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いいロシア人

……………………


 ──いいロシア人



 大使館のアタッシェとして赴任する羽地は空港で大使館スタッフの出迎えを受けた。現地に既に赴任している駐在武官の日本陸軍大佐と合流し、盗聴対策が施されたスモークガラスの公用車の中で、現地情勢について簡単な説明を受ける。


 先月、超国家主義派ロシア軍による大規模な攻勢があり、忠誠派ロシア軍が押されたこと。忠誠派ロシア軍は立て直しのために西側に支援を求めていること。アメリカを始めとする西側は特殊作戦部隊などを派遣してこの要請に応じるつもりであること。


 超国家主義派ロシア軍も忠誠派ロシア軍に一時的に勝利したものの、資金源が貧弱になり始め、鹵獲した忠誠派ロシア軍の兵器を他国に売却しつつあるとのことだった。ウルバンが手に入れるのが、この兵器だと言う可能性はあった。


 羽地たちの身分を部分的に大佐に明らかにされていた。日本情報軍少佐であるということ。第501統合特殊任務部隊の所属であること。それだけだ。アリスについては『羽地アリス』という羽地の娘として登録されていた。パスポートでも。


 未婚にして子供がいるということになったのは何とも不可解な気分であったが、日本情報軍がそうだと決めたのならば、そうだと従うしかない。


「これから君が会うことになるカウンターパートは日本との友好も確かだ。いいロシア人ともいえるだろう。そういうものが存在すれば、だが。結局のところ、向こうも下手なことを探られたくないから、自分たちの側から情報を準備するというものだ」


 日本陸軍の大佐が語る。


「今の忠誠派ロシア軍は危機的だ。西側の支援は欲しい。だが、これ以上西側寄りになって、超国家主義派ロシア軍の勢力が増すのも好ましくないということなのだから。表向きは友好的だろうが、彼らの言うことを全て真に受けないようにな。まあ、日本情報軍の所属である君には釈迦に説法だろうが」


「いえ。助かります。ロシアでの任務は初めてですから」


「であれば、悪いロシア人には気を付けたまえ。モスクワは忠誠派ロシア軍の支配下にあるようで、超国家主義派ロシア軍の細胞が入り込んでる。連中は西側と忠誠派ロシア軍の関係を断つことに熱心だ」


 悪いロシア人がいいロシア人の振りをして西側の人間を殺せば、それだけで関係は悪化するというわけである。もちろん、西側がそれを信じれば、の話であるが。


「接触はいつ?」


「明日だ。それまで大使館の外に出ることはお勧めしない。まだ攻撃は行われていないが、モスクワは超国家主義派ロシア軍の保有するミサイルの射程に入っている」


 いつ空からミサイルが降ってきてもおかしくないという状況なわけである。


 大使館にはシェルターが準備されている。核攻撃されても耐えられはするだろう。


「では、今日は大使館でゆっくりさせてもらいます」


「日本陸軍としても超国家主義派ロシア軍からの武器流出には懸念を持っている。できる限りのことは協力するつもりだ」


 日本陸軍の大佐がそう言った時、車は大使館に到着した。


 大使館内でゲストルームに案内され、羽地とアリスは一段落する。


「羽地先輩。武器は必要でしょうか?」


「必要だろうな。後で大佐に使える武器があるか尋ねてみよう。日本大使館は日本情報軍も活動拠点にする場所だ。俺たちの前任者が何か残していってくれていることを祈る。流石に俺たちは急すぎて武器を送る余裕もなかったからな」


 羽地はそう言いながらも長いフライトで疲れた体を休ませたいという思いで一杯だった。どうにも飛行機での移動は苦手なのだ。


「その、羽地先輩。今は任務中でしょうか?」


「一応そうなるな」


「そうですか……」


 アリスが見るからにがっかりする。


「ああ。プライベートな時間、最近取ってなかったな。いろいろとごたごたしていたせいで。今日も1時間くらいならいいぞ」


 それを聞いてアリスが顔をぱあっと明るくさせる。


「それでは、お話をさせてください。私は生まれは地球なのですが、ほとんどの時間をポータル・ゲートの向こう側で過ごしました。そのため地球のことには疎いのです。ロシアという国は日本とどのような関係にあるのですか?」


「ふむ。仕事の話に近いな。大佐が説明したように忠誠派ロシア軍はいいロシア人だ。西側に歩み寄っている。日本との関係も良好だ。北方領土も返却されたしな。というよりも、返却しなければロシアへの経済制裁を続けると圧力をかけたんだが」


 羽地は日露関係について簡単に説明した。


 第二次冷戦期の中でロシアが孤立する中で日本もロシアを見捨てたこと。エネルギー革命の影響。北方領土問題。中国とロシアの再度の歩み寄りへの警戒。


 日本という国の軍隊にとってずっとロシアは仮想敵国であり、今もそうであること。


「そこまで関係が悪いのに協力できるものなのですか?」


「まあ、利害の一致という奴だな。忠誠派ロシア軍は西側の支援が欲しい。西側は超国家主義派ロシア軍が権力を握ることを望まない。そういう都合の上で今の協力関係が成り立っていると言える」


「国とは難しいことを考えるのですね……」


「俺たちのような駒には関係のない話さ。俺たちは行けと言われ場所に行き、やれと言われたことをやる。それだけの駒だ」


 ただの駒よりもそれは確かに自由裁量の権限は大きいもののと羽地は語る。


「駒、ですか」


「もちろん、俺にとってアリスは駒じゃないぞ。大事な相棒だ。だが、日本情報軍のお偉方にとってしてみれば、俺たちは駒なのさ」


「私は羽地先輩の役に立てていますか?」


「ああ。これ以上ないってほどにな。アリスがいなければ何も始まらない」


「そうですか」


 そういうアリスはとても嬉しそうだった。


「明日もよろしく頼むぞ、アリス」


「はい」


 明日はいよいよロシア側のカウンターパートとの接触だ。


 日本情報軍がロシア連邦保安庁と協力していることには驚かされたが、確かにロシアの情報を探るならば彼らと手を結んでいて損はない。


 しかし、と羽地は考える。


 カウンターパートが本当に信頼できるかは別問題だ。忠誠派ロシア軍の全軍が本当に政府に忠誠を誓っているとは限らないし、忠誠派ロシア軍の中に超国家主義派ロシア軍の細胞が混じっていないとも限らない。


 コンタミネーション。


 汚染の可能性は否定できない。ロシア連邦保安庁の人間が本当に信頼できるかどうかは、会ってみて、喋ってみるまで分からないだろう。幸いにして羽地には向こう側が知らないことを知っている。そこから探れば、信頼の有無は確認できるだろう。


 久しぶりの人的情報収集任務だが、羽地にはこの手の任務の経験がある。別に恐れることはない。ここはモスクワで、忠誠派ロシア軍は羽地たちに死なれることに困るだろう。忠誠派ロシア軍のバックアップは期待できる。


 だが、自分たちが死んだ後になって動いてもらうのは困る。生きているうちに動いてもらわなければ。大佐にはちゃんとバックアップが得られるように話を通しておこう。機密情報は喋れないが、それ以外のことは喋っておく。情報の共有は合同作戦を成功に導くカギだ。


 羽地はそう思いながらも眠たくなり、風呂から上がると眠りについた。


……………………

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