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“ウルバン”の分析

……………………


 ──“ウルバン”の分析



「第501統合特殊任務部隊が新しい情報を掴み、それを天満が分析した」


 ブリーフィングルームで矢代がそう言う。


「ひとつ、“ウルバン”はロシア人じゃない。悪いロシア人とはお友達だけど、悪いロシア人は彼を同胞とは認めなかった。母なるロシアを食い物にする外国人であると証言した。だが、国籍などは依然不明なまま。これがひとつ」


 多くの人間が“ウルバン”はロシア人だと思っていた。


 だが、“ウルバン”はロシア人ではなかった。


「ふたつ、戦術核を入手したのはほぼ間違いなく大井。アリオール・タクティカルの資金源を追跡していった結果、大井に辿り着いた。大井は直接はアリオール・タクティカルに戦術核の輸送を依頼しなかったけど、間接的に関わっている。そして、当時にポータル・ゲート・ワンの警備に当たっていたのは大井傘下の太平洋保安公司。これで戦術核を入手したのが別の企業なら驚きね」


 アリオール・タクティカル。あの忠誠派ロシア軍を助け、同時に羽地たちを攻撃した民間軍事企業。その裏の仕事に金を出していたのは大井だった。彼らは戦術核の輸送費を出し、大井の傘下である太平洋保安公司は当日戦術核がポータル・ゲート・ワンから運び込まれるのを見過ごした。


「みっつ。天満はほぼ間違いなく大井が敵対する企業に戦術核を使用すると見ている。今のところ、戦術核を大井が入手しただろうという情報を持っているのは日本情報軍だけ。軍閥の手に戦術核が渡り、使用されたとしても、大井は知らぬ存ぜぬができると踏んでいる。なんなら、大井と敵対する企業と同じように敵対している企業によって戦術核が使用されたように見せかけることも示唆している」


 大井は敵対企業に核を使う可能性がある。


「そう考えると“ウルバン”はロシア人でないなら日本人では?」


 大井はその名の通り日系企業だ。その起源を日本に持ち、本社を東京に置いている。


「大井は多国籍企業だってことを忘れてはいけないわよ。中国人だって役員にいるし、アメリカ人だって雇用している。大井だから日本人は怪しいとは限らない」


 大井の傘下にある太平洋保安公司が台湾企業なのが示しているように、大井は超巨大多国籍企業なのである。アメリカではハスロ・スタークスというインフラ企業を有しているし、中国では旧国営メディア新華社通信を買収している。


 役員には日本人もいれば、中国人もいるし、ロシア人もいる。当然アメリカ人も。


「ほぼ間違いなく、と繰り返していますが、何か不確定要素でも?」


 羽地はそう尋ねる。


「天満はまだ情報が足りないと言っている。もっと目標を確実に識別できる情報が欲しい、と。そのせいでほぼ間違いなくと言わざるを得ないのよ」


 矢代はそう答えると同時に、新しい問いを示した。


「その目標を確実に識別できる情報とは?」


「アリオール・タクティカルと超国家主義派ロシア軍。超国家主義派ロシア軍がいくら武器をやたらめったら売り捌いているとは言え、これまでの経済制裁が撤回され、西側の支援を受けているはずの忠誠派ロシア軍といつまでもやり合えているのはおかしいと思わない?」


 確かにそうだ。外貨の獲得手段が兵器の売買だけならば、工業地帯をあらかた爆撃されている超国家主義派ロシア軍はいずれ外貨が尽きて、戦闘不能になる。


「答えは単純。彼らもポータル・ゲートの恩恵を受けていたから。正確にはポータル・ゲートのもたらした民間軍事企業需要のおかげね」


 矢代は続ける。


「ハヌマット・セキュリティ。本社はインドのニューデリー。一見してインド系の民間軍事企業に見えるけど、中身は超国家主義派ロシア軍の退役軍人が組織している超国家主義派ロシア軍の支援母体。アリオール・タクティカルはポータル・ゲートの向こう側では超国家主義派ロシア軍と戦っていたけれど、ポータル・ゲートのこちら側ではこの民間軍事企業と手を組んでる。これまで彼らのために大量の物資輸送を引き受けてきた」


 アリオール・タクティカルのもうひとつの裏の仕事。


「今現在、アリオール・タクティカルは改定モントルー協定における民間軍事企業の資格を剥奪されている。戦術核の輸送は世界の知るところとなったわけでね。それからテロ組織指定されている超国家主義派ロシア軍を支援した件からも資格剥奪が決定したわ」


 改定モントルー協定で規定される民間軍事企業の資格を剥奪されると戦闘に参加することが原則禁止される。もし、この状態で戦闘に参加した場合はテロリストあるいは殺人犯として法で裁かれることになる。


「それでもアリオール・タクティカルは輸送任務だけは最後に行ったようね。改定モントルー協定剥奪後に1回だけフライトを行っている。依頼主はハヌマット・セキュリティ。名目は医療品の輸送。今は完全に活動は止まっているけど、最後にこの医療品とやらを運んでいる」


 さて、中身は一体何でしょう? と矢代が言う。


「それが戦術核である可能性があると天満は予想しているのですか?」


「ええ。高い確率でアリオール・タクティカルは戦術核をハヌマット・セキュリティのために運んだと見ている。そこから“ウルバン”の手に渡ったと」


 “ウルバン”は馬鹿正直にポータル・ゲートの出口で荷物を受け取らなかった。ハヌマット・セキュリティに戦術核を輸送させて、そこで初めて戦術核を受け取った。


「そこまで分かっているなら奪い返しに行きましょうよ。いつ炸裂するか分からないんでしょう、その戦術核」


 シェル・セキュリティ・サービスの社員のひとりがそういう。


「作戦には段取りがあるの。私が誰のために交渉して、書類仕事をしていると思っているの。作戦地域はハヌマット・セキュリティの他に太平洋保安公司がうろつき、混沌としている国境地帯よ。ティル・アンジェル王国とティル・シグラー共和国が国境線の書き換えを巡って睨み合っている場所。表向きはどっちの国の紛争にも、ビッグシックスは手を出していないことになっているけど、既に現地には大規模な空軍基地ができていて、兵員と物資が送り込まれている」


 羽地は空軍基地を捉えた成層圏プラットフォーム“ユリカモメ”の映像にB-52戦略爆撃機が映っているのにぎょっとした。戦略爆撃機は核を運用する能力がある。


「大規模な国境紛争までのカウントダウン中。その間に戦術核を奪還しなければならない、許可を取るのには苦労したわ」


「許可は出たんですね」


「出たわ。その代わり時間制限付き。企業が介入した国境紛争が始まるまで。目標も戦術核の奪還は第二目標。第一目標はアリオール・タクティカルと超国家主義派ロシア軍──ハヌマット・セキュリティの情報収集。彼らが本当に荷物を運んだのか、荷物をどこに運んだのかを突き止めるのが最優先」


 矢代はそう言って全員に資料を配布する。


「羽地君の部隊に引き続き目標を追ってもらうわ。他は国境周辺の偵察とバックアップ。国境紛争が始まったら巻き込まれる前にとんずらできるようにしておいて。正直、国境には既に企業の支援を受けたであろう正規軍が集結しつつあるわ。いつ戦争が始まってもおかしくない。それだけは覚悟しておいて」


「了解」


「以後、“ウルバン”を追跡する作戦はバシリカ作戦と呼称」


 そして、羽地たちは再び輸送機に乗り込む。


……………………

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