企業帝国の大使たち
本日2回目の更新です。
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──企業帝国の大使たち
シャルストーン共和国首都ティナトス。
企業帝国が最初に植民地化した国家だ。
ポータル・ゲート・ワンの接続先であり、かつては神聖シャルストーン王国だった国家だが、彼らはポータル・ゲートが開いて僅かな期間に大きなミスを犯した。彼らは地球からの侵入者を排除しようとし、そして失敗したのだ。
彼らは調査に来ていたフランスと台湾の調査団を拘束し、ポータル・ゲートを軍隊で包囲した。軍隊と言ってもマスケットすらない中世の軍隊だったが。
しかしながら、地球側は困惑し、困り果てた。
ポータル・ゲートの利用規定を定めた横浜条約では、正規軍、準軍事組織の派遣は国連安全保障理事会の決議がなければ行えない。そして、これはどう考えても地球に対して差し迫った脅威ではなかった。
だが、フランスと台湾政府はこの問題をスムーズに解決する方法を思いついた。
彼らは考えたのだ。正規軍も、準軍事組織も国家に所属する軍隊は使えない。ならば、国に所属していない軍隊を、いや警備員を送り込めばいいのだと言うことに。
そう、彼らが民間軍事企業を送り込んだ。
ストライカー装甲車とMi-28攻撃ヘリ、Mi-17輸送ヘリ、エトセトラ、エトセトラの重装備を備え、元空挺部隊や元特殊作戦部隊の兵士──コントラクターたちの軍隊がポータル・ゲートを超えて進軍した。
勝敗は戦う前から明らかだった。
機銃掃射で薙ぎ払われる密集陣形。迫撃砲で吹き飛ばされる兵士たち。攻撃ヘリと輸送ヘリによって降下した兵士たちに救出された調査団。それから起きた神聖シャルストーン王国の革命。無能な王政を打ち倒せと、“偶然”民間軍事企業が置き忘れた武器で武装した民衆が王室のものたちと捕え、処刑した。
そして、成立したのがシャルストーン共和国だ。
ここは地球の企業帝国にとって中立地帯だ。
国際経済センターという名の企業帝国による支配の象徴が聳え立ち、そこにはビッグシックスの大使たちがいる。彼らは他社との競合が深刻な場合はここで話し合いを行い、話し合いで解決できるならばそうする。紛争に陥った後も、どのように紛争を終わらせるかを事業者同士で話し合う。
そんな場所で今、パーティーが行われていた。
人々がシャンパンやワインを片手に、和やかに話し合っている。
本当はいがみ合っている企業同士でも、この場ではにこやかに微笑んでいる。その笑みの裏にはナイフを握ったライバルとしての憎悪が存在するのだが。
ナノマシン事業で競合するメティスとHOWTech。北米のおける重工業のシェアを巡って争うアトランティスとアロー。アフリカにおけるインフラ事業を贈賄合戦を繰り広げている大井とトート。それぞれが複雑な対立関係で結びつけられている。
大井の大使は見た目は若い男で、メティスの大使と和やかに話をしていた。
「ナノテクノロジーというのは本当に素晴らしい技術です」
大井の大使はそう言う。
「私には味覚と言うものがありません。遺伝性疾患だそうです。甘いものも、辛いものも、しょっぱいものも区別がつきません」
「それをナノマシンで治療を?」
メティスの大使が興味深そうに尋ねる。
「いいえ。治療する必要はないではないですか。人が味を感じるのは、それが体にとって危険がどうかを判断するためのものです。ですが、今の体内循環型ナノマシンは毒物を分解してしまう。必要な栄養素を余った素材で生成してくれる。それなら味覚などいらないではないですか。人間は鳥のように不必要なものを捨てて、進化したのですよ」
「ははは。なかなか面白いお考えだ。ですが、味を感じないというのは食事をした気分にならず、空腹感を抱えるのでは? 栄養点滴だけで生きている患者も、やはり味のするものを噛んで、味わって食べなければストレスが溜まるといいますよ」
「どうでしょうね。私はこの手のことでストレスと感じたことはありません」
メティスの大使の言い分に大井の大使は肩をすくめた。
「愉しいお話をありがとうございました。では」
「ええ、では」
大井の大使が人込みから出る。
「それで、何かね?」
人ごみの外では大井の関係者が待っていた。若い女性だ。長い黒髪をポニーテールにまとめ、黒のスーツをしっかりと着こなしている。スタイルは抜群と言っていい。
「秘匿通話に。生体インカムの使用を」
『これでいいかね?』
口をもごもごを動かして大井の大使が言う。
『ここ最近、民間軍事企業の軍事顧問団が消されている。軍閥の指導者が暗殺されるケースも増大。うちもやられた。うちと取引していた軍閥のひとつが潰された。軍事顧問団は派遣してなかったけれど、取引はもうできそうない』
『ふむ。まあ、いいじゃないか。取引先のひとつが潰されたくらい。我々の事業に直ちに影響が出るわけではない』
『話にならない。我々の資産が攻撃を受けている。それに対処しなかったら無能の烙印を押されても文句はいえない』
女性の方が怒りの表情を見せてそう言う。
『対処はしよう。だが、これは本当に直ちに影響はないという部類だ。対処はそこまで迅速には行われないだろう』
大井の大使はそう告げる。
『それよりもHRTSTCの方はどうなっている?』
『一時中断中。向こうこそ放っておいても日本情報軍なりアメリカ情報軍なり、あるいはロシア軍の忠誠派なりが対処するでしょう。HRTSTC作戦なんてそんなもの。我々が積極的にどうにかする義務はない』
『そうだといいのだがね』
男がシャンパンを口に運ぶ。
『何はともあれ、だ。まだこちらには表立って軍閥と民間軍事企業の指導者を消している連中を消す権限はない。日米英豪のいずれの情報軍が忍び込んでいたとしても、彼らに手出しはできない。理事会の承認が必要だ』
『では、理事会の承認を取りつけて』
『無茶を言わないでくれ。私にそんな権限はないんだ』
大井の大使は大げさに肩をすくめてみせる。
『いいえ。あなたには権限があるはずよ。この異世界における大井の最高権力者。その言葉を無視するほど大井の理事会も馬鹿じゃないでしょう? 理事会を、動かして』
女性が強い口調でそう語る。
『動かせない。私は本当に力はないんだ。私は所詮はお飾りだよ。実務は大井の各企業の責任者が仕切っている。私は彼らの提出する書類にサインするだけだ。それ以外のことはできないし、やろうとも思わない』
『後悔することになる』
『もう後悔しているよ。どうしてこんな立場になってしまったのだろうかってね。老後はゆっくりとした生活が送りたいものだ』
大井の大使はそう言ってシャンパンを受け取る。
「さて、ひそひそ話はお終いだ。君たちもパーティーを楽しんでいきたまえよ。いるかいないかも分からないブギーマンより、我々の資産を分捕ってやろうと虎視眈々と狙っているビッグシックスの面子が揃っている」
「遠慮しておく。私たちは引き続き任務に当たるわ」
「そうかい? では、また今度機会あったら」
「ええ。会社が潰れなければ」
女性がそう言って立ち去るのに大井の大使は正盛にため息を吐いた。
大井の大使──司馬宗司は陰謀と策略の渦まくパーティー会場に戻っていった。
何事もなかったかのように。
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