ポータル・ゲート・ツー
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──ポータル・ゲート・ツー
ポータル・ゲート・ツーの出口はシャルストーン共和国ではない。
ポータル・ゲート・ツーの出口はティル・ナーガル連邦に繋がっている。
ここも企業によって植民地化され、支配されてきた土地である。国の富は上位1%に集まり、その上位1%は企業帝国の手先である。企業帝国は貪欲に国の富を奪っていき、逆らうものを民間軍事企業を使って排除してきた。
インフラは整備されているが、あくまで企業帝国のためのインフラだ。
ポータル・ゲート・ツーを出てすぐの場所に飛行場があり、そこでシェル・セキュリティ・サービスと合流した。彼らはC-2輸送機で羽地たちを待っていた。
「向こうではえらいことになったんだって?」
「ああ。相当不味いことになった。会社に帰ったら説明する」
「了解」
C-2輸送機は飛行場を離陸し、シャルストーン共和国に向かった。
数時間のフライトの末に羽地たちはシャルストーン共和国も戻ってきた。
シャルストーン共和国首都ティナトス。
羽地たちは荷物を軍用四輪駆動車に放り込み、シェル・セキュリティ・サービスの社屋を目指す。軍用四輪駆動車は無人銃架を装備したもので、ここが今や戦場であると言うことを示していた。
ティナトスは心なしか警戒度が上がった様子で検問所の民間軍事企業の兵士たちも、きちんと任務を行っていた。いつもは現地住民に嫌がらせをするのが仕事だと言わんばかりの連中も、戦術核が流入したという情報を得たのだろう。
だが、ある意味では誰もティナトスで戦術核が炸裂するとは思っていない。
ティナトスは六大多国籍巨大企業の、ビッグシックスの大使館があると言っていい場所なのだ。警備は当然厳重に行われているだろうし、ビッグシックスの誰かが戦術核を入手したとして、それをティナトスで炸裂させるとは思えなかった。
だが、今のところ絶対に戦術核がティナトスで炸裂しないと断言できる人間はいなかった。戦術核はどこで炸裂してもおかしくないのだ。
「お帰りなさい、羽地君」
「ただいまです、ボス」
シェル・セキュリティ・サービスの社屋では矢代が待っていた。
「早速だけど、状況を聞かせてくれる? 日本情報軍は戦術核の奪還に失敗したとしか報告していないの。どういう状況で戦術核が漏洩したかを教えてほしい」
「構いませんよ。ただ、少しばかり休みをいただけますか。作戦が連続していて、全員が戦闘後戦闘適応調整を受けていないんです。これ以上、戦場のストレスを抱え続けるのは、いいことだとは思えません」
「分かったわ。すぐに戦闘後戦闘適応調整を。羽地君は報告が済んでから」
「どうも。助かります、ボス」
八木とアリスたちは戦闘後戦闘適応調整に向かう。
暫くは日常だ。戦術核がどこに消えたかの情報もないのだから。
「それで、羽地君。戦術核はどういう経緯でポータル・ゲートを越えたの?」
「まず超国家主義派ロシア軍は戦術核の保管庫を制圧したところまで話は遡ります。連中は民間軍事企業のアリオール・タクティカルという会社にIDを入れ替えた戦術核の輸送を依頼し、アリオール・タクティカルは戦術核と一緒に超国家主義派ロシア軍を羽田国際空港に輸送。そこからトラックで開門島に向かい、開門島で我々の足止めをしたのちに、戦術核を搬入路に持ち込んだ。以上です」
「開門島の国連軍は?」
「連中はとんだ能無しですよ。戦術核が搬入されるのを黙って見ていただけなんですからね。それどころか奪還しようとする我々の邪魔をする始末で」
「ふうむ。どうも妙ね。開門島の国連軍部隊は太平洋保安公司だったかしら。彼らは仕事はしっかりとやる方よ。それがみすみす戦術核を見逃す? 自分たちに対して戦術核が使用される可能性もあるのに?」
矢代がそう言って考え込む。
「ボスは意図的に太平洋保安公司が核をポータル・ゲートのこちら側に持ち込んだと? そう考えているのですか?」
「今はまだ何とも言えない。天満様のご神託待ち。けどこれはどうにも臭う案件ね。ポータル・ゲートの警備がそこまで甘いものだとは思えないもの」
確かに言われてみれば妙だ。
ポータル・ゲート・ワンに駐留する国連軍──太平洋保安公司の戦力は1200名程度。それがあの騒ぎの中でも積み荷の搬入を続け、中身をチェックしなかったというのは、どうにもおかしいように感じられる。
「まだ憶測の域を出ないけれど、用心はしておいた方がいいわね」
「ええ。同意します」
太平洋保安公司はどうにも臭う。何か企んでいたとしてもおかしくはない。
「しかし、太平洋保安公司の独断とも思えない。連中のボスは大井。戦術核が炸裂するとしたら、大井と他企業がドンパチやっている場所かもしれないわね。大井は自分たちについてる軍閥に戦術核を渡して、炸裂させる」
「可能性としてはあり得そうですね」
「そう、あり得そうなの。だけれど、大井がそこまで暴走するかって話である。太平洋保安公司は真っ先に疑われる。戦術核が大井の支援する軍閥によって使用されれば容疑は確定する。大井は戦術核を使った企業として悪名を残すことになる」
「確かに。リスクとリターンは釣り合っていないようには感じますね。犯すリスクに対して、得られるものがあまりにも少ない。連中が手に入れたのは出力5キロトンの戦術核。それだけです。弾道ミサイルや巡航ミサイルの類は手に入れていない。それでもなお戦術核を使うのならば小規模な使用に留まる。それでいて受ける非難は轟々」
ポータル・ゲートのこちら側に短距離弾道ミサイルや核弾頭が搭載可能な巡航ミサイルが輸出されたという話は聞かない。つまり、戦術核の運用手段は限られるというわけである。敵対する軍閥の司令部に向けて叩き込んだり、反政府武装勢力が首都に向けて核を叩き込んだりすることはできないのだ。
戦術核をトラックなどで輸送し、そこで起爆する以外の方法は取れない。デイビー・クロケットより酷い核の運用手段である。
「では、戦術核はどうやって使用されると思いますか?」
「分からないわ。言った通り天満のご神託待ちね。天満には今頃膨大な情報が流し込まれているはずよ。アリオール・タクティカルという民間軍事企業。太平洋保安公司。超国家主義派ロシア軍。そして、“ウルバン”」
「“ウルバン”の正体さえ分かればまだ対処のしようもあるんですがね」
「まだ何も分からない。こっちで把握した情報は全て市ヶ谷に送ってるけど、市ヶ谷はだんまりよ。何を考えているのかさっぱり。よほど、こちらに伝えられない不味い結果が出たのか、あるいは市ヶ谷は何か知っているのか」
「“ウルバン”について日本情報軍が掴んでいる情報、ですか。奴は悪いロシア人に友人がいて、ロシア人かもしれず、それでいてポータル・ゲートのこちらと向こうを好きに行き来できる。それでいて正体は全く分からない人間」
「まるで幽霊を相手にしている気分になってくるわね」
「実際のところ、第二次冷戦の亡霊である可能性もあるわけですよ」
“ウルバン”は一体何者だ? それが羽地たちを悩ませている問題。
個人とは思えないほどの資金力があり、超国家主義派ロシア軍と付き合いがあり、恐らくは民間軍事企業に顔が利く。そんな人間など数えるほどにしかいないと思われるのだが、“ウルバン”は未だ正体を見せない。
「“ウルバン”とは何者か……」
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