この暗殺作戦は警戒されている
本日2回目の更新です。
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──この暗殺作戦は警戒されている
いよいよ作戦当日が訪れた。
羽地たちを輸送するC-2輸送機に弾薬や補給物資を収めた小型の貨物コンテナとHALO降下用の装備を纏った羽地たちが乗り込む。ロードマスターが人員とコンテナを管理し、コンテナを固定し、離陸に備える。
C-2輸送機は日本空軍の払い下げ品でいくつかの電子機器が抜かれ、交換された輸出モデルである。地球では日本空軍の他に3ヵ国という少ない国がこのC-2輸送機を運用していた。日本は兵器輸出に関しては未だにノウハウが不足していた。
輸送機は輸送任務中のタグをつけてエルデラント帝国上空を飛行していた。
軍閥は政府が認めている民兵のような位置づけだったが、大井の支援により正規軍すら上回る軍事力を持ち、今の政府を傀儡にしてしまっていた。そのせいで帝国は分裂の危機に直面し、トートが戦争に介入してきたのである。
『まもなく降下地点』
ロードマスターが宣言する。
HALO降下──高高度降下低高度開傘降下は1万メートル上空から降下するものだ。1万メートルともなれば、気圧は低く、気温も恐ろしく低い。それに慣れてから、降下を行うのだ。正直なところ、やらなくていいと言われれば、誰もが辞退するだろう。
それでもやらないという選択肢はない。敵地に忍び込むのにこれ以外の方法はない。
『よーい、よーい、よーい! 降下、降下、降下!』
機内のライトの色が変わり、羽地たちが一斉に輸送機から飛び降りる。
小型のコンテナを中心に羽地たちは自由落下で地上に向けて落ちていく。
このまま降下すれば効果予定地点に降りれるはずだ。一応羽地はARで実際の効果予定地点を成層圏プラットフォーム“ユリカモメ”が得た座標から浮かび上がらせ、それを狙って降下していく。
夜中の空挺降下というのはあまりいい気分はしない。ARが地表との距離を表示していても、高度計があっても、暗闇の中で降下するというのは、地面が見えずそっとする。
間違ってこのまま地面に衝突してしまったらという気分になる。
もちろん、そんなミスをおかすほど羽地は間抜けではない。だが、彼はただ臆病で、慎重であっただけである。そして、戦争では臆病者こそが生き残るものである。英雄気取りは早死にするものだ。
高度計が400メートルを切った段階でコンテナから手を離す。
コンテナは300メートルで自動的にパラシュートを開き、目標座標に向けて誘導爆弾のように降下していく。そして、誘導爆弾よりはソフトに着陸する。
羽地たちは300メートルを切った段階でパラシュートを展開する。ムササビの生体を真似して作られたパラシュートは狙った位置に人員を降下させる。
全員がゆっくりした降下に入り、やがて地面に辿り着く。
ほっと一安心するのはまだ早い。周囲に敵の姿がないかをすぐさま確認する。
『クリア』
『クリア』
周囲に敵影なし。
『装備品を回収して、ここから移動するぞ』
コンテナを開き、そこに収まっている大量の弾薬と食料、水を回収して、バックパックに詰め込むと、羽地たちは作戦行動を開始する。パラシュートとコンテナには自己分解ナノマシンが含まれており、用途を終えるとそのまま分解を行い自然へと帰っていく。これはプラスチックゴミなどの分解のための作られた技術と同じだ。
パーティーの準備は整った。作戦開始だ。
羽地たちは匍匐前進で地雷の有無を調べつつ進み、開けた場所を抜けると光源やパトロールを避けて、軍閥の拠点を目指す。軍閥は今、ひとつの村に陣取っており、そこで異民族の虐殺を繰り広げている最中だった。
『連中は盛大にパーティー中のようです』
『放っておけ。俺たちは人道的見地から派遣されたわけじゃない。自分たちの任務の目的を間違うな。いいな?』
『了解、レオパード』
軍閥に虐殺はつきものではないか。
異民族を、異教徒を、自分たちとは異なるもの全てを殺す。
羽地の派遣されていた中央アジアは虐殺の荒らしが吹き荒れていた。
憎悪が煽られ、一夜にして村ひとつが壊滅する。日本製の重機が掘った穴に死体が蹴り落とされ、カラシニコフを持った子供兵の銃殺刑執行隊が自分たちの敵と戦争された相手を殺し尽くす。
殺して、殺して、殺して、憎悪が淀み、殺意が蠢き、もう誰も中央アジアをかつてのような状況に戻すのは不可能になってしまった。
タンパク質のように熱や化学物質で変性し、もう元に戻すことはできない。不可逆な変性。薬品を使っても、祈りを込めても、いくら資金を投じても、全てが無駄に終わる。人々は憎み合い、いがみ合い、平和という名のタンパク質は憎悪という変性を遂げた。
『前方、敵装甲車両複数』
『全員警戒』
T-90主力戦車とBMP-3歩兵戦闘車にタンクデサントした兵士たちが羽地たちの眼前を通り過ぎている。BMP-3歩兵戦闘車には対戦車ロケット対策のためか、捕虜だっただろう人間は有刺鉄線で縛り付けてある。
いや、捕虜だけではない。子供がいる。女性がいる。老人がいる。一般人がいる。
ここはちょっとした地獄だなと羽地は思う。
地獄はあの世に行ってから拝むものではない。この世に、この地上に存在するのだ。そして、多くの人々がそれぞれの地獄を抱えている。
羽地の父親は自殺した。彼は彼の地獄に耐えられなかったのだ。
その息子である羽地がより強力な地獄を見て、戦闘適応調整という名の地獄のパスポートを手にし、地獄の光景に平然としていられる。それは、まるで父親の死などどうでもいいかのように感じられて、何とも言えない気分になる。
誰もが自分たちの地獄を抱えている。戦闘適応調整はその地獄のひとつのパスポートであり、精神科医は地獄に蓋をするエキスパートだ。ストレスを感じさせない。ストレスをストレスと思わせない。ストレスをあいまいにする。
だが、それは自分自身をあいまいにしてしまうことではないのか?
『パトロールがやけに濃密だな……』
『ですね。装甲部隊が動き回ってます』
『もしかすると、この暗殺作戦は警戒されている、のかもしれない』
『マジですか?』
古今から叫びだしたいような声がする。
『相次いで軍閥の指導者が消されてるのは、連中も気づいているはずだ。そうなればビッグシックスが警戒しないとは思えない。ビッグシックスの、太平洋保安公司の特殊作戦部隊と出くわすかもしれないな』
『連中も戦闘適応調整を受けて、そして痛覚をマスキングしてるんですよね?』
『そうだ、オセロット。連中と戦う時は子供兵と戦う時と同じだ。胸と頭に鉛玉を確実に叩き込むか、ミンチにしてやれ』
羽地はそう言って、アリスを先頭に進む。
虐殺が繰り広げられている村まではもう少しだ。
ああ。人の焼ける臭いがする。中央アジアで何度も肺に吸い込んだ臭いだ。
いくらシャワーを浴びても落ちないような臭いだ。
虐殺の臭いだ。
カラシニコフの吐き出す硝煙の臭い。死と同時に訪れる汚物の臭い。子供兵が使用するドラッグの臭い。死体を焼いたときの脂肪と髪の焼ける臭い。
それらが混ぜ合わさって吐き気を催す虐殺の臭いは完成する。
それは何度もジョーク染みた繰り返しの中で作られ続けていた。
異世界でも、その臭いはぞっとするほど変わらない。
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