コンタクト
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──コンタクト
羽地の思ったように日本情報軍の前任者は後任のためにちゃんとお土産を残していってくれていた。45口径の自動拳銃とサプレッサー、5.56x45ミリNATO弾を使用する個人防衛火器とやはりサプレッサー。そして、何の用途にも使用できるカーボンファイバーのワイヤーと。
羽地は自動拳銃にサプレッサーを装着して、スーツ内に隠したホルスターにそれを修める。アリスはバイオリンケースに個人防衛火器を収めた。
そして、羽地たちはロシア連邦保安庁のカウンターパートに会いに大使館を出る。
防弾仕様の公用車で、羽地たちは接触場所である公園に向かう。
新ロシア政権は最初に起きた忠誠派ロシア軍と超国家主義派ロシア軍の衝突で起きた建物の破壊を修復しようとしていたようだが、未だに資金不足が原因で、破損したままだったり、工事中のままだったりする建物が見られる。
羽地たちは車を進め、公園に到着するとARで接触相手を検索する。日本情報軍がロシア連邦保安庁の職員名簿を持っていても何ら不思議ではない。敵について知るのは優先事項だ。
AR上にロシア連邦保安庁の捜査官がマークされる。把握できるだけで2名。いずれもカウンターパートの人間ではない。となると、向こうもこっちが信頼できる人間か様子見しているというところだろうかと当たりを付ける。
羽地たちは車を降りて、指定されたベンチに腰掛ける。
ロシア連邦保安庁の捜査官は暫くの間、接触してこなかったかったがやがて動き出し、羽地の周りを確認するとベンチに座った。
「オリェークは予定が変わった。接触場所を変更する。この住所の位置に行け。オリェークはそこで待っている」
「それ信じるべき根拠は?」
「行かなければ、情報はない」
ロシア連邦保安庁の捜査官はそう言って立ち去った。
「さて、予定変更だ。気に入らないが、主導権は向こうにある。乗せられてやろうじゃないか。何をするつもりなのかは分からないが」
「了解」
羽地はARで住所を読み込み、地図に表示する。地図の位置は忠誠派ロシア軍と超国家主義派ロシア軍の衝突した場所で、廃墟になっているエリアだった。
羽地は車を進めると、目的の住所に到着した。
『アリス。これからのやり取りは生体インカムで』
『了解』
羽地は目的の建造中だったオフィスビルに入る。
コンクリートが剥き出しの建物で、本当に工事途中で内戦が勃発し、放棄されたと思われるものだった。羽地は戦術脳神経ネットワークに接続し、周囲の情報を要請する。偵察衛星が数時間前に撮影した映像が表示される。数台の車で出入りした様子がある。
間違いなく、敵性勢力のお出迎えがあるだろうなと思いつつも、どうしてロシア連邦保安庁が外国人にこの手の人間の相手をさせるのだろうかと疑問に思った。
まあ、考えてもどうしようもな。ここにカウンターパートがいなければ、さっきの捜査官の件をロシア連邦保安庁に苦情とともに申告するだけだ。名前は記録しているし、生体情報も記録している。
『羽地先輩。上階から複数名の人間が下りてきます』
『アリス。遮蔽物に。狙撃にも警戒』
『了解』
アリスが速やかに遮蔽物に隠れ、羽地は様子を見る。
『おいでなすった』
サプレッサー付きのAK-12自動小銃で武装した一団が姿を見せた。数は8名。だが、上層にまだ敵がいることを羽地も把握していた。偵察衛星が撮影した画像には10名以上の人間が移動できるだけの車列が映っていたのだ。
「日本情報軍の人間だな?」
「いいや。日本大使館の外交官だ。日本情報軍とは関係ない」
「オリェークという男を知っているだろう」
「知らないね」
「殺せ」
男たちが一斉に銃口を羽地に向けようとする。
そこで個人防衛火器を装備したアリスが飛び出し、的確に敵の兵士の頭と胸に銃弾を叩き込んでいく。
男たちは混乱に陥り、アリスに銃口が向けられかける。
そこで羽地が自動拳銃を抜き男たちを銃撃する。混乱が加速したロシア人が叫び、自動小銃を掃射すると上階へと退避した。
『アリス。追撃する。外から回れ』
『了解』
アリスはいったん外に出てワイヤーを突き出た2階の部分の突起に引っ掻け、壁を昇っていく。羽地は死亡したロシア人の落としたAK-12自動小銃を拾い、同時に死亡した男たちの生体情報を戦術脳神経ネットワークにアップロードし、情報を求める。
それからゆっくりと階段を上っていき、ロシア人たちが叫んでいる中で、前任者が残していってくれた強襲制圧用のスタングレネードを投擲する。
爆発的な閃光と音によって男たちが怯みながらも、銃弾を羽地に向けて放ってくる。強襲制圧用のスタングレネードに耐える訓練を受けているとは、元特殊作戦部隊のオペレーター辺りか? と羽地は思った。
羽地は階段から銃だけを出して制圧射撃を行う。
正直に言えば、羽地は囮だ。本命はアリスだ。
アリスが窓ガラスを破って突入するのが分かった。
羽地も同時に階段を駆け上り、敵を引き付ける。
アリスはワイヤーを使って外から2階に乗り込み男たちを射殺して行っている。羽地も十字砲火の形でロシア人たちを射殺していく。
『アリス。敵はまだいるか?』
『反応なし。クリアです』
『ご苦労。丁度、新手のお出ましだ。俺が表に出るから、表に出たらすぐに降下してきてくれ。バックアップを頼む』
『了解』
そして、戦術脳神経ネットワークから情報が届く。
男たちは元ロシア連邦軍参謀本部情報総局所属のスペツナズだったようである。元というのはロシアが分裂した日にこのロシア人たちは悪いロシア人の方に──超国家主義派ロシア軍の方についたのだ。
羽地はその情報を確認しながら、モスクワにも超国家主義派ロシア軍の細胞が入り込んでいるということは事実だったのだなと認識する。日本陸軍大佐の言っていたことは事実だったらしい。問題はどうしてロシア連邦保安庁がこのロシア人たちと羽地たちが遭遇するように仕込んだかである。
「ようこそ、ロシアへ、同志」
「あんたがオリェークか?」
「いかにも俺が──」
2階から降下したアリスが素早くオリェークと名乗るロシア人の背後に回り、ワイヤーで首を締め上げる。
「待て、アリス。そいつは本当にロシア連邦保安庁の人間で、接触相手で間違いない」
「了解」
アリスはワイヤーを緩め、個人防衛火器をオリェークと名乗る男の頭に突き付けた。
「オリェーク。オリェーク・アキーモヴィチ・オルロフ。ロシア連邦保安庁の捜査官だな。どういう事情で俺たちをこんな状況に置いたのか、聞いてもいいか?」
「水漏れの点検だ。我が家に水漏れがあるようで、その原因を確認したかった。候補者は絞られていたが、決定的な証拠がない。それで今回、水漏れするのかどうか試してみたところだ。公園でうちの人間にあったな? そいつが裏切者だ」
「全く。客人をこんな風に扱うのか、ロシア人は?」
「そういう日本人は人のうちに銃火器を持って押し入るのか?」
「正当防衛だ」
羽地はそう言ってアリスに銃口を下ろすようにハイドサインを送る。
「さて、ようやく情報とやらを聞かせてもらえそうだな?」
「ああ。もちろんだ。今回の件には西側もたまげるだろう」
オリェークはそう言って不敵に笑った。
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