脱出までの道のり
本日2回目の更新です。
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──脱出までの道のり
軍閥の指導者は無事に死亡。誰もその死に気づいておらず、カラシニコフの大合唱が響いている。捕虜が、民間人が無差別に殺される。虐殺だ。
軍閥の指導者を暗殺したことで虐殺が後退すればいいがと思ったが、この手の話題は壊れたレコードのように繰り返す。別の人間の軍閥の指導者になり、同じように虐殺を命じる。仮に軍閥が敗北し、もう一方の軍閥が勝利しても、その軍閥が虐殺を代行するだけの話である。
一度地上に咲いた虐殺という花は枯葉剤を使っても朽ちることはない。
『レオパードよりクーガー。外の様子は?』
『相変わらず装甲車が警戒しています。戦車と歩兵戦闘車も行動中』
『了解。離脱する。援護せよ』
『了解、レオパード』
羽地たちはひとりずつ、窓から飛び降りていく。
『クーガーよりレオパード。対空陣地が騒がしくなってきましたが、航空支援でも要請しましたか? 連中、大急ぎで地対空ミサイルを発射しようとしていますよ』
『レオパードよりクーガー。航空支援は要請していない。何か目視できるか?』
『何も──』
次の瞬間、羽地たちが吹き飛ばされた。
『──よりレオパード! クーガーよりレオパード! 応答せよ!』
『こちらレオパード。クソッタレ、何が起きた?』
『無人攻撃機です。それが対戦車ミサイルを教会に叩き込んで地対空ミサイルに撃墜されました。そっちに軍閥の連中が向かっています。急いで逃げてください』
『レオパード、了解。全員、脱出だ。気合を入れろ』
全員の熱光学迷彩を確認するが異常はない。無事に脱出できるだろう。
『アリス。大丈夫か?』
『大丈夫です』
アリスはよろよろと立ち上がり、銃を構える。
『全員、それぞれのバディを確認しろ。異常があれば報告』
『ジャガーよりレオパード。七海の足が吹き飛んでいます』
畜生。何だって? 羽地は絶望に満ちた表情になる。
『歩行は不可能か?』
『不可能です。背負って運びます』
『了解。ジャガー、気を付けろ。敵はこちらに向かって来ている。一刻も早く逃げ出す必要がある。これから先50キロを歩き続けるんだ。行くぞ』
そう、これから輸送機とのランデブーポイントである50キロ先の野戦飛行場まで歩かなければならないのだ。ミミックたちはその強度のあるボディと引き換えに重い。アリスでも痩せて、軽そうな体型をしているがみっしりと詰まった人工筋肉とカーボンファイバー、そして幾分から複合素材によって70キロ近い体重がある。
『欠損した足は俺が持つ。どこだ?』
『あそこです。AR上にマークしました』
『了解。回収する』
七海は対戦車ミサイルの破片を受けて右足がばっさりとなくなってしまっていた。羽地は右足を拾い上げバックパックの中に収める。
『脱出開始。迅速にだ。走るぞ』
『了解』
七海の声がしないのが気になるが、まさか死んではいないだろうな?
『前方から戦車と歩兵戦闘車』
T-90主力戦車4両とBMP-3歩兵戦闘車6両、そしてそれらにタンクデサントした1個小隊規模の戦力が羽地たちの方に向かって来る。
『避けろ、避けろ。光源は避けるんだ』
光源で夜の闇を剥されるのは好ましいことではないが、T-90主力戦車もBMP-3歩兵戦闘車も暗視装置に加え、ヘッドライトをつけている。
アリスの先導で羽地たちは戦車と歩兵戦闘車の車列から離れる。まだ気づかれた様子はない。相手が訓練されていない軍閥の兵士だからだろうか。しかし、戦車や歩兵戦闘車を操縦しているのは太平洋保安公司のコントラクターではないのか?
いずれにせよ、気づかれなかったのならばそれでいい。
羽地たちは足早に、いや走って戦場から離脱していく。
虐殺の臭いのする地域から走って離脱する。
『敵のテクニカル。パトロール部隊です』
『暗視装置を持っているな。太平洋保安公司の部隊だろう。迂回するぞ』
とにかく険しい道を進め。平坦な道は特殊作戦部隊にとって道ではない。
『クーガー。合流したな。離脱するぞ』
『七海ちゃん。大丈夫なんですか?』
『俺たちには分からん』
帰って真島の診断を受けなければ何とも言えない。
『後方から敵の装甲車複数。我々が通った後を通過しています』
『不味いな。軍用犬でも育てているのか。とにかく、慎重に行くぞ』
第6世代の熱光学迷彩でも臭いまでは隠せない。攪乱することはできるが。
『ハウンドトラップを使うぞ』
ハウンドトラップ。軍用犬が近づいたら展開し、軍用犬の鼻を潰す強力な臭いを放つ装備。特に機密指定にもされていないので、現場に残していける。
『装甲車の追跡。なおも継続中』
『走れ。森の中に逃げ込むぞ』
その時後方で犬の叫ぶ声が聞こえた。ハウンドトラップを食らったらしい。
『装甲車列停車』
『今のうちに森に逃げ込め』
羽地たちは森の中に飛び込む。
『前方、敵のテクニカル』
『迂回しろ。敵は絶対に避けて通れ』
アリスにそう命じ、羽地は八木の様子を見る。
重い軍用バックパックに加えて七海の体を抱えている。両手が塞がっていて戦闘は行えない。羽地は七海を“破棄”することも一瞬考えたが、すぐに否定した。
いけるはずだ。このチームはこれまで散々な状況を生き延びてきた。
『八木大尉……』
『七海。損傷は? 脚部の破損だけか?』
『体内機能にいくつかのエラーが出ています……。私を放棄して、八木大尉たちだけで離脱してください……。私はもう戦えません……』
『馬鹿なことを抜かすな。帰ったらリハビリだ。徹底的にしごいてやる』
『お願いです、八木大尉……。今の私は部隊の生存率を著しく低下させています……』
八木は何も答えない。
『七海。俺たちを舐めるなよ。俺たちはお前が生まれる前からずっとこの手の作戦に携わってきたんだ。四肢を失っていようと、歯を食いしばって乗り切ってきた。そして、誰も置いていかなかった。死体ですら回収する。それが俺たちだ』
羽地は七海に対してそう言った。
『八木大尉と七海の戦闘不能状態は確かに生存率を低下させますが、我々が生還することにおいて問題になる数字ではありません。そうですね、スミレ、リリス』
『アリスっちの言う通り。脱出に問題はないって演算結果だよ。共有しよっか?』
アリスとスミレが付け加えるようにそう言う。
『す、すみません、皆さん……』
『俺の責任でもある。気にするな』
八木はそう言ってまた歩き始め、羽地たちも歩き始めた。
羽地たちは崖っぷちを進み、険しい坂を上り、密林の中を進み、太平洋保安公司の追跡を逃れた。途中から太平洋保安公司は全く姿を見せないようになり、このままならば無事に脱出できるだろうという考えが広がっていった。
だが、相手はそこまで甘くなかった。
『野戦飛行場を視認。複数の歩兵部隊を確認しています』
『太平洋保安公司の見送り部隊だな……。親切なことで』
太平洋保安公司は出口に見当をつけ、そこに部隊を配置していたのである。
『装甲車の類はありません。テクニカルぐらいです』
『やむをえない。強行突破だ。準備しろ』
それぞれが武器を構える。八木も一時的に七海を草原に寝かせ、分隊支援火器──機関銃をバイポッドで固定し、銃口を太平洋保安公司のコントラクターたちに向ける。
『手榴弾!』
羽地、アリス、月城、リリスが一斉に手榴弾を投擲する。
手榴弾が炸裂し、太平洋保安公司の部隊は大混乱に陥る。
『撃て、撃て!』
『制圧射撃!』
サプレッサーで抑制された銃声からは羽地たちの居場所は分からない。
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