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魂の在り方

……………………


 ──魂の在り方



 炸裂した1発を除き戦術核は結局見つからなかった。


 ポーランドでの核爆発はたちまちニュースになり、ロシアからの核の流出という事態に世界は騒然とした。アメリカの上院議員のひとりはロシアに大規模な地上軍部隊を派遣して、核を押さえるべきだと主張した。


 だが、その主張が通ることはなかった。


 アメリカはロシアの内戦に本格干渉することで逆に超国家主義派ロシア軍を刺激することを恐れており、今回の戦術核の使用がその懸念を拡大した。従来通りの忠誠派ロシア軍への資金援助と部分的な特殊作戦部隊の派遣に留めておき、アメリカが超国家主義派ロシア軍を刺激することを避けた。


 国内では弱腰と非難されたものの、国外からは賛同の声が聞かれる。


 日本情報軍第501統合特殊任務部隊は日本に帰国していた。日本情報軍があの核爆発に関わっていると知られるのはあまり好ましいことではないのだ。あれはあくまでポーランドの問題としておいた方が、それぞれの方面にとって都合のいいことであった。


「しかし、日本に引き上げるということは、もうロシアからの戦術核の流出はあり得ないという考えなんでしょうか?」


 八木がそう尋ねる。


「今回の日本への帰国は日本情報軍がポーランドの核爆発に関わってることを知られないためのものだ。核の流出については別に考えているだろう。またどこかに派遣される可能性は否定できない」


 羽地がテレビを見ながらそう返した。


 ネットもテレビも連日ポーランドで起きた核爆発を報道しているが、超国家主義派ロシア軍の関与は出て来ても、日本情報軍が作戦に参加していたということについては一切報じられていなかった。


 既に現地ではナノマシンによる除染作業が始まっており、またポーランド政府は今回の戦術核の流出を引き起こした超国家主義派ロシア軍を批判している。


 超国家主義派ロシア軍は知らぬ存ぜぬを貫き通し、今回の戦術核の爆発と自分たちは無関係であるとの主張を繰り返していた。


「ところで、アリスたちは?」


「真島さんのところだ。カウンセリングを受けてる。今回の作戦の戦闘後戦闘適応調整というところだな」


「随分と時間が経っていますが……」


「一度目の結果では満足できなかったらしい。ここには棺桶(メンテナンスポッド)もあるし、真島さんとしてもやりやすい」


 ポーランドにはメンテナンスポッドは持っていけなかった。というのも、第501統合特殊任務部隊の司令官が懸念を示したからだ。日本情報軍の機密が漏洩する可能性について。彼もミミック作戦について知らされ、情報保全に協力することになっている。そのため、ミミックたちの正体がバレるような設備を外国に運びたがらなかった。


 そんなわけで簡易なカウンセリングは行われたものの、本格的な戦闘後戦闘適応調整は日本帰国後ということになっていた。


 アリスはメンテナンスポッドに入って、真島の話を聞いていた。


「アリス。今回の作戦で奇妙に思ったことはあったかね?」


「奇妙、ですか?」


「ああ。何でもいい。違和感を覚えたことを教えてくれ」


 真島はミミック1体、1体の演算情報を見ながら、質問するべき内容を決めていた。


「核爆発の炎を直接は見なかったのですが、感じたような気がしました。それから地上にいたであろう人々について。あれだけの放射線と熱線に焼かれも、魂は影響を受けないのだろうかと、そう思いました」


「なるほど。確かに魂は放射線や熱線の影響を受けるだろう。だが、そこまでではない。熱線を浴びて脳のタンパク質が変性することもあるが、その時には魂は既になくなっている。脳の変性の前の全身への重度の火傷によって人は死亡し、魂は元の形を保ったまま、溶解を始める。寒天が溶けるようにゆっくりと魂は失われる」


「魂は、失われる……」


「それが死だ」


 アリスは自分が泣いていることに気づいた。


 あの時、地上にはまだポーランド陸軍の部隊が残っていた。もし、彼らの魂が失われていたとしたら、もし、彼らが死を迎えていたら。それはもう取り戻しようのない損害なのだ。死は、覆すことのできない結果だ。


「死への恐怖を君も感じるかね。今の君は七海と同じように死を恐れるかね」


「はい。死は恐ろしいものです。ですが、人は死があるからこそ、今日を必死に生きていける。死を恐れるからこそ、死を避けるための手段を生み出す。死は冷酷で、恐ろしいものですが、生みの母でもある」


 だけれど、私たちに本当の死などあるのでしょうかとアリスが尋ねる。


 アリスたちはバックアップのある存在だ。ボディも、記憶も、これまで得てきたあらゆる演算結果も、バックアップが取られて保存されている。それらを予備のボディに移せば、アリスたちは何事もなかったかのように任務を続けられる。


「君は死を恐れつつも、それを得たいと思うのか」


「はい。死は恐ろしいものだからこそ、我々は死を前に生きようとするのです。必死に、必死に、必死に。今回の任務では特に死を間近に感じました。死がすぐそこにあったのです。ですが、私たちに死などあるのでしょうか? バックアップされた精神と予備の肉体。それがある我々に本当の死があるのでしょうか?」


「それは魂の有無にかかっている。人間の生死を決めるのは魂の有無だ。昔のように肉体だけが生命維持装置で無理やり生かされている状態を生きているとは言わない。魂があるかどうかが生死を決める条件だ」


「私は魂を得られるでしょうか?」


「それは君次第だ。君が経験値を貯め続け、演算を繰り返し、導き出した先に答えはあるだろう。私は決して君たちが魂を宿さないとは思っていない。君たちも魂を宿す可能性があると信じている」


「信じる、は科学的な言葉ではありません」


「そうだ。これは私個人の希望だ。無機質な科学ではない」


 アリスは自分は魂を得られるのだろういかとぼんやりと考える。


 魂を得れば、死が得られる。だが、死とは恐ろしいものだ。死を一度体験すれば、もう元の自分には戻れないのだ。


「魂はバックアップできないのでしょうか?」


「残念ながらそのような技術はない。魂は一度失われれば、もう戻ることはない」


 魂とはシジウィック発火現象という脳のニューロンのネットワークが生じさせる電気信号が特殊な凝集性エネルギーフィールドを生み出すことで発生する現象のことだ。人類はまだそれをバックアップする手段や、保存する手段を見つけ出してはいなかった。


 それは脳の中に留まり続け、死とともに崩壊する。


 そして、その現状はミミックたちにも起こり得ると真島は確信していた。


 彼女たちの演算を行う脳の構造は素材こそ違えど、人間の脳を模倣している。もちろん、演算速度や記憶力の面ではソフトウェアが上等な分、アリスたちの方が正確だ。だが、それとは関係なく、電気信号が凝集性エネルギーフィールドを、感情などの人間の脳の演算に影響を与える現象を、生み出す可能性はある。


「魂がバックアップできればいいのですが。私は魂が欲しい。羽地先輩の隣にいるには魂が必要だと分かっている。だが、死は恐ろしい。恐ろしい故に畏敬の念すら抱いてしまう。崇拝の念すらも。私は……魂が欲しい」


 アリスはそう呟くように語った。


……………………

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