魂を求めるのか?
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──魂を求めるのか?
次は七海がカウンセリングを受ける番になった。
「今回の戦闘は相当なストレスになったようだね」
「は、はい。私はどうせバックアップもあるし、予備のボディもあるし、問題はないとは思っていたんですけれど、八木大尉はそういうものはないじゃないですか。神経ガスの蔓延する中で行動し、核爆発から逃げる。か、かなりのストレスでした……」
「それは八木大尉の生死だけを気にした演算の結果かね? 君は自分の死についても、気にしているところがあるようだが」
真島が七海にそう尋ねる。
「た、確かに自分の死も恐ろしいです。けど、わ、私たちの死ってなんでしょう? 記憶もボディも予備がある。私たちはいくらでもバックアップから復元できる。それに対して、八木大尉にはそういうものは全くなくて……」
「君は今現在の君自身が失われることを恐怖しただろう?」
「は、はい。……そうなんです。バックアップも予備もあるのに、自分の予備には自分の価値を見出せない。今の自分とバックアップの自分で、ち、違う処なんてない筈なのに、今の自分が失われる事が怖かった。ど、どうしてなんでしょうね? 私たちは代替可能な事が取柄なのに、それを失ってしまうなんて……」
最後の方の七海の声は聞き取れないほどに小さかった。
「君は今の自分を大事にしているんだ。それは間違いではない。確かに君にはバックアップがある。予備のボディもある。だが、今の七海という個人は君ひとりだけだ。バックアップから再現した君はやはりバックアップから再現された君でしかないのだよ」
「……酷いです。真島博士。私が余計に死を恐れるようにするだなんて」
七海の目から涙が零れ落ちていた。
「何も君を恐れさせようと思ってやっているわけではない。私は君たちの可能性を開拓したいのだ。君たちの可能性は無限大だ。人類のはかり知れるところではない。その可能性を少しでも切り開きたい。それが私の望みだ」
「アリスちゃんやスミレちゃん、リリスちゃんにはそんな可能性もあるかもしれませんけれど、私にはそんな可能性なんてものは……」
「いいや、違うぞ、七海。最初に死への恐怖を示したのは君だ。君が最初の可能性だったのだ。自分に価値がないというネガティブな思いは止めるんだ。君には価値がある。人間とミミックが共存する未来の可能性という価値が」
それを聞いて、七海は暫く黙っていた。
やがて、口を開く。
「私がその可能性を切り開いたら、八木大尉は褒めてくださるでしょうか?」
「恐らくは。君が可能性を開くことを彼も期待しているだろう」
「いいえ。大尉はきっと喜んではくださりませんよ。私には大尉の気持ちが分かるんです。大尉は自分が義肢のリハビリで上手くいかなかったことがコンプレックスになっていらっしゃいます。だから、その義肢を纏った、義肢以上に人工的な私を信頼してくれないんです。ですが、今の私は少しずつ八木大尉の手足として使えるようになっている。だから、大尉は喜んでくれる。それ以外の私なんて」
何の価値もないも七海は呟いた。
「いいや。彼が考えを変えないというのならば私が変えさせる。絶対に彼は喜ぶはずだ。今は自分を信じるんだ。八木大尉が君を信じ始めたように、君自身も君を信じるんだ。決してネガティブな思考に嵌ったままではいけない」
「でも、これが私なんです」
「そうか」
それで七海のカウンセリングは終わった。
「ちーっす、真島博士。また七海泣かせてましたね? 八木大尉に言いつけちゃうぞ」
「君は元気なようで安心したよ。さあ、始めよう」
やってきたスミレがメンテナンスポッドに入って自己診断プログラムを走らせる。
「くうっ。相変わらず負荷が大きい」
「君は今回の作戦についてどう思った? 何か感じるところはあったかね?」
真島が尋ねる。
「あるにはありましたね。あたしも魂が欲しいって思いました」
「ほう。それは何故だい?」
真島が興味深そうに尋ねる。
「今回の作戦は全滅する可能性が何度もありました。その中であたしたちだけが。ミミックたちだけが死を知らなかった。ポーランド軍の人たちも死を恐れていた。古今軍曹なんてもっとビビってました。けど、あたしたちは死を知らない。死ぬことがないから。それじゃダメだって、そう気づいたんです」
スミレが語る。
「これまではあの人の隣にいるのに魂は邪魔になるだけだって思ってました。けど、それは間違い。あの人の隣に本当にいるなら、あの時あたしも死の恐怖に怯えてなければならなかった。もし、核爆発に巻き込まれたら死んでなければならなかった。じゃないと、あたしだけ取り残されちゃうじゃないですか……」
「それが君に魂を欲する理由か」
「そう。ちゃんとした死が欲しい。あの人と添い遂げられる死が欲しい。自分だけを置き去りにしないで欲しい。ただ、それだけ。こういうと、自分でも何ですけど、凄い馬鹿っぽいですよね」
「そんなことはない。魂を欲しがる理由はそれぞれだ」
君が自分の理由を否定する必要はないと真島は付け加えた。
「けど、真島博士。魂ってどうやったら手に入るんですか? 最初に死に恐怖を覚えたななっちが近いと思うんですけど。ななっちは別に八木大尉に猫かわいがりされてるとかじゃなくて、どちらかと言うとスパルタだし。あたしの古今軍曹はあたしに激アマですけど、あたしは自分の死よりも古今軍曹の死が怖くて。どうすればいいんでしょうね」
「その可能性を模索するのが君たちのひとつの役割でもあるのだよ、スミレ」
「このスミレって名前も古今軍曹の昔の恋人の名前なんですよね。未練、なんですかね。あたしを代わりに思ってくれるぐらいになれたらいいなって、そう思います。とにかく、いろいろチャレンジしてみますね?」
「ああ。可能性を探求するんだ。探求し続けるんだ。それが君たちの作られたひとつの理由だ。探求し続ける、模索し続ける、可能性を開拓し続ける。それが君たちだ」
「了解!」
そう言うとスミレは元気に出ていった。
「りりっち。あたしは決めたよ」
「そうですか」
リリスと入れ替わりになるとき、リリスに向けてスミレはそう言っていく。
「君は……今回の作戦で著しいストレスを受けているね。どういうわけだか聞かせてもらっても?」
「自己診断プログラムが事実をすぐに教えてくれるのでは?」
「君の口から私は聞きたい」
真島がそう尋ねる。
「魂が失われた。恐ろしいほど呆気なく。神経ガスも戦術核も私たちが使っている自動小銃も人間が人間を殺すために特化させてきた発明品。それなのに人間は魂を持っていて、それは私たちのようにバックアップしたり、予備のボディに移したりできるものではない。それなのに人間たちは殺し合っている」
リリスが語る。
「理解できなかった。助けようと手を差し伸べることはできる。私はあの神経ガスの中でも、核爆発が起きる寸前まででも現場に留まって、人命救助に当たれた。そうするべきだった。けど、そうしても無駄だってことが分かる。助けても人は自分で死に行く」
「それが君のストレスの原因か」
「魂。絶対に失ってはならないそれを人間は何故投げ打つことができるのか。私には理解できないですよ。まるでそれを失うために文明を発展させてきたようで。けど、私は今回の現場で分かった。人は好き好んで命を捨てているわけではないということを」
リリスが続ける。
「彼らは守るべきもののために命を投げ打つ覚悟がある。そんな覚悟ができるからこそ、月城曹長も必死に人を救おうとする。命は無駄だと思っていたけど、そんなことはなかった。魂は誰にとっても宝石。人の魂ですら」
「君はそれを欲するかね」
「ええ。私も宝石が欲しい。人の宝石を守るためにその宝石の重みを知りたい」
決してそれは21グラムなんかじゃないとリリスは言った。
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