人形と人間たち
本日2回目の更新です。
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──人形と人間たち
当分作戦はないと矢代が言い、矢代は羽地たちに羽を伸ばしてはどうかと言った。
「というわけで、暫くは休暇だ」
「イエイッ!」
羽地が発表すると古今が喜び個の声を上げた。
「羽目を外しすぎないようにな。基本的にバディとの時間を大事にしてやってくれ。俺たちの任務は人を殺すことだけじゃない。大切な存在との絆を育むということにもある。休暇にとやかく言わないが、その点は忘れないように」
「了解です」
八木が几帳面に頷く。
「それでは基地外で活動してもいいし、基地内の活動に留めてもいい。ただ、外出するならちゃんと許可を取ってからな。言わなくても分かっているだろうが」
「映画見に行ってもいいですか? フルダイブ型のアクション大作やってるんですよ」
「俺に言うな。外出許可を出す人間に言ってくれ。まあ、恐らく許可は下りると思うが。だが、ここら辺で映画と言ったら、太平洋保安公司の基地のだろう?」
「地球まで戻るのは一苦労ですからね」
地球に戻るのは隔離室で検疫期間を過ぎなければ戻ることはできない。
ワイルドファイア作戦。
世界保健機関主導の地球・異世界間の防疫作戦。その名前はとある有名SF作品からつけられていることで有名だ。
当初は誰も気づきもしなかったが、世界保健機関はある声明を発表した。ポータル・ゲートの向こう側からもたらされる可能性のある未知の病原菌による地球規模のパンデミックの危機を、だ。
何故ならば地球と異世界の間の生物はあまりにも似通っていたからだ。4つのヌクレオチドにコードされたタンパク質は地球の生命と全く同じであった。神が同じように導いたのだという宗教的騒ぎが起こるほどにそっくりだった。
そうであるが故に未知の病原菌の脅威があった。
生物の構造が似ている故に異世界には地球の生命に感染する恐れのある病原菌が存在する。地球ですらまだまだ未知の病原菌が存在するのだ。異世界ともなれば、もっと深刻な病気が存在するのではないか?
世界保健機関はそう発表し、防疫の必要性を訴えた。
目の前の利益を貪るのに待ったをかけられた地球側は不満だったが、地球規模のパンデミックの危機と言われれば、対応するしかなかった。
ポータル・ゲートは当初から国連管轄下にあり、そこに世界保健機関の職員が配置され、防疫作戦“ワイルドファイア”作戦を実行したのである。
とは言えど、これは地球上の誰にとっても未知の作戦だった。
何に警戒すればいいいのか分からない。故にPCR検査やELISA法などは使えない。血を抜き取り、便を調べ、未知の細菌やウィルスを見つけたらPCR法で増幅し、AIによって地球の既知の病原菌との類似性から危険性を導き出す。それぐらいし手はなかった。
膨大な数の臨床検査技師と医師と看護師が動員され、ワイルドファイア作戦は継続されている。予算の無駄使いだという人間は今のところいなかった。
そのため事実上、地球と異世界の人流は切り離されている。
物流だけは維持されている。希少資源などの異世界産の輸出品は滅菌され、地球の市場に流れる。そして膨大な数の兵器もまた滅菌されて、異世界の民間軍事企業に流れる。そうやって世界は回っている。
「古今軍曹ー。あたしはこの映画が見に行きたい」
「ええー。女児アニメの劇場版かよ。よく基地で配給しようと思ったな」
「見たい、見たい! これも見よう?」
「俺はいいよ……。ひとりで見てきな?」
そこでごほんと羽地が咳払いした。
「基本的に外出時は不測の事態に備えてペアで行動だ。分かっているな、古今軍曹」
「え、ええー……」
「文句は言わせないぞ」
その間、スミレは期待した瞳で古今を見ている。
「分かりました。行きます……」
「やった!」
スミレが歓声を上げる。
「月城曹長はどうする?」
「リリスも映画が見たいそうなので、映画に」
リリスもスミレと同じ女児向けアニメの画面をタブレット端末に表示して、わくわくしているようすだった。
「じゃあ、そういうことだな。外出許可はちゃんと取るように。非常呼集にも応じられるようにな。ここ最近の状況はどうも流動的だ。何があるか分からない。だが、休暇はまだ取り消しにはならないだろう。しっかり魂の洗濯をしてくるといい」
羽地はそう言って話を終わらせた。
「八木大尉。予定はあるか?」
「七海に本を買ってやろうかと」
「そうか。予定があるなら仕方ない」
「何かありましたか?」
八木が怪訝そうな表情を浮かべる。
羽地は八木を部屋の隅に引きずっていく。
「書類仕事が溜まっている。アリスともコミュニケーションを取るように民間軍事医療企業の精神科医と真島さんに言われてていてな……」
「それでしたら、空いた時間で手伝いますよ」
「すまん。頼む」
とてもではないがアリスと七海には聞かせられない話だ。どちらも責任感が重い個体である。自分たちのせいで羽地たちが困っていると知れば、自ら身を引こうとするだろう。だが、それでは羽地が困るのである。
「羽地先輩。どうかなさったのですか?」
「何でもないよ。八木大尉に次の作戦の際の編成について聞いていたところだ」
羽地は首を横に振ってそう言うと、アリスの視線の高さまでかがんだ。
「アリス。君は休暇の間、何がしたい? 何でもいいぞ。地球に行くのは流石に難しいだろうが他のことなら、何なりと応じよう。映画でも見に行くかい?」
「映画、ですか。いいですね。見たいと思います」
アリスが頷き、ちょっと考えた表情を浮かべる。
「それから図書館にも行きたいです」
「図書館? えーっと。基地にあったかな、図書館……?」
羽地が端末で検索すると図書館はなかったが、漫画喫茶はヒットした。
「図書館はないから漫画喫茶でいいか?」
「それでもデートになるでしょうか……?」
ああ、とそこで羽地は理解した。アリスはデートがしたいのだ。
映画も、図書館も、羽地が語ったデートの話だ。アリスが映画に納得したのが映画に興味があるからではなく、羽地が映画を高校のときの彼女と一緒に見に行ったと聞いたからだ。図書館という発想が出たのも同じこと。
「大丈夫だ。デートになる。プライベートな時間を共有するわけだからな。しっかりと楽しもう、アリス」
「はい、羽地先輩」
アリスは嬉しそうに微笑んだ。彼女も自然な笑みが浮かべられるようになってきた。
羽地もアリスも気づかなかったが、七海はそれを羨ましそうに見ていた。
「七海。真島博士は情緒を発展させるにコミュニケーションやは読書がいいと言っているが、映画でもいいぞ。どうする?」
「わ、私は読書でいいです。できれば、感想を、その、聞いてもらいたいと思います」
「分かった。いい本を選ぼう。感想、楽しみにしているぞ」
「はい……!」
七海がぎこちなく微笑む。
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本日の更新はこれで終了です。
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