シベリア鉄道
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──シベリア鉄道
戦術核IDのトレースができたとの報告が入ったのは、羽地が眠ってから1時間後のことだった。流石の羽地も頭をしゃんとさせて、戦術脳神経ネットワークに接続しつつ、ブリーフィングルームに軍人らしい態度で向かった。
「戦術核のIDをトレースした結果が出た」
第501統合特殊任務部隊の司令官が語る。
「敵はシベリア鉄道を利用して極東に戦術核を輸送している。幸いなことにその最中だ。我々は移動中のシベリア鉄道を強襲して、戦術核を奪還する」
シベリア鉄道に戦術核が積み込まれたのは2日前。目的地はウラジオストク。そこから船で日本にあるポータル・ゲート・ワンを目指すものと予想された。
極東アジアのロシア軍は忠誠派ロシア軍にも超国家主義派ロシア軍のいずれにも所属しない日和見主義者だった。極東で揉め事が起きれば、ここぞとばかりに日本や中国、アメリカが介入してくることをロシア人も分かっていたのだ。
羽地たちのAR上にシベリア鉄道の戦術核を乗せた車両の位置情報が記される。戦術核はシベリア鉄道で東進し、ウラジオストクを目指して進んでいた。
「シベリア鉄道は現在超国家主義派ロシア軍の制圧下にあるものと思われる。こちら側のあらゆる呼びかけに応じない。停車もしない。よって強襲するより他に選択肢はない。極東ロシアで戦術核が使用されることは避けたい」
極東情勢は未だにきな臭い。
中国は西側と和解したようで、未だに覇権国家としての存在感を示している。崩壊する、崩壊すると言われ続けて来た北朝鮮は崩壊せず、核保有国として存在している。そして、それに対抗して軍を整備した日本。
世界的な軍縮ムードの中でも軍縮の進み方は極東アジアは遅い方だった。
そこで戦術核が炸裂するのは弾薬庫で花火をするようなものである。
「もちろん、最悪の事態に備える。ウラジオストクでの戦闘も場合によっては考慮する。シベリア鉄道の積み荷が日本に入ることだけは阻止しなければならない」
「鉄道路線を爆破するのは?」
「シベリア鉄道には一般乗客も多数乗車している。ヨーロッパ・ロシアの内戦から逃げるロシア難民だ。それらの移動は人道的見地から保護されている。シベリア鉄道に対する破壊工作は国際世論の批判を浴びかねない」
ウラル山脈以西で激しく行われている忠誠派ロシア軍と超国家主義派ロシア軍の内戦から逃げようと多くのロシア人が故郷を捨てて極東アジアに移動している。国連ロシア・ミッションとしてそれらの移動は保護されており、民間軍事企業も鉄道路線の警備などに当たっている。
「つまりは、だ。戦術核はどこで炸裂しても不味いということになる。シベリア鉄道の乗客を巻き込んで核爆発など起きれば、国際社会は忠誠派ロシア軍への批判に傾きかねない。超国家主義派ロシア軍が戦術核を輸送していたと事実は無視されて」
人は物事の結果しか見ない。その過程を見ようとはしない。
この場合、超国家主義派ロシア軍が戦術核をシベリア鉄道で運んでいたという事実は無視されて、忠誠派ロシア軍の作戦ミスによりシベリア鉄道で逃げている何千もの難民が犠牲になったという結果しか見られないだろう。
「そういうわけで失敗は許されない。まだ我々の関与を知っている人間は限られるが、永遠に知られないわけではない。核が炸裂したならばなおさらのことだ。二度目のポーランドは許されない。今回は確実に民間人に犠牲者が出る」
内戦から逃げようとする可哀そうなロシア人が大量に核の炎で焼かれれば、それは国際世論も黙ってはいないだろう。
「インディゴ特殊作戦群は?」
「参加する。彼らも戦術核の漏洩を知り、本国から対応を迫られている。核を奪還することを考えて共同作戦を行うことになるだろう」
インディゴ特殊作戦群も任務継続か。
「作戦開始は2時間後だ。輸送機の準備に時間がかかる。各自、車両の構造や電波状態、車両の位置情報を確認せよ。それから民間軍事企業にも注意だ。彼らは戦術核の件について知らされていない。車両に異常があると思えば、何かしらの行動に出る可能性がある。それが軍事的行動なのか、警察的行動なのかは分からないが、彼らは武装している」
最悪に最悪が重なる。
戦術核はロシア人ですし詰めのシベリア鉄道で輸送されていて、民間軍事企業が介入してくる可能性もある。そして、超国家主義派ロシア軍はどこで核を炸裂させようが、まるで構いはしない。
「戦術核はなんとしても確保する。以上だ」
そこでブリーフィングは終わった。
それからそれぞれのチームでブリーフィングが始まる。
「核兵器が確認されるのは車列後部の貨物室。輸送機から降下し、そのまま確保すると言いたいところだが、超国家主義派ロシア軍の護衛が付いている。連中は乗務員と乗客に紛れてシベリア鉄道に乗り込んでいる。戦術核の直接の護衛にもついているだろう」
羽地は第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊の面々にそう説明する。
「そして、こいつらは静かに始末しないと、戦術核を炸裂させかねない。ポーランドで見たように奴らは核を奪われるくらいならば炸裂させる。シベリア鉄道はロシア難民で一杯。そして、俺たちは列車には飛び移れるが回収には時間がかかる」
走行する列車から輸送機に戻るのは手間暇がかかる。
その間に戦術核が炸裂しないとも限らない。
これは何もロシア人の乗客だけの話ではないのだ。
「よって、特殊な静音性ローターを使用するステルス輸送機で接近し、静かに護衛を始末する。ドンパチは戦術核を確保してからだ。民間軍事企業に対しては上が努力して交渉しているが、奴らは国連のロシア・ミッションを盾にしている。交渉は難航するだろう」
「少佐。交戦規定は?」
「銃を向けてくる人間はあらゆる手段をもってして殺せ、だ。民間軍事企業だろうと関係ない。第一優先事項は戦術核奪還。第二優先事項は部隊の生還だ」
「了解」
日本人の死体がシベリア鉄道に残ると不味いことになる。
「それからアルファ部隊が可能な限り速やかに列車を止める。インディゴ特殊作戦群は客車と貨物車を切り離す。そうなる前に戦術核を押さえるぞ。列車が止まってからでも、客車と貨物車が切り離されてからでも、戦術核を取り戻すには遅すぎる」
超国家主義派ロシア軍は異常に気づけば、核を起爆する準備に入るものと思われる。
「それではそれぞれの役割分担を決める。俺とアリス、八木大尉と七海は貨物車に降下。月城曹長とリリス、古今軍曹とスミレは輸送機から支援。脱出する際にも支援が必要だし、万が一の場合のバックアップも必要だ」
できれば穏便に戦術核を回収できるのが一番いいのだが、と羽地は語る。
「それから貨物車への侵入にはミュート爆薬を使用する。アメリカ情報軍から特別供与があった装備だ。貨物車はコンテナになっており、停車して、コンテナを下ろさなければ内部には侵入できない。よって、ミュート爆薬でコンテナ上部を吹き飛ばす」
「ひゅー。豪快ですが、核兵器への影響は?」
「そこまで派手に吹っ飛ばすわけじゃない。余裕はある。だが、1回限りの勝負だ。別のコンテナに戦術核が移されていた場合などはミュート爆薬を使っても気づかれるだろう。IDチェックを直前まで行い、その結果として突入する」
「了解」
古今が頷く。
「失敗は許されない任務だ。確実にやり遂げよう」
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