企業社内ネットワーク
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──企業社内ネットワーク
羽地たちの持ち帰った情報は早速天満の分析に掛けられ、結果が出た。
「アリオール・タクティカルはやはり大井からの資金で破棄されたはずのコンテナを輸送していた。コンテナは記録上は破棄されたことになっていたけれど、これまで何回もアリオール・タクティカルの輸送作戦に使われている。最初に破棄されたはずのコンテナが認識されたのはマルメディア王国──王党派と共和派が争っていた内戦地帯ね」
大井が“ウルバン”だとすれば、なんら不思議な話ではない。
「それから何度か飛行場でこのコンテナは引っかかっている。運んでいる物の名目は全て医療品。実際に何を運んでいたかは闇の中よ」
レントゲンの発する放射線値と今回羽地たちが探知した放射線は出力が違った。
「大井は間違いなく怪しい。けど、アリオール・タクティカルの社内サーバーを電子情報軍団がハッキングしても、それらしき痕跡は見つけ出せなかった。大井との関わり合いを示す証拠は何もなし。完全にお手上げね」
電子情報軍団はポータル・ゲートのこちら側と向こう側の両方のアリオール・タクティカルの社内サーバーをハッキングしたものの、大井からの依頼を受けたという文言や関わり合いを示す証拠は得られず、そして戦術核についても情報はなかった。
「最後の手段は大井のサーバーをハッキングすること」
矢代が述べる。
「ボス。ビッグシックス相手にハッキングを?」
シェル・セキュリティ・サービスの社員のひとりがそう尋ねる。電子情報軍団の兵士だ。彼らはビッグシックスを相手にしたこともある。
「もちろん、電子情報軍団の懸念は分かっているわよ。大井のサーバーには多層性の量子暗号が使われている。天満を格納しているスパコン“秋津島”フルに利用したとしても防壁を突破するには、この世の終わりまで時間がかかる」
「ええ。その上、仮に防壁の内側に入ったとしても、中はブラックアイスだらけで、攻撃的防衛エージェントがわさわさしている。正直、大井のサーバーをハックするなんてことは不可能ですよ。他の方法を探したほうがマシです」
ブラックアイス。侵入者を検知した場合、その侵入者の端末を物理的に焼き殺す防衛システム。最新のものは侵入者が複数の他人のサーバーを踏み台にしていた場合でも、侵入者の端末をコンマ秒で特定し、端末を物理的に破壊する。
攻撃的防衛エージェント。ウィルスブロックソフトウェアの過激なもの。侵入者を検出すると、侵入者の侵入行為を妨害するとともに、端末を特定してウィルスに似たソフトウェアを解き放ち、侵入者の端末を操作不能に追い込む。
「文句を言わない。他に方法がある? アリオール・タクティカルは何も残さなかった。けど、この手の秘匿作戦でもどこかに情報は残るはず。最後の賭けが大井の社内サーバーよ。幸いなことに大井の社内ネットワークを天満が分析した結果、相手のセキュリティには穴があることが分かった。ポータル・ゲートのこちら側の防衛が比較的お留守」
「前にもこちら側から仕掛けようとしましたが、失敗してます。敵のファイアーウォールの比較的薄い、って分析はそりゃ正しいでしょう。500メートルの壁が300メートル程度になったようなものです。どの道、越えられない」
電子情報軍団の兵士はそう愚痴る。
「その点は理解しているわ。この比較的というのが本当に比較的であるということも。だけど、抜け穴がある。国際経済センターの大井の端末にウィルスを流し込めば、ウィルスは大井の中央サーバーを侵食して、侵入可能にする」
「物理的アクセスをしろと?」
「そういうこと。幸いにしてウィルスは既に調達済みよ。“CryHound”。最近になってアングラ界隈で開発されたものを、日本情報軍が軍用化したもの。これを大井の端末に流し込めば、大井のセキュリティは丸裸。その隙に情報を全ていただいて、連中と戦術核の繋がりを暴く。そして、戦術核がどこに運ばれたのかを調べる」
矢代の話を聞いていて、羽地は無性に嫌な予感がし始めていた。
「誰が大井の端末に物理アクセスするんですか?」
「羽地君にお願いしようと思っている」
予感的中。
確かに羽地たちはこの手の任務のエキスパートだ。だからと言って、ビッグシックスの根城である国際経済センターの、大井の端末にアクセスする? 正直に言って正気の沙汰とは思えない。
「ボス。いくらなんでも無理です。国際経済センターは軍閥の根城や超国家主義派ロシア軍の基地とは異なります。軍用装備で乗り込むこと自体ができないし、中はそれこそセキュリティだらけ。どうしろっていうんですか?」
「国際経済センターそのもののセキュリティはざるよ。うちの電子情報軍団のオペレーターでも無力化できるわ。羽地君たちは電子情報軍団のバックアップを受けて、大井のオフィスフロアである12階にある支部長室の端末にデータカードを差し込めば、それでミッションコンプリート」
「だからと言って、俺たちでは……」
「羽地君たちだから頼めるの。侵入予定日は4日後。その日はこの世界に進出している企業同士の懇親会としてパーティーが開かれる。そのパーティーに紛れて侵入する。アリスちゃんは丁度羽地君の子供に見えて、敵もまさか子連れで大井のオフィスに押し入り強盗にきたとは思わないでしょう?」
「了解。納得しました」
確かにそれなら羽地にしかできない任務だ。
「基本的に羽地君とアリスちゃんに任せるわ。バックアップは2名まで。人数が増えれば増えるほどセキュリティを抜くのは大変になる。少数精鋭のチームで当たってちょうだい。それから今回は残念だけど即応部隊の類は準備できないわ。流石に国際経済センターに部隊を突入させるわけにはいかないから」
「公式な身分は?」
「シェル・セキュリティ・サービスの取引先企業であるナイト・ファスト・ロジスティクスの社員。綺麗な身分よ。疑われる要素はないし、いざ企業側に拘束されたとしても、日本大使館に救援を求めることができる。救援要請が出たら、私たちが表から堂々と回収しにやっていくから」
シェル・セキュリティ・サービスの社員としないのは、日本情報軍の関与をあくまで隠すためだろう。この身分ならば民間人として不当に拘束されたと訴えることができる。ウィルス入りのデータカードを発見されない限り。
「交戦規定は?」
「原則として交戦禁止。武器の類は自衛用に許可されている自動拳銃だけよ。それもサプレッサーはなし。安心して。対人セキュリティは全て機械だよりになっているのを確認しているから。電子情報軍団がセキュリティを止めれば、それで相手は丸裸よ」
電子情報軍団がしくじらないことを祈るのみだ。
「持ち込める装備のリストをください。なるべく装備がない方が民間人を装えていいでしょうが、大井のオフィスフロアに侵入した時点であらゆる言い訳が効かなくなります。その場合の備えたバックアップ手段を」
「了解。リストアップしておく。他には?」
「俺たちに何かあったら、アリスだけは必ず助けてやってください」
「全力を尽くすわ。約束する」
「それだけです。よろしくお願いします」
羽地はそう思いながらも、本当にこの無謀な賭けが上手くいくのか疑問を感じていた。大井のセキュリティに穴を開けるのはそんなに簡単なことではないはずなのだが、と。彼はそう疑問視していた。
だが、軍人という駒である以上は命令に従うしかない。
羽地は準備のためにアリスたちと話し合いに向かった。
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