懐かしき我らの故郷
本日2回目の更新です。
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──懐かしき我らの故郷
七海は航空基地に到着し次第、すぐに真島のところに連れていかれた。
八木は表面上は冷静を装っていたが、どう考えても動揺していた。
今はそっとしとくべきだろうと考えて、八木と七海を残し、残りの隊員は戦闘後戦闘適応調整を受けることとなり、羽地はまた薬と言葉の海に溺れる。溺死しながら戦場から日常に引き戻されて、羽地はほっと一息つく。
「羽地先輩。矢代さんがお呼びです。ブリーフィングルームにと」
「分かった。アリスたちはもう戦闘後戦闘適応調整を終えたのか?」
「いいえ。七海さんの治療が急がれていますから」
七海は“治療”を受けている。修理じゃない。“治療”だ。
アリスたちを人間に近づけるには彼女たちを人間として扱うことだ。それが彼女たちを人間に近づけ、日本情報軍の求める結果を導き出すことに繋がる。
そう、日本情報軍は“ミミック”が欲しいのだ。人間に擬態するアンドロイドが欲しいのだ。それが日本情報軍の求めているものなのだ。軍の任務を省人化し、無人化し、次の戦争に備えるために。
消耗品としての“ミミック”が欲しいのだ。
「なるはやで診てもらうんだぞ。今回は全員が危機に臨んだからな」
「はい」
アリスは頷くと、七海のことが心配なのかそわそわしていた。
「真島さんならちゃんと治療してくれるはずだ。安心していい」
「はい……」
一先ずアリスは談話室に腰掛け、そこにミミックたちが集まってきた。
孤独が人を傷つけるならば、コミュニケーションは人を癒す。そのはずだ。同じミミック同士でも全く同じ性格というわけではないミミックたちのコミュニケーションは負った傷を癒すことに繋がるだろう。
今回の作戦は予想外のことが起きてしまった。
しかし、何故無人攻撃機が突如として飛来し、対戦車ミサイルを軍閥の指導者の拠点に叩き込んだのだろうか。一体、何があったのだろうか?
羽地は矢代がそれを明らかにしてくれることを期待して、ブリーフィングルームに向かった。生体認証を済ませ、室内に入る。
「来たわね、羽地君。座って」
ブリーフィングルーム内には他の部隊の指揮官の姿も見える。
「これまで“ウルバン”について調査を進めてもらっていたと思う。そして、“ウルバン”の正体は何なのか、“ウルバン”は今どこにいるのかを調べてきてもらってきたと思う。それにひとつの答えが出たわ」
矢代がそう言って3Dプロジェクターに地球の地図を表示した。
「“ウルバン”は恐らくはロシア人。そして、今、ロシアにいる」
ロシアの地図がズームされ、分解される。
忠誠派ロシア軍と超国家主義派ロシア軍に分断された地図だ。
超国家主義派ロシア軍は政府に裏切られた兵士たちが結託した軍隊だ。彼らはウクライナで戦い、シリアで戦い、中央アジアで戦った。だが、政府は彼らに全く報いなかった。それどころか新政権は欧米と協調して軍縮に移行し、何万名もの軍人が路頭に迷った。
彼らは怒りに燃え、今の政権に不満を持つ軍の勢力と手を結び、反乱を起こした。
それが超国家主義派ロシア軍。
「上層部は内密にしていたけど、“ウルバン”を探し出す作戦は前々から進められていたようなの。日本情報軍は特殊なIDをロシア製の武器に取り付けることに成功し、IDを追跡していった。ロシアの超国家主義派ロシア軍から武器は流れ、兵器ブローカーの手に渡り、その兵器ブローカーが“ウルバン”だと考えられている」
「どうして今、ロシアにいると分かるんですか?」
「仕入れよ。電子情報軍団が超国家主義派ロシア軍の通信を傍受して、彼らが“ウルバン”と思われる人物と取引したことを確認した。商品の受け取りに“ウルバン”はやってくるはず。というのも、今回の取引は8000万ドルの資金が動いているの」
「わお」
シェル・セキュリティ・サービスの社員が芝居がかった驚きを見せる。
「ふざけてる場合じゃないわよ。それだけ大量の武器が、ID登録のされてない武器が、またビッグシックスや軍閥の手に渡るのだから。私たちはこちら側とあちら側の両方で準備しないといけない。来るべきX-DAYに向けて」
X-DAY──“ウルバン”が超国家主義派ロシア軍と取引して、武器をポータル・ゲートのこちら側に送る日。“ウルバン”が慎重な男ならば、武器は分割して輸送するだろうが、今やポータル・ゲートの出入りは無法地帯と化している。検疫は行われているものの、トロント条約の維持などには目も向けられていない。
「ボス。俺たちはポータル・ゲートのどっち側に立つんですか?」
「大部分はポータル・ゲートのこちら側よ。ロシア製の武器はドイツにあるポータル・ゲート・スリーを介して輸入されている。私たちはポータル・ゲート・スリーで“ウルバン”を待ち伏せる」
「大部分はというと、一部の部隊はポータル・ゲートの地球側に派遣ですか?」
「そう。羽地君の部隊に動いてもらうわ。彼らはロシア語もできるから」
羽地は指名されて正直嫌な予感がしていた。
確かにミミックたちは自由自在に言語を操る。彼女たちがアンドロイドである上での利点だ。言語学習はほぼ完璧に近い。
だが、羽地たちは恐らくポータル・ゲート・スリーの前で待つだけが仕事じゃないだろうと思っていた。恐らくは、だが。
「羽地君たちはロシアの武器流出を監視している第501統合特殊任務部隊に参加して。向こう側は受け入れオーケーとのことよ。どこでどう武器が動くか分からない以上、彼らの助言には従って」
「了解」
第501統合特殊任務部隊なんて聞いたことがないが、存在はするのだろう。
「“ウルバン”は拘束ないし殺害する。企業帝国による支配を崩壊させるのが私たちの仕事よ。その企業帝国に武器を提供している“ウルバン”は排除すべき目標だわ。彼が軍閥に武器を与え、ビッグシックスが希少資源を根こそぎ奪って、その帝国を拡大し続けている。その仕組みを終わらせるためにも“ウルバン”の排除は必要」
確かに短期的に考えるならば“ウルバン”には消えてもらうべきだろう。
だが、長期的に考えるならば“ウルバン”は生かしておいた方が都合がいい。“ウルバン”はビッグシックス同士を殺し合わせ、話し合いによる談合を防いでいる。ビッグシックスは武器の提供がある限り、戦い続けるだろう。
しかしながら、日本情報軍上層部は“ウルバン”の排除を決めた。
「これも天満のご神託ですか?」
「その通り。天満のご神託よ。日本情報軍は“ウルバン”を排除すべき、と」
「了解」
日本情報軍が短期的に物事を決定することはない。だが、非常事態が近づいているならば話は別だ。“ウルバン”による大量武器輸出──X-DAYが迫るのに日本情報軍は警戒しているということなのだろう。
本当にそれだけか?
前々から羽地が疑問に思っていたことが引っかかる。
日本情報軍上層部は“ウルバン”について、自分たちの知らない情報を持っているのではないかとの疑問が。
「では、羽地君。任せたわよ」
「任されました。いざ、懐かしき我らの故郷へ」
羽地は駒だ。命令に従うのみである。
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