に手荷物検査がある。国際経済センターの入り口の時点で、だ。装備はこれ以上持ち込めない。そして、会場に入れるのはナイト・ファスト・ロジスティクスの所属に変更された俺と八木大尉だけだ」
羽地はそう言いながら自動拳銃を弾を抜いた状態で確認する。
「外部との連絡を取るときはスマートフォンを使え。生体インカムや戦術脳神経ネットワークを使えば、一発で日本情報軍の工作員だとばれるぞ。何事もカバーが剥げないように行動しろ。八木大尉には釈迦に説法かもしれないが」
「重々承知しています」
八木はこの手の隠密作戦も体験している。問題はない。
「俺とアリスはそれとなく会場を抜ける。そして、電子情報軍団が作ったパスを使って大井のオフィスフロアに向かう。電子情報軍団は俺の戦術脳神経ネットワークの情報からセキュリティを無効化していく」
大井のオフィスフロアには赤外線センサー、動体センサー、AI分析型監視カメラ、生体認証スキャナーなどいろいろなセンサーが張り巡らされている。それらを全て潜り抜けなければ、大井の異世界におけるボスである支部長のオフィスには辿り着けない。
「一気に纏めて無力化というのは?」
「リスクが高い。大井は完全にオフィスフロアからのセンサーの通信が途絶えた時点で人員を派遣するだろう。人間に出くわせば、ナノスプレーで第3世代の熱光学迷彩ぐらいしかない俺たちはすぐに発見される」
ナノスプレーによる熱光学迷彩の効果は限定的だ。本格的な装備のようにはいかない。だからこそ、民間軍事企業が所持できるレベルなわけだが。
「しかも、大井のオフィスフロアは12階だ。降下するに高すぎるし、ワイヤーの長さも足りない。元来た道をしっかり戻るしかない。データカードを差し込んだら、ウィルスの浸入を確認して、すぐに会場に戻り、何食わぬ顔をして抜け出す」
「作戦プランとしてはかなりのギャンブルですね」
「ああ。ギャンブルだ。恐らくは作戦を立案したボスも、作戦を分析した天満もそう思っている。だが、やるしかない。俺たちは兵隊であり、駒だ。駒はプレイヤーによって動かされるもので、そこに拒否権はない」
羽地たちはパーティー用のタキシードとドレスに着替えると、ナイト・ファスト・ロジスティクスの社屋に向かい、そこでこれまでの取引データを頭に叩き込んでから、国際経済センターに向かった。
ギャンブルが始まろうとしている。
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