幽鬼のごとく
本日1回目の更新です。
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──幽鬼のごとく
軍閥の指導者の拠点にはSA-11ガドフライ地対空ミサイルとZSU-23-4シルカ自走対空砲、そしてBTR-90装甲兵員輸送車が陣取っていた。
対空陣地が壕が掘られ、そこに地対空ミサイルと自走対空砲が陣取っている。
BTR-90装甲兵員輸送車は停車した状態で、8名ほどの子供兵を乗せて、周囲を警戒している。砲塔が時折ゆっくりと回転し、熱赤外線センサーが周囲を走査していた。
だが、第6世代の熱光学迷彩は型落ちしたロシア製の暗視装置で捕捉されるものではない。羽地たちはセンサーにも気づかれず、拠点を目指す。
拠点は古い教会だった。
カラシニコフの大合唱が外から聞こえてくる。銃殺刑執行隊が重機で掘った穴に異種族の死体を蹴り落とし、また新しい異種族が連れて来られ、穴の前に並ばされる。
この時、ほとんどの場合、銃殺刑執行隊は殺される人間の顔を、瞳を見ないでいいように後ろを向かせる。瞳を見ると殺せなくなるのだ。自分たちと同じ瞳に浮かぶ、その恐怖と慈悲を求める瞳を見ると、引き金が途端に重くなる。
それは相手が自分たちと同じ世界を生きている仲間だという意識を抱くからだ。瞳にはその人物の感情が映る。その感情に触れてしまえば、その人物のことを半ば理解してしまったのとおなじこと。同じ世界で、同じように生きている存在だと理解してしまう。
そうなれば殺せなくなる。
よほど激しい憎悪を植え付けてていれば話は変わるかもしれない。だが、大抵の場合この手の人種差別的イデオロギーは学のない下っ端に仕事をさせるためのもので、幹部は信じていなかったりする。それは当然と言えば当然だ。幹部までこの手の馬鹿らしいイデオロギーに酔っていてはまともな戦争はできない。
子供兵たちは恐怖を強制的に消される。目隠しをさせられて、引き金を引くように命じられる。そして、目隠しが取られたら目の前には死体。それで人殺し童貞は卒業だ。一度罪を犯してしまえば、何度犯そうと同じこと。それから幹部たちから褒められ、『お前は逞しい戦士だ』とか『勇気があるし、見込みもある』と褒められる。
ここでも言葉と薬で引き金を軽くさせられ、人は簡単に死ぬ。
戦闘適応調整を行ってるのは、別に特殊作戦部隊のオペレーターだけではないということだ。そこら辺で1ダースで6ドル程度の値段の子供兵ですら、戦闘適応調整を受け、容赦なく人を殺すのだ。
とは言え、羽地たちと子供兵とでは受けている戦闘適応調整のレベルが違う。
羽地たちは完全にストレスを消され、恐怖を消されている。彼らは相手の目を見て、冷静に胸と頭に鉛玉を叩き込める。相手のありとあらゆることを想像でき、彼らの信条や思想に賛同できるようなぐらい近い立場になったとしても引き金が引ける。
対する子供兵は心のどこかでは人殺しを恐れている。
子供兵はタフガイを気取る。自分はもう立派な大人であり、戦士だと誇らしげに振る舞う。だが、実際はそのように振る舞わないと軍閥の指導者や幹部たちから信頼されず、危険な任務を割り当てられるからそうしているだけだ。
その証拠が子供兵特有の銃の乱射。腰だめに構えて碌に狙いも定めず、銃弾を撒き散らす行為。それは自分が意図して殺したわけではないと言い訳をするためのものだ。
彼らは人の目を見て殺せない。引き金が引けるだけだ。
また銃殺刑執行隊のカラシニコフの銃声が合唱する。
『連中、殺しまわってますね』
『放っておけ。俺たちは虐殺を止めろとは命じられていない』
月城がそう言うのに羽地はそう返した。
確かに虐殺をどうこうしろとは命じられていない。虐殺を止めろとも、虐殺を行っている人間を暗殺しろとも命じられていない。ただ、ただ、軍閥の指導者を暗殺しろというのが天満のご神託だった。
今日日、虐殺など珍しくもない。人が3桁代で殺されていようとも、気にする人間はいやしない。異世界で3桁ではない。地球で3桁だ。それでもニュースすら最近では関心を示さない。そんな地球に異世界など面倒を見ている余裕などありはしない。
カラシニコフの大合唱を聞きながら、羽地たちは古い教会に入る。
教会のすぐそばにある対空陣地には歩哨がいたが、こちらには歩哨がいない。可能性として考えられるのはふたつ。①軍閥の指導者はいない。②相手は三流で油断しきっている。③これは罠で中で待ち伏せされている。
③は不味い。①も最悪だが、③は命の危険がある。
『マイクロドローン展開』
パタパタと羽ばたきながら、マイクロドローンは先行する。
『今のところ、ブービートラップや待ち伏せの類は見つからないが、マイクロドローンは夜目が利かない。確認は君が慎重に行ってくれ、アリス』
『了解』
アリスが先頭に立ち、羽地が援護する。
足元の赤外線レーザーやワイヤートラップに気を付けて、アリスと羽地たちは軍閥の指導者の居所を目指す、マイクロドローンは先行し、光源や敵兵を探る。
羽地たちは幽鬼のごとく、何もにも気づかれることなく古い教会の中を進んでいく。
またカラシニコフの大合唱。
カラシニコフの大合唱は好都合だった。多少の物音は消すことができる。
ようやく現れた歩哨の喉を掻き切って、腎臓を滅多刺しにするときにカラシニコフが落ちた音など誰も気にしないほどの大合唱だ。
『突入準備』
『突入準備完了』
羽地たちが恐らくは軍閥の指導者がいるだろう部屋の前で突入準備を整える。
カラシニコフの大合唱。
『突入、突入、突入』
音に合わせて羽地たちがなだれ込んだ。
軍閥の指導者は突入されたことにも気づかず、便箋を眺めていた。
羽地が駆け、軍閥の指導者の喉にコンバットナイフを沿わせる。
「大人しくしろ。さもなければ、殺す」
「お前たちが軍閥殺しか」
「なんだ、それは?」
「お前たちのことだ。私を殺しに来たのだろう?」
畜生と羽地は思う。あんまりに暗殺作戦を行ってきたせいで、ビッグシックスの間で評判が広まったらしい。恐らくこの軍閥の指導者の情報源もビッグシックスだ。それ以外には考えられない。
「誰からそれを?」
「“ウルバン”から」
だが、答えは予想外のものだった。
「“ウルバン”を知っているのか?」
「ああ。知っている。“ウルバン”が我々の聖戦を助けてくれているのだ」
また聖戦と羽地は思う。こいつらは揃ってメサイアコンプレックスでも抱えているのだろうか。装甲車と戦車で戦う聖戦はさぞ楽しいことだろうと羽地は思った。
「“ウルバン”に会ったか?」
「いいや。彼とはメッセンジャーを通じて取引する」
「メッセンジャーはどんな人物だ?」
「不特定多数の人間だ。特定の誰かではない。太平洋保安公司の人間であったり、大井の人間であったり、全く関係ない組織の人間であったりする」
太平洋保安公司や大井と聞いて羽地はメッセンジャーは大井の人間かと思った。
「殺すならば殺せ。私は“ウルバン”について知っていることはそれだけだ」
「そうだな」
そして、血しぶきが舞い散る。
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