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西側との因縁

……………………


 ──西側との因縁



 現場はロシア連邦保安庁(FSB)によって封鎖され、元スペツナズ(特殊任務部隊)の兵士たちの死体が回収される。超国家主義派ロシア軍の細胞である彼らは死後、何か情報を握っていないか、徹底的に調べ上げられ、死体は焼却炉で焼かれる。


「ひとりぐらいは生かしておいてもらいたかったものだな」


「じゃあ、今度はあんたらがやれよ」


「ふん。ロシア人同士で殺し合ってる状況は西側からすれば、さぞ楽しいだろうな」


 オリェークとの会話はロシア連邦保安庁の安全な会議室で行われることになった。


 水漏れの原因だったロシア連邦保安庁の捜査官は、あまりに急ぎすぎていたらしい。この前の攻勢で完全に忠誠派ロシア軍を畳み切れず、超国家主義派ロシア軍も打撃を受けたのに、忠誠派ロシア軍が西側から支援を受ける可能性が高いという情報を得て、行動に移らざるを得なかったようだ。


 今頃はロシア式の尋問が行われていることだろう。


「別に楽しくはないさ。一歩間違えば西側を憎んでしょうがない連中が核弾頭1万発と一緒に権力の座に就くんだ。北方領土の奪還もあるんじゃないかってピリピリしている。悪いロシア人は北方領土を日本に返還したことを認めたくないみたいだったからな」


「俺たちだって面白くない。北方領土は第二次世界大戦であんたらに勝ったから手に入った領土だ。それを易々と譲ってやるなんて、戦争で死んだロシア人が聞いたらあの世で激怒するだろうさ」


 オリェークはそう言いながらアリスを見た。


「日本人は子供を使うのか?」


「ああ。ロシア人も最近では使いだしたと聞くぞ」


「悪いロシア人たちはな。いいロシア人は使わない。子供を使うなんて卑怯者のすることだ。恥ずかしくはないのか?」


「別に」


 オリェークはそれなりに訓練を受けていた自分があっさりとアリスに絞殺されかけたのが気に入らない様子だった。


「まあ、過ぎたことはいいだろう。それよりも情報だったな」


「ああ。“ウルバン”という人間について聞いたことは?」


「あんたらは“ウルバン”を個人だと断定できる情報を持ってるのか?」


「いいや。あんたは集団だと?」


「どっちとも言えない。“ウルバン”は探れば探るほど分からなくなる存在だ。悪いロシア人と取引していることは間違いないが、中国人とも取引している節がある。把握しているだけでも個人の資産とは思えない額の取引をしている。だが、ポータル・ゲートの向こう側じゃ武器の値段が高騰しているんだろう?」


「特にIDのない武器は」


「ふむ。じゃあ、こいつが大成功した個人って可能性も捨てきれないわけだ」


 どうやらロシア連邦保安庁は取引額から“ウルバン”が個人なのか、集団なのかを特定しようとしていたようである。


「なあ、教えてくれないか。“ウルバン”は今度は超国家主義派ロシア軍から何を買うつもりだ? 今度の“ウルバン”の買い物は最大規模だって聞いてるぞ」


「けっ。悪いロシア人のことを俺たちが何でも知ってると思っているのか。西側の連中はいつもそうだ。ロシアを秘密結社か何かだと勘違いしてやがる」


 オリェークがそう吐き捨てる。


「エネルギー革命だってそうだ。核融合発電。ロシア人に技術を売ったら、瞬く間に悪用されるからロシア人には技術を提供しないでおこうってな。これまで俺たちの天然ガスのおかげで凍死せずに済んでいた連中が、ガスの代わりになるものを手に入れた途端に手の平返しだ」


「俺に言うなよ。俺が思うにあんたらはガスに頼った外交をしすぎたんだと思うぞ。何かあればガスを止めるぞと西側を脅してきた。そりゃ西側の人間だって腹を立てるさ。だが、あんたらは反省せずにガスを外交に使い続けた。ガスに頼らずによくなればその意趣返しをしてやろうと西側の人間だって思うさ」


「いつだってロシアは悪いものってことだろ」


「そうは言ってない」


 羽地はいつまでオリェークの西側への愚痴を聞かなければいけないのだろうかとうんざりし始めていた。


「オリェーク。今回の“ウルバン”の取引で損をするのはあんたらも同じだ。そうだろう? 何を売るのか分からないが前金に1000万ドル払っているんだ。そこにあと8000万ドル加わったらどうなる? 不味いことになるのは明白だろ?」


「西側のせいだ。西側がロシアへの敵視を続けたせいで国は分裂した。経済制裁をもっと早く解除してくれていたら、ロシアが分裂するようなことも1万発の核弾頭が危機に陥ることもなかった」


「ああ。あんたらがウクライナに侵攻するなんて馬鹿をやらかさなきゃ、前の政権が倒れた段階で経済制裁なんて解除されてたし、オリンピックにだって普通に出場できていただろうさ。オリェーク。言っちゃ悪いが自業自得だ」


 なんでもかんでも西側が悪いというのは全部ロシアが悪いというのと同じだぞと羽地は指摘する。


「だが、西側のせいで今のロシアがあるんだ。この救いようのない状況があるんだ。いいのか? 超国家主義派ロシア軍の連中はもっと西側を憎んでいる。連中が政権を握ったらワシントンD.C.と東京に核を叩き込んだっておかしくないんだぞ」


「そうならないように西側があんたらを支援するんだろう。安心しろよ。俺たちはあんたらに勝ってもらいたい。それは嘘じゃない。超国家主義派ロシア軍が政権の座に就く? 冗談じゃない。誰もそんなことは望んでない」


「なら、支援を明確にしてくれ。俺たちには戦費が必要だ。軍人たちにちゃんと給与を支払わないから今回のような騒動が起きたんだ。ちゃんと軍人には報いてやりたい。もちろん、俺たちのような国を守っている人間にも」


「で、ドルか、ユーロか、それとも人民元か?」


「ドルだ」


「分かった。近いうちにあんたにいいプレゼントが届くだろう」


 全く。こいつも悪いロシア人の仲間じゃないのかと羽地は思い始めていた。


「それで、教えてくれ。“ウルバン”についてあんたらが知っている情報。そして、今回の“ウルバン”の取引について」


「分かった、分かった。教えよう。情報機関同士の情報共有は重要だ。テロの脅威が差し迫っているような状況では」


 とてもではないがさっきまで賄賂を要求していた人間の言葉とは思えない。


「“ウルバン”は超国家主義派ロシア軍の指導者マクシム・アレクセーエヴィチ・マカロフと相当懇意にしているらしい。というのも、連中が握ったであろう強力な兵器について取引が進められているからだ」


「おい。まさか……」


「そうだ。戦術核弾頭。出力は2キロトンから5キロトン。それが3発、“ウルバン”に対して売却されるとの高い確証性のある情報を得ている。取引を阻止しようとしたが、超国家主義派ロシア軍の勢力下でこっちは活動できない。活動できる部隊はいるんだが、大統領がイエスと言わないんだ。連中は取引を阻止されると分かったら核で自爆して、ロシアの大地にクレーターを穿つと思っている」


「かなり不味いぞ」


 戦術核の流出については前々から指摘されていたが、まさか本当に戦術核が流出すると想定した人間は何人いるだろうか?


「俺たちも協力する。戦術核を何としても奪還しよう」


「大統領にイエスと言わせてくれ。外交的圧力というものをかけてくれ。そうしないと、俺たちは本当に悪いロシア人になっちまう」


「ああ。大至急報告して圧力をかけさせる。アメリカにも連絡していいか?」


「もちろんだ。とにかく大統領を動かしてくれ。俺たちはいつでも動ける」


「なら、無駄話は省くべきだったな」


 畜生。戦術核だって? そんなもの1発でも持ち込まれたら終わりだぞ。


 羽地はそう思いながらアリスと一緒にロシア連邦保安庁の建物を出て、日本大使館に戻った。


……………………


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