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戦術核の保管庫

……………………


 ──戦術核の保管庫



 ブリーフィングが行われたのは第501統合特殊任務部隊の司令官と忠誠派ロシア軍の司令官が打ち合わせを始めてから3時間後のことだった。


「ウラル山脈。そこにロシア軍の戦術核の保管庫がある。そこが超国家主義派ロシア軍の手に落ちている可能性があることを忠誠派ロシア軍は示している」


 戦術脳神経ネットワーク上にアップロードされたデータがそれぞれのAR(拡張現実)に表示され、ウラル山脈におけるロシア軍の核兵器保管所の位置データが表示される。


 これを公開するのは忠誠派ロシア軍にとって苦渋の決断だったと思われる。自分たちの核戦略を暴露するというのは、国家にとって戦略上の影響を与える。だが、公開しなければ、忠誠派ロシア軍の身の潔白は証明できない。


 既に忠誠派ロシア軍にも核管理の不徹底を指摘する声が欧州を中心に上がり始めており、それを払拭するためにも超国家主義派ロシア軍の脅威を逆に宣伝しなければならなかった。それから忠誠派ロシア軍が不真面目なためにポーランドでの核爆発が起きたということではないことを宣伝しなければならなかった。


 そのため、戦術核の保管庫が超国家主義派ロシア軍に制圧されていることを公開しなければならなかったのである。


「ここから何発の戦術核が流出しているかは分からない。ロシア国外に流出した核もあるかもしれない。超国家主義派ロシア軍が忠誠派ロシア軍を攻撃するために準備している核もあるかもしれない」


 状況は最悪だった。


 超国家主義派ロシア軍は大勢の国外のアナリストたち──そして分析AIが恐れていた通りに、ロシアの核を手に入れていたのだ。最悪のシナリオとして考えられていた超国家主義派ロシア軍による西側への核攻撃という事態は既にポーランドでの核爆発によってなされている。もっと最悪のシナリオをアナリストたちは考えていることだろう。


 もちろん、核弾頭だけ手に入れてもそれを輸送──目標に命中させる能力がなければ、被害は局地的なものに限られる。だが、超国家主義派ロシア軍は核弾頭搭載可能な短距離弾道ミサイル(SRBM)を複数保有していると考えられている。


 そのうちいくつかはモスクワを射程に収めている。


「今回は忠誠派ロシア軍との共同作戦だ。戦術核の保管庫を制圧し、戦術核が何発漏洩したのかを確認する。同時に忠誠派ロシア軍による核のコントロールを回復させる。今回は完全な奇襲でなければならない。敵にまた戦術核を起爆する余裕を与えては、何発の核が流出したのか永遠に分からなくなる。それは避けたい」


 戦術核の管理を行っているデータサーバーも戦術核の保管庫にある。今はスタンドアローンの状態で。超国家主義派ロシア軍はサーバーを忠誠派ロシア軍のネットワークから切り離し、忠誠派ロシア軍による戦術核の把握を防いでいた。


 この時点で既に忠誠派ロシア軍は戦術核の保管庫が超国家主義派ロシア軍の手に落ちたことを知っていたのだが、西側にそれを公表していなかった。そのツケがポーランドでの核爆発である。


 忠誠派ロシア軍は西側を味方に付けておくために黙っていたのだ。もし、超国家主義派ロシア軍も核を手にしていると分れば、西側はそちらとも交渉を行いかねなかった。だが、その可能性は超国家主義派ロシア軍がポーランドで核を起爆した時点でなくなった。


 誰ももう狂犬の相手はしない。そう分ったからこその、今回の忠誠派ロシア軍の情報公開でもあるのだ。だが、遅すぎたという事実は変わらないだろう。もし、あの核爆発でもっと大勢の人的被害が出ていたら、忠誠派ロシア軍への批判は大規模なものになったことだろう。


 もちろん、これまで忠誠派ロシア軍は何度も戦術核の保管庫を奪還しようとしていた。そして、監視任務を行っていたからこそ、ロシア連邦保安庁(FSB)は3発の戦術核を“ウルバン”が買い付けるという情報を入手したのだ。


 だが、監視任務はたびたび超国家主義派ロシア軍の妨害を受けており、本当に流出した戦術核が3発だけのなのかは分からなくなり始めていた。


 超国家主義派ロシア軍も忠誠派ロシア軍と本気で核の殴り合いをしたら、自分たちが負けることぐらいは分かっているだろう。だが、テロによる局地的な戦術核の使用ならば、母なるロシアの国土を汚染してまで忠誠派ロシア軍が核報復に訴えないだろうという考えはあるに違いない。少なくとも分析AIはそう判断している。


 そのテロ的な核の使用を西側は恐れている。その目標が忠誠派ロシア軍という彼らのある意味での同胞ではなく、彼らを援助する忌々しい西側に向けられる可能性もあるのだ。先ほど超国家主義派ロシア軍の短距離弾道ミサイルはモスクワを射程に収めていると言ったが、同時にキエフやワルシャワと言った都市も射程に収めているのだ。


 アメリカはワルシャワを核攻撃されても核で超国家主義派ロシア軍を攻撃したりはしないだろう。もう核の傘が通用する状況ではない。もし、超国家主義派ロシア軍にアメリカが核報復を行えば、忠誠派ロシア軍まで動かざるを得なくなる。


 そしてドゥームズデイ(核による世界の終焉)まであと何歩? という話になるのだ。だからこそ、戦術核の漏洩を確かめなければならない。


 もし、流出した戦術核が3発だけならば、“ウルバン”が購入した分だけ漏洩したという忠誠派ロシア軍側の主張は通る。しかし、依然として“ウルバン”が購入したはずの2発の戦術核は見つかっていない。


 ロシア側の確認ミスか、それとも“ウルバン”は別の方法で戦術核を輸送するつもりなのか。少なくともイービス・ロジスティクスという超国家主義派ロシア軍のダミー企業によるドイツのポータル・ゲート・スリーへの輸送は行われていない。


「今回の作戦は“ウルバン”の購入した戦術核を追跡するための作戦でもある。戦術核の保管庫のデータサーバーにはこれまで保管庫から出ていった戦術核のデータが記録されている。もちろん、ロシアはこういう状況に陥る前に核兵器にIDを埋め込んでいる。IDさえ特定できれば、追跡は可能だ」


 本当にロシア人がちゃんと機能するIDを核兵器に取り付けているという保障はないけどなと羽地は思った。


「では、これより作戦の具体的な内容を説明する。忠誠派ロシア軍と我々の目的はひとつだ。戦術核の保管庫とデータサーバーを無傷で押さえる。そのためには高度な隠密(ステルス)が必要になる。作戦の主力にはその手の作戦に慣れている羽地少佐の部隊を当てたいと思っている」


「了解」


 自分たちに白羽の矢が立つだろうことは前々から想像できていた。この第501統合特殊任務部隊において自分たちより高度な隠密(ステルス)訓練と実戦を潜り抜けた部隊は存在しないのだから。


「それから忠誠派ロシア軍の他にアメリカ情報軍のインディゴ特殊作戦群から1個分隊が参加する。彼らの任務も我々と同じだ。流出した核の情報を調べること。アメリカはずっと大規模な地上軍の派遣の代わりに特殊作戦部隊を派遣して、忠誠派ロシア軍を支援してきていた。我々よりも長い間、だ。文句は言えない」


 どうやらアメリカもこの騒動の野次馬に来たようだ。いや、立場的には日本情報軍の方が野次馬なのかもしれない。アメリカは日本よりずっと前から、忠誠派ロシア軍に特殊作戦部隊を派遣していたのだから。


「では、作戦の具体的な内容を示す──」


……………………

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