1ダース6ドル
本日1回目の更新です。
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──1ダース6ドル
日本情報軍の任務は軍閥の指導者を暗殺するだけのものではない。
確かにその傾向は大きいが、決してそれだけではないのだ。
ステルス輸送機で目標の傍に迫り、目標の頭に鉛玉を叩き込んで、それからついでに何名かの子供兵をナイフや銃で殺して、仲間とともに帰還するピクニックのように牧歌的な仕事だけが、日本情報軍の仕事ではなかった。
日本情報軍は軍閥を育てる仕事もする。
名目は自分たちに忠実な武装勢力を育てて、内戦を有利に進めるというもので、羽地も最初はそうなのだろうと信じた。
そして、軍閥の兵士を訓練しろという命令を受け取ったとき、羽地は最初は髭を生やしたいかにもなムスリムの男たちを連想した。気難しそうな目をしていて、お祈りを欠かさない。そういう典型的なムスリムの兵士たちを連想した。
だが、羽地たちの眼前にいたのはそんな男たちではなかった。
いや、確かに羽地の連想したような男たちもいた。
だが、大部分はまだ子供だった。髭なんて生えてない。カラシニコフが大きすぎるように感じられる。そんな11歳から16歳ほどの子供たちだった。
「彼らを兵士として訓練してくれ」
軍閥の大人の指揮官は羽地にそう伝えた。
「彼らは子供だ。子供を戦闘に動員するのは戦争犯罪だ」
羽地はそう言い返す。
「誰もがやっている。やらなければ負ける」
軍閥の指揮官はそう言い返し、子供たちに列に並ぶように指示した。
「曹長。これは司令部が認識している作戦なのか?」
「はい、大尉。司令部は承認しています。これが中央アジアですよ」
そうだ。これが中央アジアという名の地獄だというように曹長はそう言った。
「畜生。なんてこった」
羽地はそれからやむを得ず、軍閥の子供兵たちを訓練した。
銃を持たせ、撃たせる。人を模した的に向けて。
人を模した的に、その頭部と胸に見事に鉛玉を──演習では実弾を使った。というのも、ここでは訓練弾より実弾の方が安いのだ──叩き込んだ子供にはキャンディーやチョコレートバー、炭酸飲料が与えられた。弾をなかなか当てられない子供は当たるまで訓練を繰り返させた。
スキナーのオペラント条件付けの訓練。若者を簡単に人殺しに変える方法。
それに加えて軍閥の指揮官たちは羽地たちの訓練の“手助け”をしてくれた。彼らは敵の軍閥の捕虜を連れて来て、そいつに罵詈雑言を浴びせ、裸にして痛めつけ、最後には子供兵たちの的にしたのだ。
対象の非人間化は引き金を軽くする手法のひとつだ。人間という奴はこれだけいがみ合い、殺し合っているというのに、いざ同じ人間を殺すとなると戸惑うのだ。
だから、羽地たちは条件付けで引き金が引けるようにした。ゲーム感覚で人殺しを育て上げた。人の目標が見えたら撃つ。すると、いいことがあると脳が学習し、兵士たちは発砲を躊躇わなくなるわけだ。
それに加えて対象の非人間化。こいつらは自分たちとは違う生き物で、人間ではない。人間以下の存在だ。殺しても罪にはならない。そう教え込む。何でも吸収する若い子供兵たちはそれを信じ込み、喜んで“人間以下”の存在を殺すようになる。
「大尉。知ってますか」
ある日射撃訓練を監督していると曹長がそう問いかけてきた。
何だろうと思って羽地が視線を向けると、曹長は子供兵を数え始めた。
「全部で18ドル」
「18ドル?」
「子供兵の価格です。子供兵は売り買いされていて、1ダース6ドルが相場なんですよ。知ってましたか。あの子供ひとりは我々が使うボールペン以下の値段なんです」
「冗談だろう?」
「本当ですよ。貧しい村落や都市の住民が売るんです。我が子でなかったりします。攫ってきた子供だったり、野垂れ死にかけていた子供だったり。そういう子供を軍閥に売ってドルを手にするんです。ドルは今も強い価値がありますからね」
子供を、どうでもいい子供を売って6ドルも手に入れば儲けものですよと曹長は言っていた。羽地は子供兵を見つめて、彼らの値段を計算した。それは鉛玉よりも安いように思われた。
軍閥の人身売買は事実だった。ただの噂ではない。
国連が調査報告を発表したところ、国連から正当な政府として認められてる政府軍からテロ組織として認定されている軍閥に至るまで、あらゆる軍閥が子供を戦闘に動員し、その子供は人身売買で入手してきているとのことだった。
だが、制裁決議には拒否権がアメリカか、ロシア、あるいは中国によって発動され、子供を戦闘に動員している政府軍にも制裁は与えられなかった。
羽地たちはその政府軍以下の軍閥を育て続けていた。
そして、唐突に撤退命令が出た。
羽地たちは大慌ててで撤退し、子供たちに別れを言う暇もなかった。
だが、日本情報軍はしっかりしている。ちゃんと彼らは羽地たちに子供兵にお別れを言う機会を与えてくれた。
日本情報軍は方針を一転し、育てていた軍閥を潰すという命令を下したのだ。
キャッチ=22という言葉がある。
ジョーゼフ・ヘラーという小説家の描いた小説のタイトルで爆撃部隊の日常と狂気。
これでは「狂っていると申告して認められた人間は出撃命令を免除されるが、狂っていることを申告できる人間は狂っていないので申告は認められない」という軍隊における矛盾を描いている。
それをさして今ではそのようなイカれた状況をキャッチ=22と呼ぶのだが、日本情報軍内部にもキャッチ=22は存在した。軍閥を育てろという命令を出して軍閥を立派な軍閥にしたら、立派な軍閥は危険だから排除しろというのだ。
まさに典型的なキャッチ=22だ。
だが、命令は命令だ。小説に出てくる爆撃機乗りたちが狂った状況の中で戦い続けるように、羽地たちも狂った状況の中で戦い続けるしかない。
羽地たちは軍閥の近衛兵及び指導者を皆殺しにしろという命令を受けて出撃した。
そこで羽地は子供兵たちに遭遇した。
立派な軍閥の近衛兵に子供たちは成長していたのだ。
子供兵たちは装甲車と武装ヘリで強襲した羽地たちに対して徹底的に抵抗した。
対戦車ロケット弾が飛び回り、迫撃砲が火を噴く。
羽地は自分の先頭を進んでいたポイントマンの下士官が対戦車ロケット弾で吹き飛ばされるのを見た。彼の体が四散するのを見た。彼の血が、肉が、内臓が自分に降りかかるのを感じた。生暖かい血が滴り落ちるのを感じた。
羽地は徹底的に子供兵を殺すことを指示した。捕虜を取る必要もないとも指示した。
武装ヘリがガトリングガンと半誘導ロケット弾で子供兵たちを吹き飛ばしていき、羽地たちはドラッグで痛みを感じない子供兵たちがミンチになるまで銃弾と爆薬を叩き込んだ。辺りは血塗れで、羽地は映画『キャリー』に出てきた豚の血を浴びたシシー・スペイセクのようになっていた。
ポイントマンの下士官の遺体を掻き集めるように羽地は命令し、彼の腕が自分のバックパックに引っかかっていることに羽地は気づいた。
中央アジアの狂気。
狂った軍閥。狂った政府軍。狂った日本情報軍。
ここでは何もかもが不協和音しか奏でなかった。
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