地獄の15キロ
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──地獄の15キロ
『いいトラックを手に入れたな、レオパード』
『使えるものは何でも使わないとな。乗り込め』
保管庫入り口でインディゴ特殊作戦群の隊員を回収すると2台のトラックは保管庫を離れ始めた。それと同時にアルファ部隊が爆薬を起爆する。門は閉じられていたが、爆発音は外まで響く。そして、今頃、保管庫内部は放射性物質に覆われた死の場所と化していることだろう。
『飛ばすぞ。付いて来い、ジャガー』
『了解』
トラックは1台を羽地が、もう1台を八木が運転している。
アリスたちは荷台に移り、追撃してくるであろう超国家主義派ロシア軍に備えている。同じくして衛星から羽地たちの周辺の情報が分析された形で、戦術脳神経ネットワークから送られてきた。
『装甲車複数が保管庫に向かっている。歩兵もかなりの数だ。追いつかれるまでに逃げ切るぞ』
『先輩。戦術脳神経ネットワークに最新情報です。忠誠派ロシア軍の早期警戒管制機が低空を飛行する目標3機を識別。IFFに応答なし。超国家主義派ロシア軍の攻撃ヘリと思われます。接敵は6分後』
『畜生。敵の送りオオカミか。対空戦闘ができる武装なんてないぞ。忠誠派ロシア軍に空軍の出動を要請する』
戦術脳神経ネットワークが危機を察知してぞわりとする。
脳は直ちに判断を下し、分析した情報を手足に送る。
忠誠派ロシア軍のSu-57戦闘機が離陸し、輸送機とともに現場に急行する。
『超国家主義派ロシア軍の攻撃ヘリ。Ka-62攻撃ヘリを3機を識別。警告、敵の対戦車ミサイルにロックオンされています』
「全員トラックから飛び降りろ!」
羽地が叫ぶと同時に二重反転ローターが特徴的な攻撃ヘリから対戦車ミサイルが発射された。対戦車ミサイルはトラックを吹き飛ばし、羽地たちは地面に打ち付けられるようにして転がる。
「畜生。全員生きてるか!?」
『無事です、レオパード。アルファ部隊も無事のようですが、そっちは?』
『インディゴ特殊作戦群の連中も無事だ。だが、ここじゃ対応のしようがないぞ』
森は見えるが1キロは離れている。
「全員すぐに走れ! 走れ! 走れ! 攻撃ヘリに狙われているぞ!」
羽地が叫びながら倒れているインディゴ特殊作戦群の兵士を引き起こす。
『ああ。畜生。ロシア人め!』
『文句は悪いロシア人に言えよ。急いで森に逃げ込むぞ。ここじゃ隠れようがない』
全員が熱光学迷彩を作動させるが、トラックの傍に留まっていては、攻撃ヘリのいい的である。攻撃ヘリが一度上空を飛び去り、旋回して戻ってくる前にトラックから可能な限り離れ、できれば森の中に逃げ込まなければいけない。
そうしている間にも超国家主義派ロシア軍の攻撃ヘリは旋回を終え始め、羽地たちの去ったトラックに向けて80ミリロケット弾を叩き込んで掃討していく。
『あれに巻き込まれたら死体はここに置いていくことになるぞ』
『ロシア人は母なるロシアの大地で眠ることになるだろうが俺たちはごめんだ』
羽地とインディゴ特殊作戦群の指揮官がそう言い、負傷者の傷が急速に体内循環型ナノマシンで塞がれ、修復されて行く。
そして、何とか森の中に逃げ込んだ。
『先輩。戦術脳神経ネットワークに新しい情報。偵察衛星の映像です。多数の装甲車がこちらに向けて進んできています。歩兵もかなりの数です。ローラー作戦で探されたら、熱光学迷彩を使っても無意味です』
『急いでランデブーポイントを目指すしかない』
羽地たちは結局のところ自分たちの足でランデブーポイントを目指して進み始めた。
ランデブーポイントまでは8キロほど。すぐそこだ。歩け、歩け、立ち止まるなと羽地は念じ続ける。全員がひとりも残さず生きて帰れることを願って。
『敵の攻撃ヘリがドローンを射出。森の中を捜索しています。音響探知機能のあるモデルのドローンです』
『クソッタレ。次から次に』
森の中を進めば当然、茂みを揺らす。その音をドローンは拾い上げる。そして、探知した目標に向けて攻撃ヘリが機関砲なり、ロケット弾なりを浴びせるというわけだ。
「全員身を低くして慎重に歩け。ヘリのダウンウォッシュがある間は大丈夫だろうが、すぐに音響探知機能が俺たちを捕捉するようになるぞ」
最悪の猟犬もいたものだと羽地は思う。超国家主義派ロシア軍も高度なドローンを使っている。恐らくは中国製だ。中国は忠誠派ロシア軍と超国家主義派ロシア軍の両方にドローンを売りつけている。
羽地が恐怖をフィルタリングされ、適度な緊張感と人工の殺意だけを抱いた状況で進むのにはるか向こうからジェットエンジンの音が聞こえた気がした。
次の瞬間、上空を飛行していた3機の超国家主義派ロシア軍の攻撃ヘリが撃墜される。忠誠派ロシア軍の戦闘機が間に合ったのだ。
『いいぞ、ロシア人。やっちまえ』
『どっちもロシア人だぞ』
インディゴ特殊作戦群の指揮官が言うのに羽地が呆れてそう返す。
3機の攻撃ヘリを撃墜した戦闘機は大きく旋回すると羽地たちに迫りつつあった装甲車と歩兵の上空を通過し、爆弾を投下する。クラスター爆弾だ。
上空で子弾がばら撒かれ、装甲車やテクニカルの熱源を捉えると自己鍛造弾として作動し、装甲車とテクニカルに向けて高速で貫く金属の槍を降り注がせた。
装甲車は相次いで大破。テクニカルも爆発炎上。歩兵は伏せて、上空から戦闘機がいなくなることを神に祈り始めた。
その隙に羽地たちは地獄の道のりを終えようとしていた。
輸送機が3機ランデブーポイントに現れ、即応部隊であるスペツナズが降下地点を確保する。
「大丈夫ですか!? 負傷者は!?」
「複数いる! だが、まだ自分で歩ける! 手を貸してやってくれ!」
ロシアのアルファ部隊とアメリカのインディゴ特殊作戦群はスペツナズの手を借りて、輸送機に乗り込み、羽地たち第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊も輸送機に乗り込んだ。戦術脳神経ネットワークの情報通り、ここに対空兵器はなく、輸送機は悠々と離脱していき、忠誠派ロシア軍の戦闘機も翼を振って飛び去って行った。
「基地に帰ったらあの連中にビールを奢ってやりたいね」
「あの連中は民間軍事企業の連中ですよ。アリオール・タクティカル。ポータル・ゲートの向こうでも仕事しているらしいですが、全員が元ロシア軍のパイロットだそうです。もう忠誠派ロシア軍には空軍力を民間軍事企業の支援なくして維持できないんですよ」
「そうだったとしてもいいロシア人だ」
インディゴ特殊作戦群の指揮官はそう言って大笑いし、警戒を解いていた。だが、彼の脳のナノマシンは彼に強制的に適度な緊張感を覚えさせているはずだ。
羽地のナノマシンも同様だった。トラックから転げ落ちた際の傷を体内循環型ナノマシンが急速に治療してしまい、それでいて彼の精神を戦場に留めている。
戦闘後戦闘適応調整を受けるまでは眠れもしないと羽地は思った。
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