脱出
本日1回目の更新です。
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──脱出
太平洋保安公司の部隊は現地住民で増強された部隊だった。
そのため制圧は比較的容易だった。
突如奇襲された太平洋保安公司の部隊が反撃に転じるまでには時間がかかり、ようやく反撃に移ったときには既に部隊の4分3が失われていた。
残った太平洋保安公司の部隊が発砲音の発信源を探る高感度センサーと分析AIがセットになったドローンで羽地たちの位置を読み取る。
そして、一斉に銃弾を浴びせてくる。
『グレネード』
羽地がそのドローンを潰すためにアンダーバレルに装着した40ミリグレネードランチャーからグレネード弾をドローンに向けて叩き込む。事前に目標をロックしたグレネード弾は地上を移動するドローンを追尾し、見事炸裂した。
『移動だ。近づきながら攻撃する』
『了解』
音響探知ドローンは潰した。
多少の物音は太平洋保安公司の部隊が立てる物音で潰されている。
銃声。罵声。怒号。エンジン音。
太平洋保安公司の部隊は必死に先ほどまで羽地たちがいた場所に鉛玉を叩き込んでおり、羽地たちは迂回して側面から攻撃を仕掛けた。
2度も不意打ちを受けた太平洋保安公司の部隊は生き残れず、全員が全滅した。
『輸送機との合流時間は?』
『およそ10分後だ。もう近づいているはずだが』
そこでターボプロップのエンジン音が響いてくる。
だが、同時に自動車のエンジン音も響いて来た。
『参ったな。敵のテクニカルと輸送機が同時に到着しかねないぞ』
『敵は輸送機を攻撃しますよ』
『分かっている、オセロット。この有様を見たら、当然攻撃してくるだろう』
羽地たちの眼前には破壊されたドローンや車両、そして太平洋保安公司のコントラクターの死体が転がっている。間違いなく、太平洋保安公司は輸送機を狙って銃撃を行うだろう。テクニカルには重機関銃などがマウントされている。羽地たちにとっては脅威だ。
『敵のテクニカルを迎え撃ってから離脱する。離脱を最優先にしたいところだが、敵さんもそう簡単には許してくれんだろう。敵の規模が小規模であることを祈るばかりだ』
『レオパード。戦術級小型ドローンの使用を推奨します』
『ああ。操作を頼む、クーガー』
古今がバックパックからドローンを取り出し、上空からの目を提供する。
熱光学迷彩で姿を隠したドローンは上空から野戦飛行場に迫る敵のテクニカルを捕捉した。敵のテクニカルは6台。太平洋保安公司のコントラクターの気配はしない。全て現地住民だ。その6台のテクニカルに1個小隊ほどの兵士たちが分乗し、迫ってきている。
テクニカルの中には対空機関銃を搭載したものもある。
『レオパードよりクーガー。ドローンで敵のテクニカルをマークしろ。グレネード弾をお見舞いしておく』
『クーガー、了解』
敵のテクニカルがAR上でマークされ、羽地はその情報に従ってグレネード弾を発射する。グレネード弾はリアルタイムで更新されるドローンからのAR上の情報に従って飛翔し、敵のテクニカルに突っ込んで炸裂した。
先頭車両が横転し、後方の車両が衝突する。
羽地はさらに古今がマークしたテクニカルに向けてグレネード弾を叩き込む。グレネード弾は後方に展開したフィンで誘導され、敵のテクニカルに命中する。ガソリンが爆発を起こし、テクニカルが人員ごと吹き飛ぶ。
『もう1発だ。今度は人員殺傷を狙う』
この羽地たちが共有しているARの情報は戦術脳神経ネットワークシステムと呼ばれているシステムだ。ドローンの映像から個人が視認した情報、それから成層圏プラットフォーム、偵察衛星、統合監視および目標攻撃レーダーシステム機までありとあらゆる地上戦に関係するものを複合的にネットワーク化し、それぞれが情報を即座に共有できるようにしたものを日本情報軍と日本陸軍はそう呼んでいる。
多くの情報は一度ネットワーク内の中心に位置する分析AIによって処理される。それからAIによって分析された情報が必要な部隊に必要な量とものが届くように調整される。日本情報軍ならば分析AI“建御雷”によって、日本陸軍ならば“58式機神”によって分析される。
ここでは短時間の情報要求で欲しい情報も決まっているので分析AIは介さないが、戦場が広域かつ部隊の行動範囲が広いと情報量も増えに増え続け、無分別に情報を配っていては処理が追いつかなくなることがある。そのための分析AIだ。彼女たちが分析した情報はそれを必要とする人間に届き、かつ分析されている。
それはあたかも軍隊をひとつの生き物にしたかのようなものだ。戦術脳神経ネットワークシステムはその名前通り、人間などの脊椎動物のバイオミメティクスである。情報は有機的に調整され、頭脳と脊髄によって運用される。
そして、グレネード弾がさらに放たれる。
マーカーによって誘導されたグレネード弾は今度は上空で炸裂し、キャニスター弾のように鉄球を撒き散らす。これによってかなりの数の軍閥の兵士たちが死傷した。
『レオパード。グレネード弾は?』
『今ので品切れだ。今回は本当にこんな戦闘は想定していなかった』
『了解。足掻けるだけ足掻いてやりましょう』
古今がそう言って僅かに高い飛行場施設内の建物の上に乗ると、狙撃銃を構えた。スミレもすぐに飛び乗って観測手としての役割を果たす。
『や、八木大尉……。私にも武器を……。まだ戦えます……』
『負傷者は大人しくしておけ。体内システムにも異常があるんだろう。お前が壊れれば多額の税金が無駄になる。真島さんに見てもらうまでは待機だ』
『すみません……』
八木は分隊支援火器を構えて、迫りくるテクニカルを迎え撃つ。
既に3台のテクニカルは脱落し、残っている兵員も2個分隊程度だが、それでも脅威であることに変わりはない。全員が飛行場の施設の遮蔽物にし、武器を構える。
『1000メートル』
『クーガーよりレオパード。足止めしますか?』
『頼む。連中がドラッグをキメていなければ効果があるだろう』
『了解』
古今が指揮官と思しき軍閥の兵士を狙撃する。
一瞬、動きが乱れたが、それでも軍閥の兵士たちはテクニカルを強引に進めてくる。
『効果なしです、レオパード』
『まあ、仕方ない。可能な限り数を減らしてくれ』
『了解』
ひとり、またひとりと古今によって軍閥の兵士たちの命が刈り取られて行く。
『距離500メートル。全員、射撃開始』
銃弾の嵐が吹き荒れた。
軍閥のテクニカルが炎上し、爆発し、兵士たちが撃ち抜かれ、全てが火力の前に屈する。射撃開始から軍閥の全滅までは3分足らずだった。
『輸送機が到着』
『任務終了だ。帰投する』
羽地は安堵の息をついてそう言った。
輸送機の後部ランプが開き、羽地たちは輸送機に乗り込んでいく。
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