ピクニック気分
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──ピクニック気分
羽地たちを乗せたステルス輸送機は超国家主義派ロシア軍の哨戒部隊がいるギリギリの線まで近づくと、羽地たちを降下させた。
作戦参加部隊は羽地たち日本情報軍第101特別情報大隊第4作戦群第44分遣隊。ロシア連邦保安庁のアルファ部隊から1個分隊、アメリカ情報軍インディゴ特殊作戦群から1個分隊とそこまで大規模な部隊ではない。
もちろん、忠誠派ロシア軍のスペツナズが即応部隊として控えており、何か不味いことが起きたときは彼らの力を借りることになる。この手の少人数での隠密は万が一の場合が起きたとき、絶体絶命の危機に立たされかねないのであるからにして。
羽地たちは夏のウラル山脈という場所にやってきた。冬は極寒の地だが、夏は涼しいくらいである。ここから隠密を維持したまま、20キロほど進めば、超国家主義派ロシア軍の押さえている戦術核の保管庫に到着だ。
『アリス。ポイントマンだ。俺たちが斥候。アルファ部隊は中央。インディゴ特殊作戦群は後方を担当する』
『了解』
海軍同士の共同作戦が多く、多くの指揮通信ソフトウェアをアメリカ海軍などと共有化させてきた日本海軍と違って日本情報軍の戦術脳神経ネットワークの互換性は日本陸軍との間でしか成立しない。
忠誠派ロシア軍との指揮通信は従来通りの無線で行い、アメリカ情報軍とは日本陸軍が共同作戦部隊として認定していたアメリカ陸軍及びアメリカ海兵隊のチャンネルを使って交信することになった。
部分的な情報のやり取りしかできないが、忠誠派ロシア軍と比べればかなりの融通が利く。忠誠派ロシア軍とは本当に無線とタブレット端末でのやり取りしかできないのだ。
『レオパードよりレイピア・チーム。感度はどうか?』
『ファイブ・バイ・ファイブだ、レオパード。作戦を共にできて光栄に思う。そして、これが噂の日本情報軍の戦術脳神経ネットワークか。興味深い』
『技術的な質問は受け付けかねるぞ、レイピア』
戦術脳神経ネットワークに接続された人間にはある種の守られているという感触を得るらしい。それは巨大な生物の子宮の中にいる感触だとも聞く。ある意味ではそうかもしれない。戦術脳神経ネットワークは巨大な生き物と言っていい。接続された多くの器官と手足、指。それらの得た情報を処理する巨大な脳。その脳から与えられる命令。それは巨大な生物の一部になったような感触だろう。
だが、時にその巨大な生き物は自分の指や手をもぎ取ってしまう。
腐った部位は取り除かなければならない。その上で生物を再構成する。壊死した部位を切り捨てたら、傷を塞ぐための即応部隊を動員し、傷を塞ぎ、もう一方の手で、もう一方の足で任務を達成する。
そして、切り捨てた部位はいずれ義肢で回復させる。
手足は道具だ。守るものではない。守られるべきは中枢。つまり司令部と分析AI。それさえ生きていれば、後は部隊をアタッチメントして任務を遂行するのみ。
だが、それは末期状態に陥った場合だ。通常は手足への損害は『痛み』として戦術脳神経ネットワークに認識され、その『痛み』を止めようと戦術脳神経ネットワークは動く。傷を塞ぎ、鎮痛剤を打ち、手足の『痛み』を止める。
それは即応部隊を動かすことであったり、撤退を命じることであったり、航空支援を与えることであったりする。
『では、進め』
アルファ部隊は型落ちの第3世代の熱光学迷彩だが、インディゴ特殊作戦群は第6世代の熱光学迷彩だ。どちらも夜の暗闇に紛れれば、まず見つかることはない。
羽地たちはゆっくりとウラル山脈の山道を戦術核の保管庫に向けて前進する。
だが、どうやらインディゴ特殊作戦群はピクニック気分のようであった。戦術脳神経ネットワークと遊ぶのが楽しくて仕方ないらしい。彼らは日本情報軍の最高機密の一部に触れているわけだが、自分たちを偵察衛星が撮影しているのがリアルタイムで見れると知って酷く喜んでいた。
それは上空200キロの地点から自撮りができれば楽しいだろうが、そういう玩具はアメリカ情報軍にだってあるだろうにと羽地は思った。
『レオパード。航空支援のオプションは?』
『ジャガー。ロシア軍の機嫌次第だ。ここら辺には地対空ミサイルが複数確認されている。それらのリスクを犯して、ロシア人が俺たちを助けてくれるかどうかだな』
『あまり期待できそうにはないですね』
八木からの通信に羽地はそう答える。
忠誠派ロシア軍が保有するステルス機はSu-57戦闘機だけだが、どうもロシアの防空レーダーは自分たちのステルス機を捉えるようなのだ。忠誠派ロシア軍が対レーダーミサイルを使って敵防空網制圧 任務をやってくれるかどうかは疑問符がつくというのが正直なところだ。
『まあ、俺たちだけを使い捨てにする気はないってのはアルファ部隊が派遣されているから分かるだろう。なけなしの精鋭中の精鋭を送ってくれたんだ。できる限りの支援はしてくれるだろうさ』
アルファ部隊の参加は忠誠派ロシア軍の誠意の表れ、と見るべきだった。日本情報軍とアメリカ情報軍に丸投げして、彼らが死んでも知らんふりをする。そんなことがないと言うことを示す誠意の証。人質ともいう。
『前方400メートル。敵装甲車両複数。兵員2個小隊規模』
『前進停止。ジャガー、ロシア人にも伝えてくれ』
アリスが報告するのに羽地がそう指示を出す。
『ロシア人は熱光学迷彩を剥すための対熱光学迷彩センサーを装備していると聞く。全員、伏せてじっとしてろ』
羽地たちは地面に伏せたまま複数の装甲車と2個小隊規模の兵士たちが移動するのを待った。K-16装甲兵員輸送車とK-17歩兵戦闘車をそのままやり過ごす。
『敵装甲車、歩兵ともに南東の方角に移動』
『輸送機が俺たちを降下させた場所に向かっているな。偶然か?』
羽地が戦術脳神経ネットワークに尋ねる。
『ふうむ。超国家主義派ロシア軍は近隣住民からも情報を得ていいるらしい。民間人にも注意しろ。どこで見られているか分からないぞ』
『人間不信になりそうですよ、レオパード』
古今がそう愚痴る。
『今はしっかりと相棒を信じろ。戦友を信じろ。俺たちが信じられるのはそれだけだ』
そして、羽地たちは前進を再開する。
装甲車は虎の子だったのか一度見かけた切り、それ以降はまるで出くわさなかったが、歩兵とテクニカルのパトロールには何度か遭遇した。全てやり過ごし、ひとりも殺さず、ひとりも殺されず、羽地たちは戦術核の保管庫に迫る。
『レイピアよりレオパード。後方で歩兵が足跡を調べている。軍用犬対策は?』
『ハウンドトラップだけだ』
『足跡を付けないように移動した方がいい』
『可能な限り気を付けよう』
いくら姿を隠せても臭いと足跡だけは残る。
目標まであと僅かだ。それまでは隠密を維持したい。
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