作戦要員の動員
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──作戦要員の動員
羽地は日本大使館に戻ってからことのあらましを日本陸軍大佐に伝えた。彼はそれをすぐに大使に伝え、大使は外務省に直ちに報告した。
外務省は直ちに動き、首相に報告。
それと同時にアメリカにも同様のことが駐日大使を介さず、首相から直々にアメリカ合衆国大統領に告げられる。
国家安全保障会議が直ちに開かれ、日本はロシア政府への圧力をかけることでアメリカと歩調を合わせる。戦術核流出の事実を知らされた他の西側諸国もロシア政府に対して圧力をかける。
その結果、ロシア政府が動いた。
ロシア政府は戦術核の奪還を決定。
ロシア連邦保安庁のアルファ部隊。ロシア連邦軍参謀本部情報総局所属のスペツナズが動員され、超国家主義派ロシア軍が陣取るウクライナ東部に投入される運びとなった。
羽地たち日本情報軍も技術的アシストを目的に作戦参加することなる。
「ロシア人が戦術核を漏洩させた」
羽地が第44分遣隊の八木やアリスたちを前にそういう。
「悪いロシア人たちが戦術核を途中で使用しないという保障はない。運が悪ければ、クレーターの下に埋もれる羽目になる。だが、我々はこれを阻止しなければならない。任務への参加は志願制とする。望まないものは参加しなくていい」
羽地がそう言うと八木たちの表情が変わった。
「志願するものは一歩前へ。そうでないものはその場で待機」
羽地がそう言うと全員が一歩前に出た。
「ありがとう。だが、作戦は困難を極めるだろう。忠誠派ロシア軍も戦術核の所在を把握していない。どこで取引が行われるかも謎だ。今、ロシア国内でドローンが投入され、偵察衛星も軌道を変更して情報を集めている。彼らが情報を手にすることを祈ろう」
日本情報軍空間情報軍団の偵察衛星と戦略級大型ドローンの偵察によって戦術核の居場所を、羽地たちは暴きだそうとしていた。
だが、出力2キロトンから5キロトンの戦術核を探し出すというのは簡単な仕事ではない。戦略核のように巨大でもなく、トラックなどで輸送可能なその核弾頭を航空偵察のみで把握するのは不可能と言えた。
そこで忠誠派ロシア軍が動いた。
忠誠派ロシア軍のアルファ部隊とスペツナズはウクライナ東部に浸透し、情報収集に当たった。その過程で彼らは戦術核について把握した。
ウクライナ東部からベラルーシを介して、ポーランドを経由し、ドイツのポータル・ゲート・スリーに戦術核は運び込まれる可能性が大との報告を彼は行った。
「いよいよショータイムだ」
羽地がそう告げる。
「忠誠派ロシア軍とともに戦術核を奪還する。もちろん、取引がパーになることを悟った超国家主義派ロシア軍が戦術核を途中で起爆することは否定できない。それだけ超国家主義派ロシア軍は団結している」
羽地が語る。
「だが、戦術核をみすみす“ウルバン”に渡すわけにはいかない。ポーランドでは第501統合特殊任務部隊が待機している。だが、その前にロシアの大地で戦術核を奪還することを目指す。それが我々の方針だ」
羽地は静かにブリーフィングを行う。
「戦術核は一発たりともポータル・ゲートの向こう側に持ち込ませない。横浜条約にも定められている通りだ。大量破壊兵器のポータル・ゲートの通過は認められない。何より、“ウルバン”という混沌をもたらす人間に戦術核は渡せない」
“ウルバン”は陣営に関係なく武器を売り払う。
“ウルバン”が3発の核弾頭を手にして。それを売る相手が対立しあっている軍閥という可能性は否定できない。対立しあっている軍閥は戦術核を相手に対して容赦なく使用するだろう。彼らは核兵器の恐ろしさなどしらないのだ。
最悪の状況。“ウルバン”が売却した3発の核弾頭がポータル・ゲートの向こう側で炸裂するという可能性。
それだけは避けなければならない。
「今回の作戦には忠誠派ロシア軍も参加するが、戦術脳神経ネットワークは使用できる。ひとつの部隊として作戦には参加したが、あいにくロシア人を刺激しないためにふたつの班に分かれる。俺とアリス、月島曹長とリリスの部隊。八木大尉と七海、古今軍曹とスミレの部隊。それぞれで任務を達成してほしい」
羽地は8名のグループを二つに分けた。
今回の日本情報軍のロシア国内への問題の加入はあくまでロシア軍に技術的アシストを行うためだ。羽地たちが直接戦術核を奪還するわけではないのである。
そこのところを間違えないようにしなければ、忠誠派ロシア軍からも支持を失ってしまうことに繋がりかねない。
「言いたいことあるだろうが、今のところはこれはロシア国内の問題だ。我々がコミットできるだけ幸いと思わなければならない」
戦術核がロシア国内に留まっている間はロシア軍──忠誠派ロシア軍の指揮下で行動しなければならない。日本情報軍と言えど、公式にコミットした以上指揮権を勝手に握るわけにはいかないのである。
「戦術核はどこに?」
「今、空間情報軍団の偵察衛星と戦略級超大型ドローンが追跡している。戦術核と思しきものを発見したのはウクライナ東部のドネツク。そこからウクライナと超国家主義派ロシア軍の紛争地域内を通過して、ベラルーシに入ろうとしている。一時的にロシア国内を柄?するベルゴロドだ。ベルゴロドを通過する際に我々は襲撃する」
羽地が戦術脳神経ネットワークで全員と情報を共有する。
「鉄道ですかね」
古今がAR上の地図を見てそう尋ねる。
「それが分からない。鉄道と車両の両方で輸送している可能性もある。今のところ分かっているのは、おおよその輸送ルートだけだ。ベルゴロドは間違いなく通過すると天満は睨んでいる。それではそろそろ時間だ。他に質問は?」
「ロシア人の指揮下で戦えばいいんですか?」
「形の上ではな。こちらはアシストが任務で、奪還そのものはアルファ部隊やスペツナズの仕事だ。連中が仕事をしてくれるように最大限の支援を行ってくれ」
「了解」
八木がそう言って頷く。
「それではヘリに乗り込め。ロシア人と愉快な仲間で作戦開始だ」
ロシア製の輸送ヘリが滑走路に現れ、羽地たちはそれに乗り込んでいく。
ヘリは羽地たちを乗せて離陸するとベルゴロドに向けて飛行していった。
辺りは紛争地帯。超国家主義派ロシア軍はウクライナとの停戦協定を破り、返還されたはずのウクライナ東部を再占領している。ウクライナ軍には奪還できる能力はなく、超国家主義派ロシア軍の聖域と化していた。何せ、そこにいる限り、忠誠派ロシア軍は爆撃も砲撃もできないのだ。忠誠派ロシア軍は停戦協定を維持しているために。
その聖域から戦術核は運び出されようとしていた。
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